第108話 夜の博物館へ

「そんな……」


 後輩たちが博物館で行方不明に……神隠しにあっている事を説明したら、前原さんは狼狽した。


「数日前に確かに複数人の気配があって消えてたけど……ああ幽霊が増えたのか、って程度に思ってました」


 おい。


「だって、うちの博物館に忍び込んだ泥棒なんて、警備員に泣きついて助けてくださいと言って来たり、朝までその場で虚ろな目で踊ってたり、大怪我して倒れてたりばっかりなのよ?」

「なるほど」


 流石は呪物や神様を大量にそのまま展示してある民俗博物館である。そういうこもあるだろう。

 東京にいた頃は、博物館や美術館に泥棒が入ったというニュースを見て、よく逃げられるな、強い泥棒だと思ってたけど……今ならわかる、遠野の博物館や資料館がヤバいだけだった。


「とにかく、ちょっと悪戯、というか肝試し的な撮影にきただけの子供たちが神隠しにあったのは……ちょっと大変なことよね。さすがに子供たちを見捨てるわけにはいかない」


 大人でも見捨てないけど、と付け足して前原さんは言った。


「確かに、見捨てるわけにはいきません」


 俺は言う。


「後輩に頼まれたのもあります。博物館に夜、お邪魔させていただいてよろしいですか?」

「いいよ」


 前原さんはあっさりと了承してくれた。


「えっと、あと……ついでに、配信させていただいても?」


 俺は何を言ってるんだろうと思うが、まあ配信者としての職業病という奴だ。流石に断られたら無視して敢行したりしない程度の分別は俺にはある。


 水虎テクノロジーの時の一件? ありゃ例外だ。


「んー……まあそれも別にいいかな。OK、許す」

「いいんですか?」


 我ながら随分とぶしつけな事を言っている自覚はあるのだけど。

 そんな俺の疑問に、前原さんは笑って言った。


「ま、人助けだし、悪い子に見えないしね。それに」

「それに?」

「うちの宣伝にもなるからね」


 俺は前原さんの理解ある言葉に感動した。

 わかってるじゃないか、そうだこれは遠野の宣伝、遠野市立博物館の宣伝になるのだ。妖怪が出て神隠しが起きた博物館なんて誹謗中傷、名誉棄損になるって? ここは遠野だぞ。そんなことは無いと断言できる。

 盛大に宣伝してやろうじゃないか。


 というわけで俺は許可を取ったので、一度マヨイガへと戻り準備をすることとなった。



 ◇


「ふぅん……じ、じゃあ私も……お手伝いを」

「却下」


 俺は日狭女の提案を蹴った。


「……な、なんで……? は、話を聞く限り幽霊だし、私と相性……い、いいと思うけど……」

「お前はついこないだのアレ忘れたのか」


 確かに相性はいいかもしれん。

 だけどコイツはなんかもう勝手にやらかしまくるからな。今回は謹慎だ。


「で、でも……その博物館のダンジョンが……電波繋がってなかったら……どうするの?」


 そう、こいつはその妖力でけっこうどんなところでも配信の電波繋げられる力がある。配信者からしたらぜひとも欲しい妖力チートだ。だけど……


「繋がらなかったら録画しての動画配信にする」


 それで問題ない。


「というわけで今回のスタッフだけど……千百合と鈴珠に頼もうと思う」

「うん、いいよ」

「あ、はいわかりました父上様」


 千百合と鈴珠は心よく返事をしてくれる。


「だけど……よくこんな話を受けたよね、シュウゴは」

「まあ、友人からの依頼だしな」


 俺はそう答えた。これはもう仕方ないだろう。きっと後輩たちは今頃困ってるだろうし……助けられるなら助けてやりたいと思うのだ。


 それは……


「それに、俺の原風景でもあるからな」

「ああ……ダンジョンに落ちて取り残されたんだっけ、昔」


 千百合が言う。そうだ、それが俺の最初だ。


「そしてあの神崎刃に助けられた。だから俺は、あの人に近づくためという意味でも……こういったダンジョンでの人助けは、望むところだよ。

 元居た世界に還りたい。それはきっと、誰もがそう思う事だと思うから」


 俺は言う。


「きひひ……で、でも……今の異世界転移や転生モノって、元居た世界に帰るっての……流行らない感じだけどね……」


 そして日狭女が的外れなツッコミをしてきた。


「他の世界に行ってエンジョイすんのとダンジョンで迷子になるのは全然ちげぇだろーが!」

「いたたたたた! ぎ、ギブギブギブ……!」


 俺は日狭女に卍固めを極めた。


「……とにかく急ごう。配信機材と、あと水と食料だな」

「食料?」

「ダンジョンの中でお腹空かせてるかもしれないからな。回復アイテムや消毒用アルコールとか包帯とかも持って行こう」


 今回はダンジョン制覇ではなくて人命救助が目的だからな。

 そして俺達は準備を済ませ、博物館へと移動した。

 なお、移動はマヨイガの扉から遠野市街のいくつかに設置してある、探索者達の為のマヨイガダンジョン挑戦用の入り口を使う。これは遠野市街からマヨイガダンジョンに入るための扉だが、逆に言えばマヨイガから遠野市内に行ける便利な通路としても使えるのだ。設置場所は決まっているけれど。


 俺達は駅前の観光協会に移動し、そこから博物館へと向かった。



 ◇


「ここが……夜の博物館……不気味ですね。

 というわけでこんばんわ菊池です。えーと今回はとある依頼を受け、夜の遠野市立博物館にお邪魔しています。あ、ちゃんと博物館の人から許可はもらってます」


 俺はカメラに向かって言う。


『こんばんは』

『おつー』

『おっ始まった』

『あの遠野市が誇る博物館か』

『何?』

『どんな企画?』

『キチク……次はどこのダンジョンを破壊する……?』


「破壊しません」


 俺は言った。してたまるか。

 リスナーさんたちは俺を何だと思ってやがるのか。


「今回は……人探しです。後輩たちが……個人的な面識は無いんですけど、その子らが神隠しにあったらしくて、助けてほしいと、友人から頼まれたんです。そして、その場所がここ、遠野市立博物館だそうなんです。

 今まで博物館で人が行方不明になること「は」なかったんですが、今回は行方不明になったようで。

 まだ表ざた、警察沙汰にはなってないんですが、こういうのは早く助けたいのでここに来ました。

 話では、どうやらまだ未確認ですが、ダンジョンが形成されてるっぽいです」


『ダンジョン?』

『博物館に……?』

『流石遠野だな』

『ダンジョンかぁ』


「まあ、でもここって日本の民俗学の宝庫ですからね。そういうのがあってもおかしくないというか」


 俺は言う。こんだけ色々とガチなのが詰まってたらそりゃあダンジョンのひとつやふたつ出来てもおかしくはないのだ。


「で、早速夜の博物館を調査探検し、ダンジョンが発生しているなら……」


『壊す』

『壊す』

『壊す?』

『壊す』

『壊すんだな』

『壊す』

『壊す、と』

『壊すのね』


「壊さねえよ!?

 ……探索して、後輩たちを救出です。えーと、今回同行するメンバーは、千百合と鈴珠です」

「みんなよろしくー」

「えっと、よ……よろしくおねがいしますっ」


『うおおおおおおおおおおおおお!!』

『ロリキタコレ』

『幼女きた!』

『ロリprpr』

『千百合ちゃあああああん!』

『待ってましたああああああああああ』

『鈴珠たそペロぺロ』

『尻目いないのかよ見るのやめます』

『うおおおおおおおおおおおおおお』

『ロリキタコレ』『幼女きた!』

『ロリprpr』

『うおお』


 ……。


 平常運転かこいつら。


「今日の配信先は、この博物館のダンジョンです。行方不明になった後輩たちを探すついでにダンジョンをどうにかするって感じになります」


 というか俺の目的はこっちだからな。メインはそっちだ。


『なるほど』

『まあ……そうだよな……』

『探索がメインだよね!』

『破壊がメインから方向転換?』


「それじゃあ……夜の遠野博物館、参りますか!」


 そして俺と千百合と鈴珠の三人は、博物館へと足を踏み入れた。

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