第62話 遠野の歩く風評被害
「これで収益化申請は終わりです。全く、まさか申請してなかったとは驚きですよ」
そう東雲さんが呆れたように言う。すみません。
しかし、これで色々な面倒ごとがとりあえずひと段落した。
「ところでよ、菊池。お前これから帰るんだよな」
優斗さんが言ってくる。
「ええ、それはそうですが……」
「だったらよ、相談があるんだが」
悪ガキの表情を浮かべて優斗さんが言って来る。
「お前は俺達に迷惑をかけた、いわば借りがあるわけだ」
「さっき、むしろ感謝するって言ってませんでしたっけ」
「ああ感謝するぜ、あのクソ狐ぶっ飛ばしてくれたしな。しかしそれはそれ、これはこれだ」
「……何がいいたいんですか」
優斗さんはにやりと笑う。
「お前に一つ頼みたくてよ。こいつは西園やお嬢とも話したんだがな。
俺達、マヨイガダンジョンに挑戦してみてーんだよ」
◇
東京駅から遠野まで、だいたい四時間。
新幹線で盛岡まで行き、そこから東北本線で行くなら、電車二本だ。
ちょうどこれから連休なので、その連休を使って遠野に行き、マヨイガダンジョンを攻めてみたい……という三人の意向だ。
「別に、ダンジョン攻略したいなら俺に言わなくても好きにやればいいんですけど。俺が許可しないとだめだってわけじゃないし」
新幹線の道中、俺はそう言った。
「わかっちゃいるんだけどよ、ほら、一応な。ダンマスのいるダンジョンって初めてだからよ」
優斗さんが言う。
「それにね、修くん。私ずっと岩手に行ってみたかったんだよね、丁度いいなって」
藤見沢が言ってくる。ていうかいつのまに修くん呼びになったんだ。キチクよりは……まあいいけど。
「興味あるのか」
「うん、好きなんだ、宮沢賢治」
「へえ」
ちょっと意外である。
「『銀河鉄道の夜』とか、読んだことない?」
「あるぞ。名作だよな」
銀河鉄道の夜は、宮沢賢治の書いた小説だ。大雑把に言うと、主人公であるジョバンニが、親友のカムパネルラと一緒に銀河鉄道に乗って、不思議な世界を冒険するという物語だ。
空を駆ける蒸気機関車という発想は、後の多くの作家に多大なる影響を与えた。
「銀河鉄道と言えば……」
俺はあることを思い出す。
「SL銀河っていう蒸気機関車が近年まで走ってたんだよ。客車の老朽化が原因で運行はとりやめたんだけどな」
SL銀河とは、花巻駅 - 釜石駅間を運行していた、蒸気機関車牽引による臨時快速列車だ。東日本大震災からの復興支援りため、岩手県盛岡市の公園で静態保存されていたC58形蒸気機関車239号機を修復して走らせたものである。
「え! そうなんだ!」
「ああ。今はもう動いてないけど、展示はされて……」
「よし、見に行こう! 次の動画のネタ決まったね!」
藤見沢が張り切る。食いつき良すぎだろう。
「おいおい、観光に行くんじゃねえぞ。あくまで目的はマヨイガダンジョンの攻略なんだぞ」
「わかってます、だけど動画配信者としては、そんな素敵なの是非とも動画に撮りたいじゃないですか!」
藤見沢の鼻息が荒い。
「まあ、配信者の人たちの気持ちは私達にはわかりませんが」
西園さんが言う。
「そうなんだよな。お嬢も菊池も、バリバリ戦えるんだから普通に攻略に専念すれゃいいのによ」
優斗さんが言った。確かにそうかもしれないのだが……。
「東雲さん。もう大人な東雲さんたちと違って、私達未成年はダンジョンに潜ると、お金って出ていく一方なんです」
「あー……」
「なるほど……」
二人が納得した顔で頷く。
「ダンジョンに潜るためには、武器とか防具とか必要じゃないですか。モンスターと戦うための実用品って結構高いんですよ。それに治癒のポーションとかの消費アイテムや、保険加入とか、もう出ていくばかりです。
そして私達未成年は、ダンジョン法でドロップアイテムの換金が出来ませんから」
「なんでそんなことなってんだ?」
優斗さんが不思議そうに言う。それに対して西園さんが説明した。
「安全のため、ですよ。お金のために貧乏な若者が無茶をしてダンジョンに潜って怪我したり死んだりしたら大変でしょう。
未成年の間はダンジョンはお金にならない……そういう制度にしたら、子供が突っ込んで死ぬ事を防げる……そういう政治的判断ですよ」
「ああ、なるほど。確かに学生だと金もねーから装備整えるの難しいしな」
「まあ私達も大学生ではありますが。それに今は有志達によるバックアップも完備されてきていますけど、ダンジョン黎明期と呼ばれる最初の数年は本当に酷かったらしいですからね」
「はい。なので私たちはダンジョンで配信活動をして、チャンネル収益化でお金を稼いで装備を整える、ってわけですね」
「装備代にしちゃ、お嬢は稼ぎ過ぎてるけどな」
「ですが、彼女は大半を様々なところに寄付してますからね。ダンジョン探索者協会や、ダンジョン災害補償共済基金などに」
探索者協会は、登録した探索者に格安で装備をレンタルしたり、保険に加入させたり、消耗品を支給したりと支援を行っている団体だ。
また、ダンジョン災害補償共済基金は、主に探索者がダンジョン内で受けた傷に対して保険金を支払うための団体である。
十年前のダンジョン発生事件に巻き込まれた人たちへの救済を目的として設立されたものだ。
藤見沢はそこに収益を寄付していたのか……立派だな。
「まあ、今まで色々と皆さんにお世話になりましたし、その恩返しとか、手助けができたらなって思って。
ダンジョンでの実戦って最初は本当にお金かかるから。ね、修くん」
藤見沢が俺に振る。そう言われてもな……。
「まあ確かにな。装備って気合い入れたら金かかるもんな、俺も最初聞かされた時びっくりしたよ、こんなん払えるかって」
「うんうん。だからレンタルしたり、先輩たちから借り……」
「いや、だから私服に素手で行ったけど」
「えっ」
「ん?」
「は?」
三人が口を開ける。
いやなんでそんな反応なんだよ。
「制服や私服だと汚れるから、まあ汚れてもいいジャージで、武器は拳とかあるし。あと落ちてる石や棒でなんとかなるし。腹減ったらモンスター食えるし。まあ、だから食器と水筒とライターくらいは必要だけど」
流石に生で肉を食うつもりはない。魚ならいけない事も無いけど。あと塩や醤油は必須だ。
「え、えーと……? 修くん、本気で言って……る?」
「ん? いやだってない袖は振れないだろ。つか、俺ってぼっちだったしなんつーか……面倒くさくて、もういいやこのままでって」
その俺の言葉に。
藤見沢は唖然とし、優斗さんは大爆笑した。
「わっはっは! やっぱお前おかしいわ! ああ、そりゃ武器が無きゃ素手だよなあ!」
「笑っていますけど、君も似たようなものだったでしょう。金属バットの東雲優斗」
「ははっ、そんな時もあったな、でも流石に素手はねーだろ! ああ、配信でもクソ狐をぶん殴ってたもんなあ!」
何がツボに入ったのか。
優斗さんはしばらく笑い続けた。
「……修くんが収益化してなかった理由わかった。必要なかったんだね、そりゃ自給自足できるほど強いとそうなるか」
藤見沢は呆れたように言う。
「ほら、リスナーたちからじゃなく、同業者たちからも呆れられてるじゃん」
後ろの席から千百合が顔を出して言う。うるさい。まだ五歳児のくせに。
「……修くんってリスナーさんたちからもこんなふうに言われてるの……?」
「うん。キチクはおかしい、お前のような普通がいるか、遠野人は人間じゃないって。遠野の人からも遠野の歩く風評被害だって言われてる」
「黙ってろお前は」
俺は千百合に釘を刺す。というか何だその遠野の歩く風評被害って。
「ま、まああれだよ、話を戻すけど……じゃあそのSL銀河を見に行こうよ、何処で降りたらいいの?」
藤見沢が慌てて話題を変える。
「盛岡だよ。盛岡の車両倉庫に保管されてて、定期的に見学会もやってる」
元より盛岡で降りる予定だった。別段寄り道しても構わないだろう。
それに、俺は基本は生配信ばかりだ。
編集した動画を作る撮影風景というのも見てみたいしな。そういう意味では、配信者のプロである藤見沢は参考になるだろう。
というわけで、俺たちの最初の目標は決まった。
盛岡にある、SL銀河だ。
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