生きる意味


 てのひらの六花りっかえにし結びけり



「六花(りっか、りくか、ろくはな、ろっか、むつのはな)」は、「雪」の異称。雪の結晶の形状から、そのように呼ばれる。冬の季語。




 灰色の空から、ちらちらと雪が降り出した。


 純白のひとひらが、何気なく差し出した掌に音もなく舞い落ちる。

 微かな冷たさを肌に伝えた柔らかな氷の一片は、掌の温度によって瞬く間に小さな水滴へと変わっていった。



 かつて、地球上のどこかで太陽に暖められ、空へと昇った水分。

 この水の一滴は、一体どれだけの時間と空間を旅して、私の掌へやってきたのだろう。


 そして今、私の指の間を零れ、再び地面へと還っていく。



 ——この雪のひとひらと、それをほんの一瞬受け止めた自分との、微かな微かな縁。


 そんな無意味なことを思い、小さな笑みが口許に漏れた。






 この星に、生命が誕生したこと。

 それは、ほぼ奇跡に近い偶然。


 地球に生命が誕生したことそのものには、特に意味がない——のではないか。

 奇跡レベルの偶発的な事象に、意味や理由は存在しない。

 これはあくまでも私の個人的な意見だ。なにぶん独断と偏見で綴る身勝手なエッセイなので、身勝手な主張だと憤りを感じる方々にはお許しをいただきたい。



 だが——

 生物の進化の末、この星に私達「人類」が誕生したことに、意味があるとすれば。

 そこに敢えて「意味」を探すとしたら。

 そこには、何が見つかるだろう。



 それは——愛すること。

 そして、愛されること。

 他の個体と、「心」をやりとりすること。

 そこに生まれる温もりに、幸せを感じること。

 やがて必ず訪れる別れの悲しみを噛み締め、愛したものを心に刻むこと。

 人類は、その喜びと痛みを味わうために誕生した。

 それ以外にない気がする。


 他の命を愛する。他の命から愛される。そこに生まれる、震える程の喜びを味わう。

 それは、全生物の中で唯一人間にのみ与えられた、生命の能力の極致とも思える技だからだ。



 しかし。

 人間の脳は、その能力を容易には使いこなせないように仕組まれているらしい。

 今こそ人類はその力をフルに活かして地球上に愛を満たすべきだ、などと力説するつもりは全くない。

 それは、恐らくどうやっても不可能な話だ。



 愛の尊さを知りながらも、人間は果てしなく自己中心的だ。

 自分の心が貧しければ、他のものへ愛を注ぐ余力など生まれては来ない。

 自分自身を満たす為ならば、平気で他人を押しのけ、欺き、突き落とす。

 自分さえ良ければいい。他人の痛みなどには無関心どころか、他人の不幸を見ながら味わう密かな優越感は蜜の味にすらなる。


 そして——ガサガサに渇いた人間の心を豊かに潤し、満たしてくれる材料は、この星から刻一刻と失われている気がしてならない。



 どれだけ優れた知能を持つ生物が誕生しても、この星を楽園のような幸せに導くことは決してできない。

 高い知能と表裏一体の狡猾な自己中心性が、寧ろ星の劣化を猛烈な勢いで進めていく。


 ——やはり、この星に生命が誕生したことに、さして大きな意味はないのではないか。

 そう思わざるを得ない。



 ただ——自分の中に。

 一本だけ、旗を掲げたい。

 自分に与えられた、「他の命を愛する」という能力。

 せめて自分自身くらいは、この稀有な力を、出来得る限りまっとうに使いたい。


 自らの胸の中に、力を込めて旗を掲げながら、そんなことを思う。




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