第109話 千塗万化
遠野博物館は、一階が図書館と事務室であり、二階が博物館となっている。
階段を上り、俺たちは博物館へと足を踏み入れた。
「うーん、夜の博物館って不気味な雰囲気出てますよね」
かつーん、かつーん。俺たちの足音がこだまする。
懐中電灯に照らされた博物館の展示物が、無気味に俺たちを見ているような気がする。
いや、気がするというか、普通に見てるけどねこの展示物さんたち。
ほら、壁にかかっている山神様の仮面の目がぎょろりとこっち見た。
「シュウゴ、何か異変はある?」
「特にないな」
『ん?』
『え?』
『今お面がこっち見てたけど』
『人形動いてなかった?』
『農具カタカタ震えてたけど……』
『つか白い影横切ったよ』
「平常運転です」
俺はリスナーのコメントにそう返す。
「うーん、確かにここ、神気や霊気や妖気が充満してて飽和してるっぽいよね」
「新しい異常が……入る余地が無い、って感じ……でしょうか」
千百合と鈴珠が言う。
「そういうことだな」
ヤバい呪物や遺物の坩堝なのだ、ここは。今更異常があるかどうかと言われたところで、異常しかありません、としか言えない。
「ここか……」
俺達は、件の「供養絵額」の飾られてある区画へとたどり着く。
その対面には大量のオシラサマが展示されていた。これらもレプリカではない本物だ。
「圧巻だな……」
暗い中、ずらりと古い絵が並んでいるのは中々に不気味なものがある。
「ちょっと、怖いですね……」
鈴珠が俺の腕にしがみついてくる。柔らかい感触が腕を包む。いつのまにか鈴珠は狐の姿になっていた。
「鈴珠はホラー苦手だもんね」
「お、お母さんの意地悪……っ」
鈴珠が千百合にからかわれて頬を膨らます。可愛い。
しかしホラー苦手なのか。それなのに付いて来てくれたのはありがたい。鈴珠は頑張り屋さんだな。よしよし。
「さて……」
ここからどうするかだ。
情報を整理するなら、この供養絵額がダンジョンと化している、あるいはダンジョンと繋がっている可能性がある。
しかし、普通ならダンジョンの気配と言うのは容易にわかるものだが、神気や妖気、霊気に邪気などがデフォルトで充満しているこの博物館、ことさら深夜ともなるとそういうものは全くわからない。
「とりあえず、供養絵額に近付いてみるか……」
俺が前に出て、供養絵額の方に歩き出す。
と─────
「あらら~? そんなに不用意に近づいていいのぉ? 食べられちゃうよ、みんなみたいに」
────甘ったるい声がして、俺は咄嗟に後ろに飛びのいた。
「な……っ!?」
俺の目の前――いや、上か。供養絵額を展示しているパネルの上には、いつの間にか一人の少女が座っていた。
長い黒髪に小柄な身体。赤い和服という組み合わせは、ちょっと現代では浮いて見えるが、この少女には妙にしっくりとくるものがある。
「……大変だよ、シュウゴ! この子――」
千百合が叫ぶ。
「ボクとキャラ被ってる!」
……。
「それは……大変だな!」
一大事だ。
配信者としてキャラクター性というのは大事なのだ。妖怪とて当然、そうだろう。
和服ロリ。
そんなのが二人いると、明らかに視聴者の好みが分かれてしまう。
とりわけうちのリスナーにはガチかファッションか知らんがロリコンが多い。これはまずい!
『そういう問題じゃないwwwwwww』
『いやそういう問題だろ』
『草』
『いやキャラ被りは問題だな』
『今から千百合ちゃんキャラ変えるとか』
『千百合ちゃんゴスロリ和服にしてみるとか』
『それアリ』
『ちょっと待てよないだろ!』
『なんだとぶっころがすぞてめえ』
リスナー達も荒れ始めた。
これは……強敵だ!
「ふん……ともあれようやく登場か……」
俺は少女をにらみ返す。
少女は、何が楽しいのかその赤い相貌を猫のように細め、くすくすと笑っている。間違いないだろう、彼女が今回の怪異の犯人――敵だ!
「やだなぁ、忠告してあげただけなのにそんな剣呑としてさぁ~? お兄さん、カルシウム足りてるぅ? 煮干し食べるぅ?」
ちっちっちと指を振ってくる。
「くっ……このメスガキ幽霊め……! 煽りやがる……!」
うん、とてもムカつく。
微妙に語彙が古臭いのはやはり江戸の幽霊だからか。
だが落ち着け。俺は煽り耐性はある男だ。有名配信者はうろたえないッ!
「ふふふ、顔真っ赤だね、雑ぁ~魚。何しにきたか知らないけどさぁ、この
久陽、それがこの少女の名か。
「遊び……だと?」
「うん、そう。私と鬼ごっこ、かくれんぼ、なんでもいいよ?
あーでもでも気合い入れないと、この人たちみたいになっちゃうかな?」
そう言って久陽は指をぱちんと鳴らす。
その瞬間――
「!?」
飾られてある絵の中身が変わる。
そこには、中学校の制服を着た女の子たちが描かれていた。
江戸時代の家屋や町に女子中学生たちがいるという、ちぐはぐな絵――いやこれは……。
「これ……」
鈴珠がつぶやく。
俺は頷く。
「……絵の中に……取り込まれ……閉じ込められている……?」
そう、俺が探していた後輩たちは、やはり――囚われていたのだ。
だがこれは逆にいえば僥倖だ。
囚われているということは、助けられるということだから。
「つまり、お前に勝てば……彼女たちを解放すると?」
「うんそうだよ、でもお兄さんたちに私を殺せるかな~?」
久陽はにやにやと笑う。
『あっこの子終わった』
『キチクにそういう情あるかなあ……』
『せっかくのメスガキ幽霊ちゃんが……』
『わからせ棒でわからせコース待ったなし』
『わからせで終わればいいんだが……キチクだぞ』
『ああ……壊されちゃうのか』
お前ら本当に好き勝手言いやがって。しかしリスナーのコメントは今は無視だ。
「勝つさ。俺たちはそのためにここまで来たんだから」
「ふぅん、じゃあやって見せてよ……私を殺せたらね?」
久陽はそう言って嗤うと、指を鳴らす。
「塗り替えて――“
その瞬間、景色が塗り変わった。
「な……っ」
そこは、どこかの森だった。
樹齢数千年はあろう古木ばかりで構成された……現実にはあり得ない森。
『え?』
『転移したのか』
『すごいなメスガキちゃん』
『ここどこ?』
『多分現実ではない』
そう、ここは久陽が作り出した異界だろう。
「すごいでしょ、ここは私の世界。どう? 私を殺したらここから出られるんだけど……お兄さんたち、本当に私を殺せるのかな?」
久陽が嗤う。
そして――
巨木の影から小さな――あくまでも周りの巨木と比べて小さいだけでゆうに人の背丈を超える――人面樹たちが現れる。その数、数十体。
「さあ――がんばれ★」
そして、人面樹たちが襲い掛かって来た。
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