第56話 ただの馬鹿
幻の炎が、俺を焼く。
衣服やガスマスクにダメージは無い、ただ俺の肉体だけを焼いている。
「ぐ――うううっ!」
熱い。
なんだこれは! 幻じゃあないのか!?
「ふ、ふははははは!」
玉鋼が笑う。
「幻だからと甘く見たか?
あの石人形どもの幻に別の妖怪が実体として存在したから、ただのまやかしとたかをくくったか!?
だぁが!
真の幻覚は、現実と変わらぬ痛みと苦しみを与えるものなのだよ!」
確かに聞いた事がある。催眠術にかかった状態で、ただの箸を火箸だと言って触らせると火傷をするとか、やばい薬で見る幻覚は実際に触覚として皮膚の下を虫が這いずる感覚があるとか……
しかし、本当に……幻覚がここまで現実と同じだとは!
「さあ、現実と全く同じ炎の幻で、焼け死ね人間ッッ!!」
玉鋼が笑う。
『おいヤバくね?』
『キチクがマジで苦しんでる』
『さすがにあれは幻じゃない』
『キチク死んだ? 鈴珠ちゃん救出ならず???』
『嘘だろ……』
『キチク……』
「く――うおおおっ!!」
俺は歯を食いしばって激痛に耐える。
「ふはははは! 無駄だよ! その炎は消えない、お前が死ぬまでなあ! さあ人間達よ見ているか、望み通りに――」
俺は耐えながら、ガスマスクを取り、上着を脱ぐ。
そして――
「え?」
玉鋼が呆気にとられた声をあげた。
俺は脱いだ上着を使って思いっきり扇いで、その風で――火を吹き消した。
『え?』
『は?』
『幻覚では?』
『何やったの?』
『うん?』
コメントが困惑の声で埋まる。
「ま、待て――貴様、何をしたあ!!」
「……何って……」
俺は言う。
「お前の幻覚は凄い、ああ認めるよ……現実と同じだった。
……だったら。
現実と同じレベルに真に迫った炎なら、現実と同じように吹き消せるのは――当然だろう」
策士策に溺れる、という奴だ。
強力だからこその弱点。そこをついたまでだ。
「い、いやいやいやいやそれはおかしいだろう! 貴様は何を言っている!」
『キチクだからなあ……』
『初めて見たけど何この人おかしい』
『初見の人へ。これがキチクです』
『物理法則無視してんだよなあ……』
『すごいダンジョンスキルだな』
『いやこいつスキル無しのダンジョン不適格者です』
『??????』
『幻覚ってそうやって破るもんだっけ?』
『普通に考えて無理』
『やっぱりキチク』
『キチク』
「なにって、普通に考えて当たり前のことを言ったまでだが」
俺は答える。
「そんな馬鹿な! いや、ありえん! 現に貴様は今、燃えたではないか! 俺の幻覚で!!」
「そうだな、危うく死ぬところだったけどな」
まだ身体の火傷は痛い。確実にダメージを負ったが……判断が早かったのか重症には至っていない。
「そういう問題ではない! ええい、ならばッ!」
玉鋼の周囲に無数の剣が現れる。
こいつも、現実レベルの幻覚か!
「無数の刃で切り刻まれろ、幻刃剣舞!!」
その言葉と同時に――無数の刀が俺を襲う。
「うるせえっ!」
俺は走る。
地面を踏み抜き、ニンジャの漫画とかアニメで見た畳返しの要領で盾にし、服で飛来する剣を払い、それでも刺さる剣は我慢する。
そして俺は、玉鋼へと肉薄した!
「ごちゃごちゃ抜かしてんじゃねえ、幻覚なら、黙って消えろ!
そして現実だってんなら――」
拳を握りしめ、振りかぶる。
「黙って消えろぉおおおおおっっ!!!」
そして俺の拳が、玉鋼に突き刺さった。
「ぐ、ぐおおおおおおおっ!! バカな、なんだ、何なんだお前はぁああッ!
そうか、幻覚と現実の区別もつかない、理屈も道理も通じない貴様は……貴様はぁぁッ!
ただの馬鹿だったかぁあああああああっっっ!!!!!!」
俺の拳が玉鋼を砕く。
失礼な事を言いながら、妖狐玉鋼は――紙切れとなって消えた。
◇
「……っはァっ!」
幻覚が消え、景色が殺生石園地から宮中に戻る。
「……あとはお前か」
御簾の奥にいる影に対して俺は言う。
「鈴珠を返してもらうぞ」
「……!」
御簾の向こうから、息を飲む気配があった。
「…………くくく、はははは!」
やがて、御簾の影が笑い出す。
「何が可笑しい!」
俺が怒鳴ると、御簾の影はますます愉快そうな声で答えた。
「いやいや、まさかここまでとは。玉鋼を倒すとはな。褒めて遣わすぞ、人間」
「……それで。お前は誰だよ」
「矮小な人間に名乗る名は持ち合わせていないが……褒美として教えてやろう。
我が名は、玉藻前。白面金毛九尾の狐なるぞ」
御簾が上がる。
そこには、美しい女性が座っていた。
長い髪、豊満な肉体、その顔は――狐の面で隠されている。
頭には耳。その背後には九つの大きな尻尾。
そしてその体躯は3メートルを優に超えていた。
「玉藻、だと」
俺は驚く。
それは伝説の大妖怪。そしてこの殺生石の元となった――
「玉藻を復活させるって聞いたけどな」
「妾はすでに蘇っておる。が――完全ではない。故に、そこな娘よ」
玉藻は鈴珠を指して言う。
「そこな娘は我が力を受け継いでいる、いわばわが娘。故に、その娘を喰らえば、妾は完全復活する」
「なん、だと……?」
「母と一つとなり、母の中で永遠に生きる。娘として幸せであろう――」
「ふざけ――」
「ふざけるなッッ!!!!」
俺が言おうとしたら、千百合が大声で叫んだ。
「母親なら……娘の命を、幸せを第一に考えるもんだろ!
何が食べるだよ、何が自分の復活だよ!!
自分のことしか考えてないお前なんて、母親じゃないッ!!」
ガスマスクを脱いで地面にたたきつけ、真っ向から玉藻を睨みつける千百合。
「お前なんかに鈴ちゃんは渡せない、絶対に取り返すッ!!」
『よく言った』
『それでこそ』
『愛を感じる……』
『ママ……』
『オギャりたい……』
『推せる』
『がんばって』
コメントが背後に流れる。
この幻術のハッキング配信はまだ続いていたのか。玉鋼の力じゃなかったのか。
まあそれは正直どうでもいい。
「そういうことだ、返してもらうぞ!」
俺も玉藻に向かって言う。
しかし玉藻は余裕を崩さない。
「くだらぬ。玉鋼を倒したぐらいで図に乗るなよ人間。
この妾の力……思い知るがよいわ!」
そう玉藻がいい、手を振る。
次の瞬間、風が吹いた。
――これは!
俺は嫌な予感がし、息を止める。
見ると、残っていた他の妖怪達が次々と息絶えていった。
――毒か!
「ふほほほほほほほ!! 殺生石の猛毒、一息吸うだけで死に至る致死の毒よ!
その毒除けの仮面も無く、戦えるものかのう!!」
玉藻が勝ち誇る。
確かにさっきの炎でガスマスクは脱ぎ捨てて、遠くにある。
――だが。
「なっ!?」
俺は走り、玉藻の座る場所へと向かい、拳を振るう。
「――ぬっ!」
玉藻は跳躍し、俺の拳を避わした。
「――貴様、呼吸が必要ないとでも」
俺は答えない。
喋ったら口の中の空気が漏れるからだ。
『こないだ言ってた呼吸か』
『何?』
『口の中に息を吐いてそれを吸うことで呼吸を続けられるらしい』
『日本語で頼む』
『いやキチクがそう言ってたしそれでガス攻撃に耐えてたんだよ』
『?????』
『物理法則守って?』
コメントが代わりに説明する。いや玉藻に説明したわけではないだろうけど。
「く……くくく、ふははははは!! さすがは人間、小賢しいのう!!
だが!!」
そして玉藻は、左手を振った。
また、凶風が吹き荒れる。
「……っ!!」
俺は近くにいた手足の生えたサメの妖怪を掴み、玉藻へとぶん投げる。
「ひ……グギャアアア!!」
妖怪は、その風に触れると……焼けただれていった。
……硫酸のような腐食毒か!!
「ほほほほほほほ!!」
玉藻は毒を噴出する。
――まずい、これは広がると、千百合たちまで!!
「ぬおおおおっ!!」
俺は走る。
かくなる上は、この毒で死ぬ前に――玉藻を倒す!!
「ぐうううっ!!」
身体を毒が焼く。
皮膚が煙を上げ、肉が沸騰していく。だけどまだだ、まだ……!!
俺は足を踏ん張る。激痛に耐え、一歩ずつ――足を進める。
『ちょっとやめて』
『おいこれやばいぞ!!』
『これ本気でまずい』
『グロすぎる』
『もういい逃げて』
『逃げろキチク!!』
俺を心配するコメントが流れる。
「ぐ、があああああ!!」
だけど――逃げるわけには、いかないんだ!!
「――何故だ。何故そこまでする、人間……?」
玉藻の声に疑念と焦りが生まれる。
――そんなこと。
「家族……だがらに、ぎまっでるじゃ……ねえが……!!」
俺の両親は、決して家族仲が悪いという訳ではないが、それでも仕事で忙しくて離れて暮らしている。
祖母も祖母で忙しく、故に俺は東京の親戚の家で過ごすこととなった。
東京では友達が出来なかった。東北の田舎者だ、話も合わなくて俺は孤立した。
俺の孤独を慰めてくれたのは、ネットの配信だけだった。
だから俺も配信始めたが――ダンジョン探索者としての才能が無く、配信者としても才能が無く、ずっと底辺だった。
――遠野に戻り、マヨイガに行き着き、千百合と出会うまでは。
そして配信はバズり、仲間も友達も出来た。
あのマヨイガ――そこにいる千百合、日狭女、そして鈴珠。
再会したタガメや、水面ちゃん。
小鳥遊たち、クラスの連中。
みんな俺のかけがえのない仲間なんだ。ようやく手に入れた、俺の居場所なんだ!
それを――てめえなんぞの野望のために失ってたまるかよ!!
「……下らぬ。下らぬ下らぬ、矮小な人間が!! その幻想を抱いて爛れ死ぬがよいわ!!」
玉藻が叫ぶ。
そしてさらなる猛毒が俺を焼く。
『本気でやばい』
『近所に探索者いないのか』
『栃木の奴救援に!!』
『間に合わないだろ』
『もうだめ』
『つらくて見たくないのに画面消えない』
『誰か!!』
だが、次の瞬間――
俺の激痛が、和らいだ。
「!?」
なんだ、これは。
この力は――俺の後ろからだ。
これは――清浄な湧き水のような……
「――家族の愛を、絆を。下らぬと
強い意志を込めた、しかし涼しげな声が響く。
「修吾。よくぞ耐えた、よくぞ持った。おかげで、この姿になることが出来た」
わかる。
毒が――浄化されていく。
この場所に満ちた毒が、清浄な霧に変じていく。
それどころか――
「――座敷わらしには、幾つもの由来がある。
子孫を守護すると誓った先祖の霊。
家を建てる時に人身御供にされた赤子の霊。
口減らしで潰された子の魂。
いずこからより現れた
その霧は、俺の傷を癒していく。
焼け爛れた肌も肉も、見る見るうちに再生していった。
この力は――もはや、座敷わらしの力ではない。
これは――
「そして――遠野の地を守護する、かの
そう、この妾――
そこには、大人の姿に成長した千百合の姿があった。
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