第55話 人間の醜さ

 迷宮を最短で攻略するRTAというものがある。


 海外の有名ダンジョン探索配信者、ツィガイア・ハーンメルスという男がいた。

 彼に与えられたダンジョンスキルは、【ドリル】だ。

 魔力を纏わせた拳や足、武具を高速で回転させ、破壊力を螺旋状に形成することで敵を穿つ。

 彼はそのスキルを、あろうことか壁や床に使った。


 力技による大胆なショートカット。


 相棒のレリックス・ゾレアという女のスキル、【絶対方向感覚】に頼り目的地のあたりを付けた後、全力全速でドリルで突撃する。

 この方法で彼らは多くのダンジョンを荒らし、そしてダンジョン探索者協会を追放されたという。


 もちろん俺にそんなスキルは無く、そんな荒業は不可能だ。


 道具を使えば石壁を壊すことは出来なくはないが時間がかかる。普通に攻略した方が早い、というのが探索者達の結論、共通認識だ。


 あくまでも、普通の地下迷宮であるならば、だ。


 この平安京のような感じの和風ダンジョン。

 壁は土を固めたものだ。

 あるいは木の戸板だったり障子だったり。


 つまり簡単に壊せる。誰にだって出来るだろう。

 流石に普段だったらダンジョン探索者のマナーとして、迷宮を進んでいくが……今回はそんな事をしてあげるつもりも道理も義理も無い。


「ふんっ! はっ! どりゃあっ!!」


 俺は力任せに壁を殴りつける。


「おらあああっ!!」


 蹴りを放つ。

 その一撃で木造の壁は粉砕され、崩れ落ちていく。


『何やってんだキチクwwwwww』

『配信切ったと思ったらなにこれwww』

『チャンネル乗っ取られたと思ったら……』

『お前探索者ついにやめたかww』

『やっぱダンジョンの破壊者だ』

『キツネが唖然としてたぞwwww』

『ツィガイアのドリルRTAの再来じゃねーか』

『アwホwすwぎwるwwwwww』

『壁壊して突っ込んでくるガスマスク三人組とか恐怖以外の何物でもないwww』


 空中に浮かんだ画面にコメントが流れる。なんだこれ。


「狐の幻術だよ、今のボクたち全国に配信されてる!」


 千百合がスマホを確認して言う。


「く、くふふふ……きっと公開処刑のつもりだったんだろうね……旦那を辱めて殺したいと言ってたし……無理だと思うけど」


 日狭女が笑う。なるほど、狐の考えそうな事だ。


「上等だ。狐の用意した罠なんぞ全部ぶち抜いて突破する!」


 俺は勢いよく走り出した。

 狐たちの用意しているであろう、様々な罠を……と思ったが、奴らは「道」に罠をしかけているようで、壁をぶち抜いていく俺たちにはほとんど意味が無かった。


「グァアアアッ!」


 低級の妖怪たちが襲ってくる。


「邪魔だ!」


 蹴散らしていく。


「ガァッ!?」

「グェエエッ」


 次々と吹っ飛んで行く妖怪たち。


「こっちでいいのか!?」

「うん!」

「しかしよく鈴珠の居場所がわかるな!」

「持たせた子供用GPSが一個だけだと思った? 当然予備持たせてるよ!」

「う、うわぁ……お、親バカがここにいる……」

「……君も子供産んだらわかるよ、ボクの気持ちが!」

「産んでねぇだろ」

「そ、存在しない記憶……」


 俺たちはそう会話しながら進んでいく。目的地はひとつだ。


「待てい! これ以上の暴虐は許さんぞ、四天王が一、剛尾の牙玉……」

「邪魔だ!」

「ぐえー!」

「そこまでです、四天王随一の知将、この……」

「うるさい!」

「ぐはあっ!」


 なんかでかい毛玉とかが出てきたので殴り飛ばした。


『相手してやれよキチクwwww』

『哀れ……』

『雑魚は引っ込め』

『鈴珠ちゃん救出するまでは遊ばないのかな?』

『むしろ早く行ってやってくれ』

『急げキチク!』

『人の心とかないんか?』


 ともかく先に進むとしよう。

 そしてしばらく進むと――そこにあったのは、大きな扉。


「あの向こう!」

「わかった!」


 俺は扉を蹴破った。


 そこにいたのは――


「……鈴珠!」


 巨大な鳥居に磔にになっている鈴珠と、その下にある大きな御簾、その前で立っている妖狐――玉鋼だった。


「望み通り来てやったぞ。鈴珠は返してもらう!」


 俺は言う。


「早いわクソが!」


 玉鋼はなぜか怒っていた。


『ですよね』

『わかる』

『10分たってないんですがwwww』

『もっと盛り上げる努力をさあ……』

『キチクがなぜ配信者として無名だったかわかる。エンタメの才能無いんだな』

『攻略動画の面白みゼロですやん』


 好き勝手なコメントが流れてきた。


「貴様にはこうもっと……場を盛り上げる責任感とかそういうものがないのか!」


 他人のコメントと似たようなことしか言えない奴に言われたくはない。


「それはそっちの都合だろうが。お前たちが何を企んでいるか知らないけどな、知ったこっちゃないんだ。

 俺が楽しませたいのはあくまでも、俺の配信を楽しみにしてくれているリスナーたちだよ。

 他人が苦しんで死ぬのを心待ちにしているクズどもじゃねえ」


 その言葉に、玉鋼は笑う。


「……フン。それは今、この場を私の幻術を介して見ている多くの人間たちを愚弄し、侮蔑する言葉だぞ?

 人間がダンジョン配信をなぜ喜んで見るか知っているか?

 残酷な、血で血を洗うショーがみたいからだよ!」


 玉鋼は両手を広げて大仰に笑う。


「人間とはそういうものだ、安全な立場から、人が殺し合い、苦しみもがく姿を見て愉悦に浸る。

 探索者達が魔物を殺す残虐なシーンを、色々とおためごかしで飾りたて、言い訳を重ねながら食い入るように見て、己が欲望を満たす。

 どれだけ時を重ね時代が変わろうとも、人間の本質は――変わらない!

 だからこそ、我々狐が」

「うるせえ!」


 俺は一括した。そういう演説とかクソどうでもいいんだよ。


「くだんねえな。それこそお前がバイアスかかってそういうのしか見てないだけだろうが。

 ダンジョンのんびりキャンプ動画見たことあるか?

 ダンジョン釣り配信見たことあるか?

 ダンジョン農業配信は?

 ダンジョンに家建てて住んでみた動画は?

 ダンジョンの食料だけで生きる0円生活配信は?

 ダンジョンアイドルライブは?

 ダンジョンモンスタークッキングは?

 ダンジョン美観名所巡りは?

 ただ残酷動画大好きなだけのお前がダンジョンの一面だけ知っただけでいい気になって知ったかぶってんかじゃねえぞ」


 ダンジョンがこの世界に現れて十年。


 人間のエンタメ精神はダンジョンをこれでもかと言うほどに様々な方向性で活用してきた。

 だからこそ――人はダンジョンに惹かれるし、ダンジョン配信に魅せられるんだ。


 俺が、憧れたように。


「……くだらない弄言を!

 まあいいさ、貴様がいかに虚言を弄したところで、事実は変わらぬ!

 ここでこの俺に無様に殺されるという現実はなあ!!」


『おっバトル開始か』

『論破されて実力行使に出る狐wwwww』

『レスバ弱すぎワロタww』

『脳筋キチクに口で負ける狐とかさあ……w』

『人を化かす狐とはいったい』

『恥ずかしすぎる』

『【急募】さっきまでの勢い』

『【急募】キチクにレスバで勝つ方法』


「うるさいわ人間ども!!」


 玉鋼がコメントに激高する。俺が言うのもなんだけどこいつスルー力足りなさすぎるだろう。


「き、貴様もわかっただろう、これが人間の――醜さだ!」

「……」


 いや、この程度で勝ち誇られても。


 ネットの煽りを見て人間は醜いと断言するとか、このバカ狐って……ある意味純粋すぎるだろう。

 他人に悪意をぶつける時は活き活きするが、自分に悪意が向けられた途端に豆腐メンタルになるタイプだ。


「……おい、もうその辺にしとけ。お前がいくら喚いても無駄だ」


 俺は玉鋼に言った。


「なに?」

「最初から、俺はお前と――話をするつもりなんて、ねえからだよ!」


 俺は床を蹴って走る。


「……ッ、これだから人間は! 少しは会話を大事にしろ!」

「遠野人に! 妖狐と話す口は……ねえ!」


 後ろで千百合が「そうだそうだ!」と言っている。いや実際には俺は別に狐だから駄目というつもりはないが――こいつらは別だ!


「くっ……ならばその愚かさに絶望しながら……死ねいっ!!」


 玉鋼が叫ぶ。その瞬間、空間が歪む。


「……幻術の結界だ! 気を付けて!」


 千百合が言う。

 周囲の景色が、外の……殺生石園地へと変わっていた。


 そして――。


「っ!」


 石が浮かび、そして組み上がっていく。


 石の巨人だ。

 その頭部には地蔵が乗っている。殺生石の千体地蔵か!

 教傳地蔵という、親不孝の戒めとして伝えられる供養地蔵をこんなふうに使うとか、狐は本当に罰当たりな奴らだ。この地蔵もどうせ幻覚であり本物ではない。


 だが――


「くっ!」


 石巨人が拳を振るう。俺はそれを避ける。石巨人の拳が地面を砕く。

 実体を持った幻覚――!? いや、妖狐や他の妖怪が幻覚を纏っているだけか!


「だったら!」


 俺は怯まず、石巨人の拳を受け止める。

 そして――


「おりゃあああっ!」


 そのまま、石巨人をぶん殴った。


「グオオオオッ!?」


 石巨人は吹き飛び、消えていく。


「次いっ!」


 俺は襲ってくる石巨人を次々に殴り飛ばし、蹴り飛ばす。


「はっ!」


 そして最後に残った一体の懐に飛び込むと、その腹に正拳突きを叩き込んだ。


「ぐはあっ!?」


 幻術の身体が、まるで本物の肉体であるかのように苦悶の声をあげる。やはり中の人が確実にいやがるな。所詮は幻――か!


「これで終わりだ!」


 俺は倒れた石巨人に駆け寄ると、その頭を掴んで持ち上げた。

 そして――地面に叩きつける。


「グギャアアッ!」


 悲鳴をあげて、幻術の身体が霧散していく。

 あとは、玉鋼と御簾の後ろの奴だけだ!


「シュウゴ! 気を付けて!」


 千百合が叫ぶ。


 俺が石巨人の相手をしている間に、玉鋼の幻術が――完成していた。


「ははっ!」


 玉鋼の周囲に炎が浮かび上がる。狐火か!

 それが弧を描き俺に襲い掛かってくる。だが所詮は幻――!


 しかし。


「……っ!?」


 狐火が俺に直撃し、俺の身体を炎が包む。


「ぐ――うわあああああっ!?」


 そして俺を襲ったのは、強烈な熱と激痛だった。

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