第111話 絵の中へ
幽霊の少女、久陽は消えた。
気が付けば、俺達は遠野博物館の中に戻ってきている。
眼前には、供養絵額がパネルに飾られてある。そこは見てわかるほどに、無気味な輝きを発し、異界への入り口――ダンジョンであると一目でわかる。
「……行くか」
「うん」
「はい」
俺の言葉に千百合と鈴珠が頷く。
そして俺達は、その絵に手を伸ばした――
◇
「いてっ」
俺達が落ちたのは、なんというか……江戸時代の町、といった感じだった。時代劇なんかで目にするような、長屋が並んでいる。
「ここは……」
「あの絵と同じ……ですね」
千百合も鈴珠も周囲を見回して、そう呟く。
「……そういえば、ここはダンジョンだが、絵の中でもあるんだよな……通じてるのかな」
俺はスマホの画面を見る。
『通じてるよー』
『見えてる』
『ばっちり』
コメントが流れる。どうやら通じているようだ。
「とりあえず……進むか。ここにいてもしょうがないし」
「そうだね」
と、進もうとしたが――
その時、声がかかった。
「おい、なんだ怪しい奴め。奇天烈な服装をしおって、傾奇者か?」
その声に振り返ると、そこには……時代劇で見た岡っ引きのような服装をしている人たちがいた。
というか、岡っ引きだった。
「え、ええと……」
さてどうする。
千百合はいつもの着物で、鈴珠は狐モードで千百合の手に収まっている。この江戸の町には合っているが、俺はめっちゃ浮いている。
逡巡していると……
「怪しい奴め、引っ立ててやる!」
「御用だ!」
「御用御用!」
わらわらと集まってきた。
「く……くそうっ!」
俺はくるりと背を向け、走って逃げだす。すると、千百合と鈴珠も慌てて追いかけてくる。
「な、なんか、めっちゃ追ってきますよ!」
「何したんだよシュウゴっ!?」
「うおわああああ!?」
俺は必死に逃げるが……しかし相手は岡っ引きだ。土地勘で勝てるはずもなく――あれよあれよという間に俺は取り囲まれてしまった。
「くっ……」
「貴様、なぜ逃げた!」
「怪しい奴め! 面を見せろ!」
「ひっとらえい! ひっとらえい!」
くそ。こういう時は……頼りになるリスナー達だ!
コメントで俺の征くべき道を示してくれ!
そう俺はスマホのコメント欄を見る。
『捕まってるwwwww』
『もう全員殴り倒すしかないな』
『キチクだしな』
『きっとこいつら妖怪に違いないはずだ!たぶん』
『まあモンスターだろうな』
『殴れーっ! 殴れぇーっ!』
『いや落ち着け、人間かもしれんから殴って確かめるべき』
『ここは一旦深呼吸して今だ必殺遠野パンチで』
『所詮キチクとは拳で語り合うしか出来ない不器用な男……』
……。
こいつらぁ……!
信頼した俺がバカだった。こいつらバイオレンス展開かお笑い展開しか求めてやがらねえ。
しかしどうする。
確かにここはダンジョンだ。そうである以上、こいつらはかなりの確率で人間ではないと考えられる。
だけど、それでも普通の人間のように喋り動いている。そして、俺を敵だから殺そうとしているのではなく、見かけぬ変な奴だから捕らえようとしている……そう、敵意はあれど害意や悪意は無いのだ。
悪い妖怪やモンスターならとりあえずぶん殴るのは遠野人として普通だが、こういう場合は抵抗がある。
かといって、素直に話が通じるか……。
そう思った時。
「火事だぁーっ!!」
どこからか、そんな声が聞こえてきた。
「火事だあっ!!」
「っ!」
その声と共に、岡っ引きたちの意識が逸れた。
「なんだと火事だと!?」
「へっ、こうしちゃいられねぇ!」
「火事と喧嘩は江戸の花でいっ!」
「行くぞ野郎ども!」
「ぅおおーっ!!」
彼らはそう叫び、声の方へ走っていった。
……俺たちを置き去りにして。
「……なんなの、あれ」
千百合が言う。あれはたぶん……。
「聞いた事がある。江戸っ子は火事と喧嘩があると聞くとあらゆるものを捨ておいてその場に向かう習性があるという……」
「もはや妖怪じゃん!」
千百合の言う通りだ。いや、これは……。
「本当にそうなのかもな。江戸っ子という概念を形にした……「絵にした」妖怪……かもな」
「ああ、なるほどね」
妖怪は生まれた原因である本義にしたがう。低級な妖怪だとなおさら、プログラムにそって動くNPCみたいなものだ。
江戸っ子なら、火事があれば飛んでいく……そういうことなのだろう。
「しかし……これで助かったな」
俺はほっと溜息をつく。あのままだとどうなっていたことやら。
そう思っていると、
「大丈夫かよ?」
そう声がかかった。さっきの岡っ引き達の声とは違う。
そして、そちらを見ると……そこには、変な奴がいた。
何が変かというと、服装は江戸っ子って感じだったが、髪が……金髪の短髪だった。
あきらかに現代風だった。
……もしかして、こいつは……。
「おい、こっちこいよ。あんたも外から来たんだろ?」
「あ、ああ」
どうやら、この江戸っ子の格好をした金髪男も現実世界から迷い込んできたようだ。
俺達は彼に連れられて、長屋の中に案内された。
「まあゆっくりしてけよ。つっても俺の家じゃねぇけどな」
彼はそう言って笑う。
……さて。
この少年は何者なのか。
『誰だコイツ』
『妖怪?』
『さっきの台詞からしてコイツも探索者?』
『知らない顔だな』
リスナー達が言っているが、俺には心当たりがあった。
……言ってみるか。
「さっきは助かったよ、健吾……くんだっけ?」
俺はその名を口にした。
「おうよ、いいってことよ……って、なんで俺の名を知ってんだよ、キチクさん!?」
「……そっちも知ってるのか、俺を」
「そりゃ知ってるっての……あんた有名人だろ」
……やはりそうか。
彼の名前は佐々木健吾。
小鳥遊の先輩の妹の彼氏(当人はあくまで友達と言い張っていたが)だ。そう、行方不明になったうちの一人である。
彼もやはりここに迷い込んでいたのか……。
「有名人って……」
「オイオイオイオイ、あんた地元の星だろぅが。俺ぁめっちゃリスペクトしてんすよ、彗星の如く現れて次々とダンジョン制覇したりぶっ壊したり。すげーって!」
ずっとくすぶってただけです。
「俺がダンジョン関係のもめごと解決屋やろうと思ったのも、あんた目指してなんすよ!
……まあ結果はここから出られなくなったってわけだけど」
健吾は肩を落としてあからさまに凹んだ。
「彼女の友人たちを助けに行ったんだっけ、聞いたよ」
「……まあ、そっす。俺のダチなんで、神隠しとかほっとけねぇじゃねっすか」
なるほど、彼は彼女ってのを否定しないのか。上月さんが恥ずかしがり屋ってだけで普通に付き合ってるという感じだろう。そしてシャイな彼女はあくまでも友達だと言い張ってるだけだ、と。青春だねえ。
……うらやましくなんてねぇよ。畜生。
「けど、いざ突っ込んだはいいけど、才能ないんすよね俺」
「才能が無い?」
「スキルっすよ」
スキル。ダンジョンに潜った人間に現れる特殊能力の事だ。
なお俺はダンジョン不適格者なのでスキルなんて発現しなかった。そういう俺に比べたら才能はあるんじゃないだろうか。
「どんなスキルなの?」
千百合が聞く。彼は恥ずかしそうに言う。
「……笑わないでくださいよ。
……爺です」
「ん?」
「……【花咲か爺】、です」
佐々木健吾は、そう言った。
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