第75話 猿夢

「シュウゴ、大丈夫? ねえちょっと、もしもーし。起きないと鼻の穴にあんこ詰め込むよ?」


 そんな声に揺さぶられ、俺は目を開けた。


「……」


 場所は……客室の座席だ。どうやら眠ってしまっていたらしい。


「……千百合か。状況は?」

「みんな寝てたよ、ぐーすかぴーと。人間組だけ」

「縊れ鬼の術は、妖怪には通じなかった……ということか」


 俺は体を起こす。


「……寝てる間、敵の襲撃は?」

「無かったよ」


 ……そうか、なるほど。

 まあ確かに、悪夢を見せて自責の念で自殺させるのが縊れ鬼だからな。


「シュウゴ以外みんなうなされてたけどね、縊れ鬼大変だったみたいだね」

「……ああ」


 俺は特に大変じゃなかったかが。

 なにやら俺がダンジョンに埋まっていた時の幻覚見せられてたっぽいけど、そもそもただ真っ暗闇の中にいた時の見せられても、だから何だって感じだったしな。


 自分の寝てる時の姿見せられても別になんてことないだろう。これが同接1桁に悩み苦しみ、『ふんどし一丁鼻眼鏡で歌って踊ってピコピコハンマーでダンジョン突撃』を敢行しようとして着替えて出かける前に我に返ってやめた時の姿を見せられたら羞恥で死ぬかもしれんけど。


 あの時は煮詰まってたからな。当時正気に戻ってよかった。


「ん……」

「ここは……」


 どうやらみんなも起き出したようだ。

 優斗さんと満月さんも起きているということは、縊れ鬼の攻撃に耐えたってことか。流石だな二人とも。


「く、くくくく」


 優斗さんが笑い出した。


「ど、どうしたんです、優斗」

「ふ、ふはははは! ざまぁ見ろクソったれ! 勝ったぞ、俺ぁ勝ってやった!」

「何にですか」

「デーモントロールの奴にだよ! やべぇ所だったけどな、だけどぶち殺してやったぜ! よっしゃあ!」


 優斗さんの後悔は、デーモントロールに勝てなかったことらしい。なんというか彼らしいな。


「……全く。気にしていない素振りで引きずりすぎでしょう」

「そう言うなっつーの。ありゃマジで無様だったからな。だがもう平気だ、本物が出て来ても勝てんぜ俺は」


 そあ優斗さんは笑う。そしてそれは……おそらく事実だろう。


 敵を知り己を知れば百選危うからず。一度……いや二度戦った相手なら、敵の生態や攻撃パターンも把握できるだろうし、なにより勝ったと言う自負があるというのは強い。


「で、お前はどうなんだよ」


 優斗さんが満月さんにいう。しかし満月さんは沈黙した。


「人の過去を詮索するものではないですよ」


 そう言うが、しかし……日狭女が次の瞬間、とんでもない発言をした。


「ふ、ふひひひ……まあ家族の問題はあまり他人に言いたく……ないよね……」

「……な、なんで知ってるんですか!?」

「だ、だって……」


 日狭女は言った。しかし日狭女はまあ、悪くないのかもしれない。だって動画アーカイブ見たらわかる事なのだから。


 そう、わかってしまうのだから。


「み、みんな……寝言で実況してたよ、縊れ鬼との戦い……ぜ、全部」

「……」

「……」

「……」

「……」


 俺たちは沈黙する。


 それって。


「……あー、しかもドローンカメラ、普通にそれをずっと配信してたよ?」


 千百合が言った。俺の腕の中で、鈴珠がきゅーんと鳴く


 そうか。


 ……そうかぁ。


「……………………俺、帰りたくない」


 俺はしみじみという。


 だってそうだろう。

 藤見沢に対して、過去を教わって、慰めて、自分の過去も伝えていたとか、これは藤見沢のファンたちが見たらどう思う?


 言わなくてもわかると思う。


 俺にそんな気は全く微塵も無い、ただ元クラスメートの探索仲間を普通に仲間としてケアしただけなのに、しかし外野からはそうは思われないだろう。


「あー……まあ、その……私のエゴイスティックな動機、バレちゃったかぁ……あはは」


 そんな俺の絶望を知らず、藤見沢は照れる。こいつ自分の事しか考えてねぇな。いやそう言うと語弊があるか。やっぱり良くも悪くも視野が狭い。

 目の前の事に真面目で一生懸命だけど、自分がどう見られてるかってもう少し意識してくれ。


『夕菜ちゃん悪くないよ』

『¥10000:過去にそんな事が……』

『¥50000:そんな過去乗り越えて頑張るなんて尊い』

『キチク死ねよマジ死ね』

『¥10000:家族を探すためにトラウマ乗り越えて探索者になったとか全然恥ずかしい事じゃない』

『¥20000:俺の金もお兄ちゃん探索に使って』

『キチク〇すぞ』

『勘違いするなよキチクが』

『ダンジョン事変体験してダンジョン見るのも嫌って人多いからな……夕菜ちゃん強いよ』

『普通は立ち上がれない。全然エゴじゃないよキチクはくたばれ』

『¥30000:切り抜きまとめる時こいつ完全カットで頼む、夕菜ちゃんの寝言だけだとマジいい話』

『ノイズなんだよなあコイツさえいなければ』

『夕菜ちゃんの寝顔配信マジ素晴らしかった』

『いや顔寄せ合って寝てる東西ニキも素晴らしかったですわ』


 高額スパチャが飛び交い、藤見沢を褒め、そして俺への罵倒が流れる。

 もう慣れた。


『キチクのアレは天狗の仕業じゃったか……』

『まあキチクだしなあ』

『天狗の言う「才能無い」も信頼できん。ダンジョンでの才能無いと吹いてるけどコレやで?』

『術の才能だろ、無いのは。どこまでも脳筋フィジカル野郎だなキチクは』


 そして比較的好意的なコメントもこれである。だがいつもの罵倒も心地いいよまじで。ストレートな暴言が無いし。ネタ、イジりの範疇だし。


「と、ともかく……先に進もう。寝こけてた間に時間とられたからな」


 俺は周囲を見回す。


 ここは……プラネタリウムや本棚がある。

 というと……SL銀河の第一両目か。元々のSL銀河もそんな感じだった。かなり大きく変化しているが、基本構成は変わっていないのだろう。


 俺達は進む。

 見ると、本棚には子供たちがいて、本を読んでいた。


「彼らは?」

「ああ、普通の死者の魂……銀河鉄道の乗客ですね」


 カムパネルラが言う。とすると害は無いのだろう。

 彼らは最初に見た乗客たちのように、俺達を見る事も無く、ただ本を読んだり、星を見たり、おもちゃで遊んだりしている。

 この銀河鉄道の死者の魂たちは、生者と関わらない、というより……こちらが視えていないのだろう。元々、幽霊ってそういうの多いしな。

 俺達は気にせず先に進む。すると、アナウンスが響いた。


 今までアナウンスなんてならなかったのにな。


『え~、次はぁ~、活け造り~、活け造りです~』


 そのアナウンスはおかしなものだった。


 ……!

 そして俺は、この話を聞いた事がある。


 これは……!


「優斗さん、満月さん、藤見沢! 戻って!」


 俺は叫び、来た道を戻る。


「どうしたんです、修吾! このアナウンスに何が!?」

「……猿夢っていう怪異です!」


 一両目から二両目へと続く、後方の扉が開く。

 そこから現れたのは、包丁を持った小人たち。醜悪で邪悪な笑顔を浮かべている。


 彼らは本を読んでいる子供たちへと近づき――


「ふんっ!」

「グベッ!」


 何かをする前に、俺が一匹を踏みつぶした。


「よくわからんが、こいつらを潰せばいいんだな!」


 優斗さんたちも小人を叩き潰した。


「……こいつら何なんですか?」

「猿夢って言ってですね」


 俺は満月さんに説明する。


「夢で電車に乗る。そしたら恐ろしいアナウンスが鳴り、そして後ろの乗客が残虐に殺されていく。

 最初は活け造り、次に抉り出し、と乗客が殺されていき、最後に挽き肉のアナウンスが来て、自分の番、そこで目が覚める……っていう夢の話」

「なるほど。そしてあの子たちは……」

「カムパネルラが言うように、死んだ子たちの魂なら……それがまた殺されるとか、見てられないからな」


 死んだ魂がさらに死んだらどうなるのか。

 アンデッドモンスターを倒した時のように、解放され成仏・浄化っていうのならいいけど……それでも。


「そうだね。だったら……守らないとね」


 藤見沢が言う。


「時間が無いんですよ、やれやれ……まあ、異存はありませんが」

「だな」


 二人も賛同してくれた。


『次は~、抉り出し~、抉り出し~』


 そして、扉が開いた。



 ◇


「いやあ、巨大挽き肉ミンチマシーンは強敵でしたね」


 まさか扉ぶっ壊して挽き肉ミンチマシーンが迫ってくるとは思わなかった。

 倒したけど。

 そしてアナウンスは言ってきた。


『二度と来ないでください』と。言われなくても二度と乗らないよ。

 カムパネルラ曰く、銀河鉄道に猿夢が来るのは初めてのケースだったらしい。これもダンジョン化の影響なら、ダンジョンを壊せばもう二度と起きなくなるだろう。

 ともあれ、ここの子供たちは猿夢に巻き込まれて殺される事は無いだろう。


「さあ、行こうか」


 俺達は先に進む。


 その時、後ろから声がかかった。

 さっきの子供たちだ。


「……あ、りが……とう、お……兄ちゃん、たち」


 子供たちが。


 俺達の方を見ず、ただ本を読むだけの魂が……俺達を見て、そう言って笑った。


「………………ああ、よかった。あっちでも元気でな」


 俺はそう言って笑う。

 藤見沢たちも子供たちに笑顔を向ける。


「……神崎さんに、近づけたね」


 藤見沢が俺に言った。


 ……そうだな。近づけたなんてとても烏滸がましくて、そんなこと思えないけど、それでも……。


 俺でも、誰かをこうやって助けられたのは、素直に嬉しかった。


「……行くか」


 そして俺達は進み、扉を開く。


 先頭車両……機関車への扉を。

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