第49話 藤見沢夕菜の受難

 藤見沢夕菜ふじみさわゆうなは、ダンジョン配信者である。


 チャンネル登録者数百万を超える有名美少女インフルエンサーだ。

 彼女のダンジョン探索動画は人気が高く、視聴回数は常に上位にいる。

 今日は、そんな彼女がダンジョン探索を行う配信をするとあって、同時接続視聴者数は二十万人を超えていた。


「みんなーこんばんわーっ!  今日は私がダンジョン探索する配信を見てくれてありがとー! 今日潜るのは、ここ、東京ダンジョンの中層二十八層を探索したいと思いまーす!」


 夕菜の声に合わせてコメントが流れる。


『待ってました!』

『楽しみです』

『がんばえー』

『大丈夫ですか?』


「うん! 今日の私は絶好調だから心配しなくていいよ! それに、もし危なくなったら助けてくれる人もいるしね」


 夕菜は背後を振り返る。そこには、二人の男の姿があった。

 一人は長身痩躯の青年。もう一人は中肉中背の眼鏡をかけた青年。どちらも二十代の半ばほどに見える。

 彼らは今回の探索に同行するため協会から派遣されてAランク探索者だ。


「やぁ、こんにちは。俺の名前は東雲優斗と言います。よろしく頼む」

「私は西園満月。同じく探索者やっています。よろしくお願いします」


 二人はそれぞれ自己紹介をする。


「はいはーい! こちらこそよろしくねー! さーて、それじゃあさっそく出発しましょうかー!」


 夕菜は元気よく歩き出す。その後ろを、二人がついて行く。


 探索は順調だった。

 夕菜もまた、A級探索者である。ダンジョンに潜ることで飛躍的に能力が向上し、レアスキル【聖歌】を発現させているのだ。

 彼女はその歌声によって味方の能力を向上させたり、敵を弱体化させる事が出来る。

 また、敵を魅了して同士討ちさせたり、敵の心を癒して戦意喪失させる事も可能。

 まさにパーティの要である。

 その能力はまさに歌姫と呼ぶに相応しいものだった。

 南雲と西園もまた有名なA級探索者であり、彼らもレアスキルを持っている。


 三人は次々と現れるモンスターたちを蹴散らしながら奥へ進んで行った。

 しかし……中層二十七層に三人が降りた時、異変が起きた。


「……! なんだ?」


 最初に気づいたのは東雲だ。


「どうかした?」

「何か変な感じがしたんだよ」

「……?」


 夕菜にはわからない。だが、二人とも立ち止まり周囲を警戒している。

 その時、


「……! これは……」

「どうしたの?」

「まずいですね……」


 西園と夕菜にも何かを感じ取ったようだ。


「……! おい、あそこ!」


 東雲が指差した先には、巨大な影。それは、ゆっくりと動き出し、近づいてくる。


「……まさか……」

「うそ……」

「マジかよ……」


 三人とも呆然と呟く。

 そこにいたのは全長五メートルはあるだろうと思われる、巨大で醜悪な姿の化け物だった。


「グォオオオッ!!」


 化け物は雄叫びを上げる。


「あいつは……確か、デーモントロールだ!」

「なんでこんなところにいるの!? ここは深層じゃないのに!」

「そんなことより逃げないと!」

「無理ですよ! 出口はすぐそこです! でも、あの巨体で走られたらすぐに追いつかれてしまいますよ!」


 デーモントロール。深層にのみ出没するというS級の魔物だ。それがなぜここにいるのか? 


「イレギュラー……!」

「え? 何?」

「イレギュラーです! 稀に発生する、本来いないはずの強力な個体! こいつは恐らく、イレギュラーだ!」

「イレギュラー……!」

「なんでこんなところに!」

「わかりません! とにかく今は逃げるしかありません!」

「わかった!」


 しかし次の瞬間。


「ぐぉおおおっ!」


 デーモントロールが腕を振り下ろした。凄まじい衝撃波が放たれ、地面が砕ける。

 そして、その衝撃でバランスを崩し、転んでしまった。


「きゃあっ!?」

「夕菜さん!」

「くそっ! やべぇぞこいつ……!」

「くっ……」


 東雲は苦々しい表情を浮かべる。

 このままでは全滅だ。


「くらえっ!」


 その時、西園が銃を撃った。弾丸は彼のレアスキル、【魔弾】により炎に包まれている。

 魔力を凝縮させた弾丸だ。直撃すれば大抵の敵は倒せるだろう。

 だが、その攻撃はあっさり避けられてしまった。


「ちぃいっ!!」

「このおっ!」


 今度は夕菜が歌い始める。


「~♪」


 その美しい声を聞いたデーモントロールの動きが鈍くなる。


「よし! 効いてるぞ!」

「これなら……」

「いえ、ダメです!」

「え?」

「そんなの一時凌ぎにしかなりません! この怪物を倒すのは不可能です!」

「じゃあどうすりゃいいってんだ!」

「僕らはここで死ぬしかないんですよ!」

「な、なに言ってんの? 冗談よね?」


 夕菜は怯えた目を向ける。西園は首を横に振る。


「残念ですけど本当です。こうなった以上、もう助かる術はない。あなたたちもわかっているはず……なら!」


 西園は歯を食い縛る。

 幸い、これは生配信されている。

 もしかしたら、自分たちより強い探索者達が駆けつけてくれるかもしれない。

 そうでないとしても……ここでデーモントロールと戦い、少しでも情報を残せれば。

 後に続く探索者達の手向けになるだろう。そう思い、彼は立ち上がった。


「僕はやります。皆さんは早くここから脱出して下さい」

「……! ま、待て! 西園まで死んだら意味がないだろう!?」

「そうよ! 一緒に逃げようよ!」

「……いいんです。僕だって死にたくはありません。でも、それじゃ駄目なんですよ。誰かがやらなきゃならない。それが出来るのは、僕しかいない」

「……」

「だから、行って下さい。必ず生き延びて、この情報を伝えて下さい」


 西園がそう言った次の瞬間。

 デーモントロールの拳が西園を直撃した。


「ぐはっ!」


 そのまま壁に打ち付けられる。


「あ、あああ……」


 夕菜の顔から血の気が引く。


「てめえええええっ!!」


 東雲が叫び、斬りかかる。しかしその剣撃は全てかわされた上、カウンターを受けてしまう。


「ぐああっ!!」


 地面に倒れる二人を見て、夕菜は……動けなくなる。


「あ、ああ……」


 圧倒的な暴力。圧倒的な破壊力。これがS級モンスター。「お、お願い……助け……」


 夕菜は涙ながらに言う。だが……


「くっ……」

「ちくしょう……」


 二人は動かない。動けない。


「あ、あ……」


 夕菜は震え、後ずさり、泣きじゃくりながら、その場を離れようとする事しか出来なかった。


「た、助け……助けて……」


 だが動けない。恐怖のあまり足がすくみ、動かなかった。

 その間にも、デーモントロールは夕菜へと迫っていく。


「い、いやぁぁぁっ!」


 夕菜は絶叫する。

 その時、


「大丈夫か?」


 目の前に一人の男が立っていた。


「あ、貴方は……」


 夕菜はその人物に見覚えがあった。

 かつての同級生。学校では目立たなかった少年だ。東北に転校していったはずの……

 彼の名は、菊池修吾。


「俺に、まかせろ」


 そう言って、修吾は――


「グオオオオオッ!!!」

「醜いな」


 襲い掛かるデーモントロールを一刀両断にした。


「え……?」


 夕菜は目を丸くする。


「な、なんだ……今のは」

「おい、今どこから出た? 何も見えなかったが」

「……消えた?」


 他の二人も驚いている。


「き、君……一体、何をしたんだ?」


 東雲が尋ねる。

 その言葉に修吾は微笑み――




 脱ぎ始めた。


「え?」


 唖然とする三人。しかし修吾は脱ぎ続ける。なまめかしく、あでやかに。


「キチクシュウゴの……フィィーバァータァァイム……オンッステェエージ……」


 そう、ウィスパーボイスを響かせて修吾は全裸になった。

 鍛え抜かれた肢体はダンジョンの松明の明かりを受けて輝く。


「ふぅ……ッ。君たち、無事でよかった……しかし怪我をしているようだねぇ……」


 回りながら修吾は言う。


「あ、あの……」

「まずは傷の治療だね……薬をあげよう。河童の妙薬さ」


 修吾がそう言うと、赤い河童のタガメが現れる。そしてタガメは、修吾に手を突っ込んだ。


「なっ……!?」


 三人は驚く。しかしタガメと修吾はそれを続ける。


「ふぅッ! そう、これが河童の伝説の秘薬ぅ……」


 タガメが修吾から取り出したのは、ぬらりと輝く玉。


「尻子玉さ……!」


 そして修吾は、その尻子玉を自分の舌に乗せ、そして東雲に近づく。


「ひぃっ!」


 思わず東雲が叫ぶ。だが……


「心配はいらないよ……すぐ終わる……」


 修吾は東雲の唇を奪うと、その口の中に尻子玉を押し込んだ。


「うわああ……っ!」


 東雲は唸る。だが、彼の傷はみるみるうちに回復していった。


「さあ、次は君だ」

「ひいっ!」


 西園も同じだ。

 彼は悲鳴を上げるも抵抗できずにされるがままになっている。やがて二人の傷は完全に癒えた。


「君は……身体の傷は無いようだね、よかった」


 修吾は夕菜に向かって笑いかける。しかし夕菜はそれどころではない。

 何なのだ。今何が起きている。かつての級友が故郷の遠野で探索者を始め、有名になったとは聞いていたけど……本当に自分の知っている少年なのか?

 わからない。


 混乱する夕菜に対して微笑んだ後、修吾は地面に転がった配信用のカメラに向かってほほ笑んだ。


 全裸で、腰を突き出したポーズで。


「チャンネル登録ぅ……よ・ろ・し・く♪」



 ◇


 藤見沢夕菜のイレギュラーモンスター遭遇とその顛末は瞬く間に広がった。


 国民的美少女インフルエンサーの生命の危機。

 それを颯爽と救出した全裸の変態。

 その話題性も相まって、再生回数はとんでもない数になったという。


 菊池修吾……キチクの名は、全国に轟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る