第64話 夜の線路の爆走
夜。
俺達は予定を変更して、というかさせられて……未だ盛岡にいた。
盛岡のダンジョン協会から借りた車で、線路沿いにスタンバイしている。ちなみに車は大きめの奴だ。なにせ総勢七人いるからな。鈴珠はちっちゃい狐モードなので実質六人って所だが。
「しっかし、なんでこんなことになったのかね」
優斗さんが車の中で言う。
「彼女、いつもこんなんなんすか」
俺の質問に、彼は肩をすくめた。
「さあな。俺らも最近組み始めたばかりで、付き合いは長くねえしな。ただわかってるのは……」
西園さんが続ける。
「いい子なんですが、距離が近くて男性を勘違いさせやすい。そしてトラブルメーカーって事です」
「それは……異性問題ですか」
「まあ、否定はできませんけどね。彼女のファンが問題を起こしたりもしますし。だから協会からの雇われ仲間は、私たちのように彼女持ちや妻帯者、あるいは女性探索者ばかりですね」
二人とも彼女持ちだったのか。まあどちらもタイプ違うけどイケメンだし大学生だ、彼女くらいいるか。
「けど、お嬢は誤解させやすいとはいえ天然だからな、そっち関係は笑えるほど潔白なんだ。問題は……」
「今回みたいに、好奇心旺盛で猪突猛進。つまりトラブルに自分から首を突っ込んでいくんです」
「しかも本人に自覚ねぇからな。お守りも大変だぜ」
二人は笑いながら言う。
「その言い方だと、嫌われてるってわけじゃないんですね」
「ああ、なんだかんだでいい子ではあるからな。嫌ってる奴はそんなにいねえよ。ただ、大変なだけだ」
「一度巻き込まれると二度と関わりたくなくなる。だけど離れてるとまた構いたくなる、そんな子だと協会では言われてますね。厄介アイドルだの、疫病福の神だの」
なるほど、色々と大変なようだ。
学校では特に関わりなかったからよくは知らなかったけど。だけど確か……
「ああ、自称彼氏を名乗る男子生徒がしばらくすると彼女の話全くしなくなってる、とかありました」
振り回されてたんだろうな。
今回の事でよくわかる。ぐいぐい来るしぐいぐい行くからな……。
「ま、退屈はしねぇわな」
「全くです」
そう二人が笑う。
「なになにー? 何話してるの?」
藤見沢がそんな俺たちの会話に入ってくる。
「別に。男同士の他愛ない話ですよ」
「えー、気になるー。ねえ修くん教えてよ」
「秘密だよ」
俺は笑って誤魔化す。
「えー、修くんの意地悪。みなさーん、どう思います?」
「は!?ちょっお前、もう配信してたのかよ!」
藤見沢がカメラに向かって言い出す。これはやばい。
案の定……。
『なんであの変態が夕菜ちゃんと一緒にいんの!?』
『死ねよキチク』
『ぶっ〇すぞ』
『キチクのくせに夕菜ちゃんに近づいてんじゃねえ!』
『ポッと出の底辺が』
『どうする?処す?処す?』
コメント欄が荒れに荒れる。だがこれは当然の結果だ。予想できた事でもある。
「ほら、やっぱりこうなった」
俺はため息をつく。頭痛い。
「え!? なんでみんな怒ってるの? ちょっと落ち着いて!」
そして藤見沢は何でこうなってるのか理解していないようだ。
こいつ部活とかサークルとかに入れちゃ駄目なタイプの女だな。無自覚に場を破壊しやがるタイプだ。まあ玉藻とは気が合うかもしれん。いや玉藻からしたら自分の黒歴史見せつけられる感じで近親憎悪だろうか。
「まあまあ、落ち着けってお前ら。お嬢だって、悪気があったわけじゃねえんだ」
優斗さんが言う。すると……。
『くっそイケメンだなこいつ』
『良い奴じゃん……』
『キチクは死ねばいいと思うけど優斗さんは最高っす!』
視聴者のコメントが変わりだす。流石は人気のA級探索者、一言で場を落ち着かせるとはな……こういうタイプは正直助かる。俺だったら火に油だもん。
そんな話をしていたら、西園さんが声をあげる。
「……あれじゃないですか?」
「なになに!?」
藤見沢が身を乗り出す。そして、俺も見た。
線路の上を、何かが動いている。光だ。そして、黒い煙も吐き出している……。
「……SLだ」
「本当だ! みてますかみなさん、この時間帯、ダイヤでは電車は動いてないはずなのに! ほら、蒸気機関車だよ!」
藤見沢がカメラに向かって実況する。
『マジだ』
『この時間確かに走ってないよな』
『夜行列車でもないな』
『そもそもSLだし』
『すごい!』
コメントも盛り上がっている。
「おい菊池、あれはマジに本物なのか? それとも……」
「……試してみます」
俺は両手を前に出して、指を組む。
狐の形に組んだ指を交差させる方法だ。
「なんだそれ、スキルか?」
「……俺はスキル無しだし、そもそもここはダンジョンじゃないから持ってても使えませんよ。これは古くから伝わるおまじないで、狐の窓と言われる術です。この指の隙間から見たいものを見て、「けしやうのものか、ましやうのものか正体をあらわせ」と唱えると、妖怪が化けてるなら正体が見えるんです」
「ふうん」
優斗さんも俺に合わせて同じように指を組む。
「けしやうのものか、ましやうのものか正体をあらわせ。けしやうのものか、ましやうのものか正体をあらわせ。けしやうのものか、ましやうのものか正体をあらわせ……何も起きねえな」
何も変わらなかった。
「つまり、狐や狸が化けた偽汽車じゃない……ってことか」
そう言ってるうちにも、その汽車はどんどん線路を走ってくる。
幻なんかじゃない、重厚なリアリティがそこにはあった。
「では、あれは本物のSLだと?」
西園さんが聞く。
「はい」
俺はそれに答えた。
藤見沢は嬉しそうに言う。
「ねえ修くん! あの中に入ってみない!? 行こうよ!」
「……言うと思った」
そんな気はしてた。
「ま、見物だけで済むワケねーわな!」
優斗さんが言う。俺たちは車に乗り込んだ。
「出してください!」
西園さんの言葉に、協会の運転手さんはアクセルを踏む。
「それで、どうするの!?」
「どうするって……どうするよ!」
いやどうするんだよ。みんな考え無しか!
「とにかく追って!」
車は全速で発進し、汽車と並走する。
「おお、本物だよ! すごい! 確かにSL銀河だよ!」
藤見沢は楽しそうだ。お前ほんとうに緊張感ないのな!
「このまま並走してても見物しかできませんしどうします!?」
「……よし、線路に行ってください!」
藤見沢が言う。おいおい、まさか。
「了解!」
運転手さんが了解した。ノリがいいな!
車はいったん下がり、SL銀河の後ろから線路へと登った。無茶だろうこれ、いたっ舌噛んだ!
「これ一歩間違ったら迷惑系配信者のやってることだぞ!」
「今の時間帯ならまともな電車は動いてないし大丈夫だろ!」
「そういう問題ですかねえ!」
「う、うひひ……人間って無茶だなー……!」
「反論の余地ございませんねチックショウ!」
なんかもう無茶苦茶に揺られながら俺たちの車は線路を走る。自動車って線路走るように出来てないから揺れる揺れる。
「追いついた!」
SL銀河の最後尾に車は切迫する。
「ちょっと待て、ここから飛び乗るのか!?」
「うん!」
純粋な真っすぐな顔で藤見沢は言った。
『さすが!』
『夕菜ちゃんの行動力すごい』
『めっちゃ盛り上がって来た』
『深夜に走る怪しい蒸気機関車……これは乗り込むしか無いね!』
『真実を追求しないと』
『俺達が生き証人だ』
『東西ニキたちちゃんと夕菜っち守ってよ』
『ついでにキチク始末しといて』
コメントが盛り上がる。というか不穏な書き込み見えてんだけど。本当に藤見沢のファンに嫌われてるな俺。俺は何もしてないぞ、俺は!
「……ああクソ、なんだもうこの展開!」
流されるままにとんでもない事になった。
俺達は窓から車の天井によじのぼり、そして……。
「飛び乗れ!」
俺は叫ぶ。そして……全員が、宙を舞った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます