第110話 必殺わからせ遠野チョップ

「え?」


 久陽が呆然としている。

 俺の目の前には、薪になって転がっている人面樹たちがいた。


「まあ、化けて出る木なんてありがちな妖怪だしな。

 薪の作り方なら、遠野でスローライフしているおっちゃんや猟師さんによく教わった。

 彼らなら――もっと上手くやる」


 まあ、薪として使うにはこれから寝かせて乾燥させないといけないわけだけど。


「そういう問題っ!?」


『知ってた』

『見事』

『ナイスマタギ』

『そんなヤツなんだよなあキチク……』

『キチクのキャンプ動画見てみたい』

『メスガキちゃん、これがキチクです』

『引いてる引いてる』


 コメントが好き勝手流れる。


「……っ、これだからこの遠野の人間は! 昔から本当に!」

「さあ、どうする?」

「ふ、ふぅん。でも雑魚の丸太たちをやっつけたくらいでいい気にならないでよね、お兄さん。

 私の本気をみせてあげるんだから!」


 そして、久陽は手を振ると、その小さな手に巨大な……刃渡り10メートルはある、冗談のような刀が現れる。


「死ねえええええええっ!」


 振り下ろされる刀を、しかし俺は左手で真っ向から受け止める。


「……えっ!?」


 久陽は顔を真っ青にする。しかし冷静に考えたら当然だ。


「こんな小さい女の子が振り回せる刀だ、どう考えてもこけおどしのまやかしに決まっている。そんなの、受け止められないはずがないだろう。

 常識的に――考えろ」


『おまいう』

『常識から一番遠い奴が言うな』

『幽霊相手に常識とか何言ってんだ』

『お前が常識という言葉をググレカス』


 やかましい。実際にそうなってるからそうだろう。


「終わりだ、覚悟しろ――幽霊」


 俺は拳を握る。

 そして握った拳を振り抜く。


「――」


 その拳は、久陽を完膚なきまでに吹き飛ばす――その前に、彼女の眼前で止まる。


 防がれたのではない。寸止めである。


「――え?」


 久陽が呆然とする。その声には、困惑と安堵と――そして、わずかな落胆の響きがあった。


「――やっぱり、か」


 俺は拳を降ろす。

 こいつは……思った通りだ。


『え?』

『何があった?』

『よかった、殺したりしなかった』

『あのままわからせパンチでミンチとか流石に』

『どういうことだキチク』

『これからじっくりわからせるん?』


 さて、どう説明したものかな。


「……なんで殺さないのぉ? わかってるぅ? 私を殺さないとみんな助からないんだよ?」


 久陽は煽ってくる。殺せ、と。


「つまり、お前は……みんなを助けたい、ってことなんだな?」


 その俺の言葉に。


「――!」


 久陽は、息を吞んだ。


『え?』

『どういうことだってばよ』

『そういう……ことなのか?』

『いい子なの?』


 コメント欄もざわめいている。


「なん……で? なんでそう思ったの、お兄さん」


 そして久陽は俺を煽るように笑う。必死の作り笑いで虚勢を張っているように見えた。


「俺が「勝てばいいのか」と言ったのに、とにかくやたら「殺せば」と言ったからな、なんか違和感あったんだよ。

 それに、最初……俺が絵に触れるのを制止した。取り込まれる、とな。

 お前があの子らのように俺を取り込みたいなら、黙ってたはずだ、変に煽ったりせずにな。

 そして――この世界」


 俺は周囲を見回す。


「お前は塗り替える、と言った。取り込むんじゃなく。

 どうしてわざわざ?

 つまりお前は俺達を絵の中に入れたくない――これ以上犠牲者を増やしたくないんだ。

 まあ、単純に、女の子が趣味で俺は男だから取り込みたくないとかいう理由もありえたけど――

 いざ戦ったらどうにも手加減されてる気がしてな。

 とどめに、俺が殴ろうとした時だ。

 気を抜いただろう」


 あの一瞬。


 久陽は、覚悟を決めたように目を閉じ、俺の拳を受け入れようとしていた。


「――」


 久陽は応えない。ただ黙って俺をみている。


「たぶん、お前を倒せば――殺せば、彼女たちは解放されるのは本当だろう。そしてお前は、自分の意思で彼女たちを解放出来ない。

 おそらく、その絵の世界はダンジョンと化し、そして暴走しているんじゃないか?

 俺達は、そういう事例を知っている」

「マヨイガの事?」


 千百合が口を挟んでくる。


「ああ、そうだよ。暴走したダンジョンは、ダンジョンコアを破壊するか支配下に置かないと正常化しない。そして予想だけど、おそらく――」


 俺は久陽を見る。

 きっと彼女こそが――


「ええ、そうよ。なぁんだ、バカっぽい顔してるけど、結構目ざといんだね、お兄さん。

 そう、私がダンジョンコア。

 とある妖怪に支配された、供養絵額ダンジョンのコア――それが私」

「……やっぱり、か」


 彼女がただダンジョンコアであるだけなら、自分を支配させればいい。しかしそうしないということは、すでに別にこのダンジョンを支配している何者かがいるということだろう。


 しかしそれが、妖怪だったとは。


「だから、シュウゴに自分を殺させようと……したんだね。

 ダンジョンコアである自分が死ねば、ダンジョンは崩壊し、そして……捕まった人たちも助かるって」

「そうだよ。私はすでにアイツの支配下にあるから、こうやって自由意思で動くことは出来ても、この絵の世界をどうにかする事は出来ない。

 だから、やってきた強そうだけどバカっぽいお兄さんを煽って、私を殺してもらおうと思ったんだけどね」


 当てが外れた、とため息をつく久陽。


「はい、私の事情はこれでぜーんぶ。で、それを知ったお兄さんは、ちゃあんと私を殺してくれるんだよね?」


 供養は上目遣いで言って来る。


「私を支配してダンジョンを手中にした妖怪は、人を絵の中に閉じ込める。今はまだみんな無事、だけどそのうちたぶん殺される。

 だったら、今ここで私を殺してダンジョンを崩壊させればぁ、みんな助かる。簡単な事だよ?」


 ……そう、簡単な事だ。


『考えるまでもないな』

『まあ確かに』

『こりゃ答えは一つだろ』

『うん』

『やっぱ壊さないと』

『キチクですから』


 俺は供養の前に立つ。



 そして――


「必殺わからせ遠野チョップ!」


 べちーん、と。久陽の脳天に一撃を叩き込んだ。


「いったぁっ!」


 久陽は頭を抱えてしゃがみ込む。どうだ痛かろうバーカ。


「な、何すんのよっ!」

「何すんのはこっちの台詞だ! 殺せ殺せって、幼女ぶっ殺す動画なんて投稿したらどんなクレームの嵐かわかってんのか!? せっかく育てた俺のチャンネル潰す気かてめー!」

「はあ!? お兄さんバカなの? そういう問題じゃ――」

「そういう問題なんだよ!」


 俺は断言した。

 ていうかさっきからバカバカうるせーなこいつ。


「俺は明るく楽しいダンジョン攻略配信がモットー、人助けが信念なんだよ!

 いくら幽霊でダンジョンコアだっつっても、泣きそうな女の子をはいそうですかとぶっ殺してそれでハッピーエンド、なんてそんなのごめんだ、お断りだ。

 力づくでみんな助ける、邪魔する妖怪は頭カチ割る。

 それが遠野男子、南部隼人のやり方だ!」


 俺ははっきりとこのメスガキに言ってやった。


『知ってた』

『わかってた』

『そうなると思ってた』

『で、その妖怪ぶっ殺してダンジョン壊すんだな』

『今度はダンジョンNTRか』

『もりあがってきた?』

『メスガキの調教配信』


 また好き勝手言われている気がする。

 だけど、リスナーのみんなも久陽を殺して解決、というのを誰も期待していなかったのは嬉しいもんだ。そうだよ、それでいいんだ。俺たちが求めているのはそんな殺伐としたものじゃあないのだ。


「目の前にダンジョンがあってボス敵がいるんなら、攻略して解決すりゃいいだけだ。

 俺はな、こう見えても幾つもダンジョンを攻略してきたんだぜ」

「で、でも……」


 食い下がる久陽に、千百合が笑いかける。


「だーいじょうぶだよ。シュウゴはボクや鈴珠ちゃんを、ダンジョンから助けてくれたんだ。

 だからキミのことだって、必ず助けてくれる。

 安心して、信じてよ、久陽ちゃん」


 そう言って、微笑む。

 千百合にそう言われると、久陽も大人しくなってしまった。


「わ……わかったよ、おにーさん。私の負け」


 そして、その体を幽霊のように透かせて消えていく。


「……待ってる。あの絵の中、供養絵額ダンジョンの最奥で。だから、必ず来て。そしてあいつを倒して。

 あの――妖怪、画魔蛙を」

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