第63話 真夜中の汽車の噂
「はいみなさんこんにちはー、夕菜でーす!
今日はここ、盛岡駅に来ていまーす! え? 普段東京なのになんで東北にいるのかって?
それはですねー、なんと私は今回、あのマヨイガダンジョンに挑戦しようと思ってるんです!
あ、一人じゃなくて、また協会の用心棒の東西コンビさんと一緒にですね。
そして、あのマヨイガダンジョンのダンジョンマスター、菊池修吾さんも一緒なんです!
といっても、接待プレイじゃなくてガチ攻略ですよー!
そして今はその道中なんですけど、急遽動画を撮ってまして! マヨイガダンジョン挑戦の予告動画でもありますけどー、実は道中に面白い話を聞いたんです、岩手の盛岡駅には、SL銀河という蒸気機関車があるって!」
藤見沢はカメラに向かって話す。自律型ドローンカメラだ。
これも動画投稿などでよく使われる機材だ。藤見沢が持っているのは、かなり小型のものだ。お高い機材であり、普通は学生には手が出せない。有名配信者だからこそだな。うらやましいぜ。
「それで私、どうしてもそれを見てみたくなっちゃって! だから私達、これからその蒸気機関車を見に行くわけです!」
藤見沢は楽しそうに言い、そしてカメラを切った。
「ふう」
「お疲れ。慣れてるな」
俺は素直に言う。流石有名配信者、手慣れている。
「えへへ、ありがとう。修くんに褒められるなんて嬉しいよ」
そう言って藤見沢は笑う。
……なるほど。これが男を勘違いさせるチャンネル登録者二百万オーバーの笑顔か。
だが大丈夫だ。俺は全くときめかない。
自分を陰キャとまでは思ってないが、これでも東京にいた数年間はぼっちを貫いた男だ。今さら美少女の笑顔程度で勘違いするような男じゃあない。
「さて、そんじゃ行くか」
「はい」
俺達は歩き出した。
◇
「わあ……大きいですね……」
西園さんが感嘆の声を上げる。
盛岡駅から歩いて十分ほどの場所にある車両倉庫の前に、巨大な黒い鉄の塊が鎮座していた。
「これか……」
この前来た時はゆっくり見る暇は無かったが、こうしてみると圧倒される大きさだ。
「おお、こりゃ確かに凄いな……」
優斗さんが言う。
「ふむ……これは中々……」
「……すごい」
「うーん、なんか感動するね……」
皆がそれぞれの感想を述べる。
「まあ、確かに凄いけど、なーんかもったいねえよなあ。こいつ、もう動かねえんだろ?」
優斗さんが言う。
「ええ、2023年の春を最後に、SL銀河は運行を終えたんすよ。理由は客車の老朽化っすね。ファンが再開を望んで色々と活動してるらしいですけど」
何しろ期間限定の臨時列車だ。乗ったことの無い人だって多いしな。かくいう俺も乗ったことは無い。確かに、一度くらいは乗って見たかったが。
そんな話をしていると……。
「動いてるの見たよ」
そう、声がかかった。
「えっ?」
全員で振り向くと、そこには家族連れがいた。
「こ、こら」
「見たよ、本当だもん」
喋ったのは子供だ。まだ小学生ぐらいの男の子だった。
「え、えっと……? もしかして、君、SL銀河に乗った事あるのかな?」
藤見沢が聞くと、少年は首を横に振る。
「乗ったことない。乗りたかったんだけど」
つまり、昔見たと言う事か。
「でも、こないだの夜……見たんだよ」
「夜?」
「そう。真っ暗な線路の上を、走ってた」
「……まさか」
俺は思わず呟く。
「あ、あの、詳しく聞かせてもらえますか?」
「うん。お姉ちゃんたちが聞きたいって言うなら、話してあげるよ」
「じゃあ、そこに座ってください。親御さんたちもいいですか?」
「はい、ええ。すみません」
俺がベンチを指差すと、少年は素直に座り、親御さんたちは謝ってくる。
「ええと、まず、どこでSLを見たのか教えてください」
「うん。あのね、僕が住んでるところはね、線路の近くなんだ」
そして少年は語りはじめる。
要約すると――
夜、零時過ぎ。眠れなくて窓の外を見ていたら、真っ暗な線路に、何か光るものを見たとのこと。
そして、汽笛の音。
そこには、蒸気機関車が夜の線路を走っていた。
そして、その蒸気機関車は――やがてゆっくりと、空を登っていった――
「私たちは全く気づかなかったのですが……」
そう両親は言う。直接言葉にしていないが、子供が見たのはただの夢です、と言いたいのだろう。
それはわかる。強烈な夢は、現実と遜色のないリアリティを持つこともあるからな。
それに、幽体離脱というものもある。
体外離脱、古くは離魂病とも呼ばれていたそれは、あやしいオカルトと混同されることもあるが、科学や心理学などで実証された現象だ。
科学実験では、実際に霊魂が分離するものではなく、意識が肉体から抜け出す感覚を伴った夢である……という説が主流だ。明晰夢と同じものだ。
その真相がどうであれ、一定のメソッドによってその体験を得ることは出来る。俺もやった。
なお、薬物(違法も合法も両方ある)でも同じ事が出来るという。そっちは俺はやったことはないけど。
とにかく、そういった体験は、夢であると理解していないと現実と容易に混同してしまう。リアルな夢や幻覚というのは、現実と遜色ないからな。あのクソ狐の攻撃のように。
だから、この少年の体験も、きっと素敵な夢なのだろう。両親もそれをわかっているから、頭ごなしに夢だと叱れないでいるのだろう。子供の夢を守るいい親じゃないか。
「へえ、すごいね!」
藤見沢は素直に感心している。確かにその方が動画映えするだろうしな。無粋なことはしない方針なのだろう。
「信じてくれるの? お姉ちゃん」
「もちろん! みんなもそうだよね?」
藤見沢は俺たちに振る。
「ああ。不思議なことはよく起きるしな、もちろん信じるぜ!」
「私も信じますよ」
二人も言う。俺は……
「信じるよ。夜に汽車……電車に化ける妖怪だっているしな」
そう事実を言う。この子がみたのは夢以外にも、そういったモノを見たという可能性もある。
「電車に化ける妖怪?」
「ああ。偽汽車って言って、幽霊機関車とも言われてた。明治頃に流行った妖怪譚で、夜に存在しないはがの汽車が動くって話だ。
汽車が夜に走っていたら、同じ線路から向かって走ってくる汽車がいて、このままでは正面衝突して大事故に……! って思ったら、その汽車は煙のように姿を消しているって話さ」
「それは実際にあったの?」
そうしたら千百合が俺に続いて説明する。
「うん。その正体はな、なんと狐や狸、むじなだったんだよ。
汽車が珍しくて、ついつい汽車に化けて線路を走っていたら、本物の汽車にはね飛ばされて死んでいた……ってね。
他にも、動かなくなった、愛された機関車が妖怪化……付喪神になって走り回ったって話もあるね」
そういった話は枚挙に事欠かない。
「じゃあ……!」
「ああ、君が見たのは、狐か狸が化けていたか、それともお化けになった汽車か……どっちにしても、本当に動き回っていたんだろうな」
きっとそれは事実だろう。正体が何であれ、そういった事は実際に起きるものだ。
もしかしたら、バカが勝手に乗り込んで動かしていたというやんちゃの可能性もある。
いやそれはないかさすがに。
「ふーん……おもしろいこと聞きましたね!」
そして藤見沢が笑い、カメラに向かって言う。
……なんだろう。
嫌な予感がしてきた。
藤見沢は満面の笑顔でカメラに向かって宣言した。
「というわけでっ! 私たちはー、今晩、その謎の! 真夜中の蒸気機関車に……取材アタックしてみたいと思いまーすっ!!」
……。
やっばり。
この後、遠野に行く予定立ててるんだけど? 今日、この後、電車で。
それをこんなライブ感覚で予定変更とか。
いや、別にいいけどさ。
どうなるやら。
不安だ。
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