魔法の呪文


 「ありがと」を初めてつかふお年玉



「お年玉」は、新年の贈り物。昔はさまざまなものを贈りあう贈答行事だったが、現在では主に子供に与えるお金や品物を指す。冬の季語。





 幼い子供の拙い言葉遣いは、何とも愛らしい。

 覚えたばかりの言葉を一生懸命使うその様子は健気で、感動に近いものを覚える。


 初めて使う、新しい言葉たち。

 人生の中で幾度となく使う大切な言葉を、初めて口にする瞬間。


 ——自分は、どんな場面で、それらの大切な言葉を初めて口にしたのだろう。

 記憶に残っていればいいのに……そんなことを、ふと思ったりする。




「ありがとう」。

 とてもとても、大切な言葉だ。

 自分は——割とよくこれを言う方かもしれない。

 小さなことにも、ちょいちょい「ありがとう」と言う。

 そうすることで、何よりも自分自身が温かい幸福感に包まれる気がする。



「ありがとう」は、すごい力を持っている。

 例えば——

 物事がうまくいかない時。自分の心が満たされない時。運が味方してくれないような気がして、落ち込んだ気分の時。

 心で「ありがとう」と呟いてみる。

 不思議だ。その瞬間、身の回りで自分を支えたり、満たしてくれているものの存在が、次々と頭に浮かぶ。

 自分がついてない? 少しもそんなことはない。自分を包むこんなにもたくさんの幸せがあって——もう今の段階で、すでに自分は幸運の中にいる。

 そんな気持ちにさせてくれる。


 それはまるで、魔法の呪文だ。

 騙されたと思って、ぜひ試してみてほしい。





「ありがとう」という感謝の言葉を、周囲の大切な人たちにちゃんと届けているだろうか。



「そういうのはちょっと苦手」と思う人もいるかもしれない。

 気恥ずかしい、照れてしまう。そんな理由もあるのだろうか。


 だが—— 

 そのままでいては、きっとかけがえのないものを失ってしまう。人生にも関わる、大切なものを。

 ——それは、ひととの絆だ。


 いくら心で感謝していても——言葉にしなければ、相手には決してその思いは伝わらないからだ。



 そんな態度を続けていけば、どうなるだろう。

 相手の心には、次第に「この人には、いくら心を尽くしても喜ばれない」という寂しさだけが募っていく。

 そんな孤独感をそれ以上味わいたくなくて——相手はやがて、その人へ深い思いを注ぐことを、やめてしまうだろう。



 決して大げさに言っているわけではない。

「ありがとう」が言えない。感謝の気持ちを、ちゃんと伝えられない。

 それは、相手の心だけでなく、自分自身をも孤独に追い込む。

 そうやって少しずつ薄らいだ絆は、いつ消えてしまっても不思議ではないのだ。




「ありがとう」を、心を込めて伝える。

 それは、些細でつまらないことではない。

 そういうほんのささやかなやりとりこそが、人と人とを繋いでいる。



 照れたり、恥ずかしがったり、ためらったりしている場合ではない。

 自分を支えてくれている人へ、感謝の思いがしっかり伝わっているだろうか。

 もしも不安ならば——

 心のこもった「ありがとう」を、ぜひその人へ伝えて欲しい。


 伝えられた相手だけでなく——自分自身も、想像以上に大きな幸福感に包まれるはずだ。



 お互いに、「ありがとう」を絶やさずに、大切な人たちと歩んでいく。


 絆とは、お互いに絶えず結び合って、初めて繋がっていくものなのだろう。








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