彷徨う

 

 咲き盛る手花火の奥さまよへり



 手花火とは、線香花火の別名。夏(晩夏)の季語。



 線香花火は、誰もが楽しんだことのある、どこか懐かしい花火ではないだろうか。細く美しい無数の光の筋を、やわらかな花のように咲かせる。暖かいオレンジ色をしているのも魅力的だ。

 その他の花火は、どれも派手で鮮やかな色合いを競う。盛大に華やかでなければ観る人もいない、とでもいうように。そして実際に、大きく色鮮やかであればあるほど多くの人を惹き付ける。


 しかし、線香花火だけは違う。

 色合いは、何の手も加えない暖かな火の色そのものだ。その花も、手のひらに乗ってしまいそうな可愛らしいサイズ。  


 そして、線香花火の一番の特徴は、その花が「球体」として見えることだ。

 その他の花火は、ロケットが火を噴くように勢いよく前方や上方に飛ぶものがほとんどだ。

 暖かい色で丸く静かに咲く、繊細に美しい花火。この美しさに近い花火を、ほかに知らない。



 ——手花火に、静かに火がついた。

 次第に、細い光の筋が増え、その長さが伸びて、花が大きく咲き始める。

 咲き盛る手花火。繊細な光の糸が交わり、絡み合うように光の球体ができあがる。


 その光の網目の中へ、思いが彷徨い出す。

 忘れていた懐かしいものが、不意に蘇る。

 球体の奥へ——取り留めなく思いは入り込んで行く。

 手花火の咲く僅かな時間。心はその光の中を旅し、遊ぶ。


 花が小さくなっていく。

 光の筋が細く、少なくなり——

 細かな筋が二本、一本……


 小さな球が、光る筋を引いて静かに水面に落ちた。

 そして心は、また目の前の闇に戻ってくる。




 咲いている間、その光の中で心を彷徨わせ、自由自在に旅し、遊ぶ。

 そんなことをさせてくれる花火は、線香花火だけだ。



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