完璧の意味
秋の声紙に墨吸ふ刹那あり
秋になると、雨風の音や物音など全てが耳に敏感に響き、しみじみと身にしみるように感じられる。また、このような具体的な音だけでなく、秋の気配が心に声や音を呼び起こすこともある。「秋の声」は、秋だからこそ感じられるこれらの物音や声を表す。秋の季語。
かつて、書道を習っていた。
筆先に全神経を集中する瞬間や、半紙に鮮やかな墨を引く心地よさが大好きだ。
真っ白い紙の上を、筆が進むなめらかな感触。
その筆の通った後に残る、墨の瑞々しく美しい黒。
白と黒。
これ以上シンプルで鮮やかなコントラストはないだろう。
久々に、大きな半紙へ筆で字を書いてみた。
今はキーで画面に文字を打ち込めばものが書ける時代だ。
墨と筆で美しい文字を書く、という作業は、何とも言えず新鮮だった。
硯に墨を注ぎ、静かに
独特の心落ち着く香りが立つ。
筆に墨をたっぷりと含ませ、硯の縁で余分な墨を削ぐ。
最も良い位置を狙い定めて、紙の上に筆を置く。
一旦紙に筆を下ろしたら、余計なためらいは禁物だ。躊躇がはっきりと筆跡に現れるからだ。
最後の一筆を書き終えるまで、自分の望む線を選び取ることだけにひたすら全力を注ぐ。
どれだけ慎重に筆を運んでも、完成した作品を見れば、どこかに歪みや納得のいかない箇所ができる。
だが、それがその作品の個性や味わいになったりもする。
——完璧などというものは、やはり存在しない。
広く真っ白な紙の上に、ただ一本の線を探し求め続けるうちに——そんな思いが湧いてくる。
仮に、完璧という水準が存在したとして——果たして、それのどこがどれだけ魅力的なのだろうか?
そして、その水準は一体誰が決めるのか。
「完璧」とは、一見キラキラと輝く山の頂だと思い込みがちだが——
結局は、限りなく主観的で不確かな基準のひとつでしかない。
そう思えてくる。
完璧という名の高水準が、自分自身に実りをもたらすならば、充分にその高みを追求するとよいだろう。
しかし——少なくともそれは、自らを追い詰め、縛りつけるための基準では決してないはずだ。
ひんやりと空気の引き締まった、秋の夜。
墨が紙に吸い込まれる瞬間の音さえ聞き取れるような、研ぎ澄まされた時間。
それまでの気持ちを、切れ味のよい道具ですぱっと切り落としたような——清々しい静寂を味わったひとときだ。
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