第112話 花よ咲け

「はなさか・・・じじい?」


 俺達は思わず聞き返す。なんというか……それは。

 なんともメルヘンなスキル名である。


『花咲かwwwwwwwwwwww』

『wwwwww』

『笑っちゃ悪いだろ』

『えー!どんなスキルなんだろ…wktk』

『これは……外れスキルですわ』

『食糧生産がめちゃくちゃ加速しそうだなwww』

『ごついヤンキーなのに花wwwww』

『乙女ちっくwwwwww』


 視聴者たちが笑う。


「おいおいみなさーん、笑っちゃ駄目だろ。それ言うならスキルあるだけ才能あるっつーの、俺なんてスキル無しのダンジョン不適格者だぞ」

「いやあんたは……って、なに、今配信してんすか!? キチクチャンネルで!?」


 健吾は顔をがばっと上げて言って来る。


「ああ。配信中」

「うお、まじか! え、じゃあこれ生っすか!?

 つか、なんで繋がってるんすか、俺のスマホ使えねぇのに!」

「ん? 使えない?」

「……ここ、電波通じてねぇんすよ。通じてたら行方不明のあいつらに繋がるかもと思ったんすけど……」


 健吾はスマホを見せる。なるほど、圏外になってる。


「……あ、ついた。うそ」


 健吾が言う。見ると圏外表記だったのがアンテナが繋がっている。

 ……なんでだ?


 そう思った時、ぴろんと俺のスマホが鳴った。


『もしもーし、みんなのアイドル日狭女ちゃんだよだよ☆』


 ……あいつ、メッセージだと普段と口調違うよな。


『旦那が通話通じるの、たぶん私の影響だと思うの☆ 私の主だから、私の権能をちょっとは使えるって感じじゃないかな。繋げる力で通信が出来る程度だろうけどね』


 ……ああ、こいつ妖怪Wi-Fi女だったからな。


『違うよ?』


 まあ、それは正直ありがたい。


『キチク……ついに妖怪Wi-Fi男になったか』

『ワクチン打って5G人間になったか』

『どんどん人間やめてくwwwww』

『いや元から人間ではなくない?』

『妖怪人間キチク』


「おい、お前ら。好き勝手言いやがって」


 こいつらは本当に。まあいい。いつものことだ。


「あー、くそ、駄目だ。やっば通じねえ」


 健吾がスマホを持って舌打する。


「行方不明の子たち?」

「はい。キチクさんの近くにいないと通じないみたいっすね……」


 健吾がスマホをポケットにしまう。


「まあ、話を戻すけど……そのスキルってどんなもんなんだ?」

「あ、はい。えっと……【花咲か爺】は……そのまんまっす」

「……うん?」

「そのまんま、花を咲かすんすよ、どこにでも」


 そう言って、健吾は畳に触れる。

 次の瞬間、畳から花が生えた。


「うわ、本当だ。本物の花だな……」

「そうっす。でもまあ、それだけなんすよ。何にでも花を咲かせる。枯れ木でも畳でも壺でも石でも、何にでも。だけどそれだけで……」


 そう言って健吾はがっくりとうなだれる。


 ……。

 いやまて、これ……本当に外れスキルなのか?


 俺はその畳に咲いた花を見る。タンポポだった。どこにでもあるタンポポだ。

 俺はそれを掴んでみる。


 ……しっかりと、畳に根を張っていた。

 ……。


「おい、健吾くん」

「なんすか?」


 俺はにやりと笑う。


「お前のスキルについて、もうちょっと話し合いたいんだが」



 ◇


「……で、健吾は一通り町を回って見たわけか」

「うっす。みんながいねぇかって探したんすけど……どこにもいなかったっす。役立たずですまねえ」

「いや、役立たずなんてことはないさ。要するに、町にはいないって突き止めてくれたわけだからな、よくやった、

 俺が町を探し回る手間が省けたよ」

「そ、そうっすか?」

「うんそうだよ。全部歩いて回るなんて大変だもん」

「そうですよ、お疲れ様です」


 千百合と鈴珠も言う。


『お疲れ』

『つか広くね? どんだけ歩いたんだ』

『体育会系か』

『健吾くん、よくやった』

『マヨイガに来て尻目をファックしていいぞ!』


「へへ……あざっす。あとファックはいいっす、俺彼女いるんで。最初は彼女のためにとっときてぇし」


 健吾は笑う。すっかり機嫌は治ったようだ。

 あと童貞が確定した。


「と言う事は、後は……城か」

「っすね。たぶん城にみんないると思うっす」


 俺達は町の中心にそびえたつ城を見る。


 やはり……か。

 そして、久陽が言った、このダンジョンを支配している妖怪も……あそこにいる。


「じゃあ、あとは行くだけですね」

「ああ、鈴珠。その通りだ」


 目的地は定まった。後はダンジョン攻略だ。


「で、どう行くの? 流石にお城だと警戒厳しいでしょ」


 千百合か言う。だが大丈夫だ。


「ああ。正面突破はしない。ここは……健吾の出番だ。健吾のスキルのな」



 ◇


 俺達は城の周囲の堀に来ていた。

 ちなみに俺の服装は鈴珠の幻覚で江戸時代風になっている。もうここまで幻術を駆使できるとは流石鈴珠だ。


「で、どうするの? まさか泳いで行くわけじゃないでしょ」

「ああ、それはだな……」


 そして健吾が堀に近づく。


「……大丈夫っすかね」

「大丈夫だ。なに、無理だったら正面突破すりゃいいだけの話だし、気軽にチャレンジさ」

「そうっすね。んじゃ、いっちょ気合い入れてみるっす」


 そう言って健吾が堀の水面に手を向ける。

 そして……。次の瞬間、蓮の花が水面に開いた。


『おっ?』

『すげぇ』

『いやだけど咲いただけ?』

『なにこれ拍子抜け』

『まさに外れスキル』

『意味は?』


 コメントが困惑する。

 だが次の瞬間、みんなの困惑は驚愕に変わった。


 蓮が咲く。そして蓮の葉が水面に浮かぶ。

 大きさがゆうに一メートルを超える、巨大な蓮が。その巨大な蓮は次々と水面に浮かび、重なり、橋のようになっていく。


『は?』

『え、なにこれ』

『意味わからんけど……すごそう』

『これは乗れるwwww』

『蓮の葉ってこんな大きかったっけ?』

『すごくでかいwwwwww』

『すごく……大きいです』

『やっぱりそのスキルは使い方次第では凄い効果を齎すのでは? 何もダンジョン内は戦闘だけじゃ無いんですし』

『昔テレビで見た、なんだっけ』


「これはオオオニバスと呼ばれる世界一大きな蓮の葉なんです」


 俺は視聴者たちに解説する。

 漢字で大鬼蓮と書くそれは学名ビクトリアアマゾニカ。直系2メートルもの大きな葉を持ち、そこには人が乗っても沈まないという。

 アマゾンの植物だが、日本でも植物園で栽培されており、乗るイベントも開かれている。


「花を自在に咲かせられるなら、葉っぱや根も付随する。思った通り、これで橋になり、石垣まで堀を渡れるって事だ」


 俺の説明に、千百合と鈴珠がわくわくした顔をする。

 そうだな、乗ってみたいよな。わかる。


「すげえ……」


 そして健吾が自分の拳を見て、感動に震えていた。


「キチクの先輩、まじすげえっす。本当に、ただ花ぁ咲かすだけのスキルがこんなふうに役に立つなんて……」

「まあ、スキルってのは考え次第で化けるもんだよ。

 俺も零細配信者時代、ダンジョンに潜りながら「もし自分にスキルがあったらこう使う」ってずっと考えてたからなあ……」


『妄想かwwwww』

『キチク……(ほろり)』

『陰キャの妄想wwwwwwww』

『そんなカミングアウトやめて』

『なんだろう泣けてきた』

『スキル無しの悲哀……』

『お前はよくやった森に帰ろう』


 うるせえほっとけ。


「とにかく、行こう」


 そして俺達は堀に咲くオオオニバスの上に乗る。

 子供なら乗っても沈まない強度の蓮の葉。俺達も高校生だから十分に子供だしな。


「うわ、本当に乗れてます……!」

「鈴ちゃんバランス崩さないでね」


 鈴珠と千百合がはしゃいでいる。俺達も慎重に乗り、石垣へとたどり着く。


「ここからどうするの?」

「俺に任せてくだいっす、姐さん」


 健吾が千百合に言う。そして、拳を振りかざし――石垣を殴る。


「うおおおっ! 咲け朝顔、【フラワーズ・ブルーム】っ!」


 そして叩きつけられた拳、その石垣から蔦が伸びる。その蔦は上まで登り、次々と朝顔の花を咲かせていった。


「なにその名前」

「花咲か爺じゃかっこ悪いんで英語にしてみたっす」


 千百合の問いに健吾はどや顔で答える。

 ……なるほど。まあ言及はしないでおこう。こういうのは本人が気に入ること、ノリが大事だしな。

 ドイツ語でブロンメンブルーン、とか言わないぶんマシだと思っておこう。


「これでロープになるっすよ、これつたっていけば登れるっす」

「なるほど、やるね」


 千百合が感心する。

 そして俺達は朝顔の蔦をつたって石垣を登り、城の壁へとたどり着く。


「ここからどうするの? また何かの花を使って?」

「いや、窓あるからそこぶっ壊して入る」


 そして俺は窓を蹴破った。


 さあ……突入だ!

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