第54話 狐たちの宮

「来たか」


 声が最奥の広間に響く。

 そこは煌びやかな装飾に彩られ、金箔で飾られていた。

 巨大な御簾の奥に、大きな影がある。声はその巨体から発せられていた。


「思うてたより……早かったな」

「私の使った殺生石の回廊を見つけ出し、使ったのでしょう、御前」


 妖狐・玉鋼が言う。


 かつて玄翁和尚が破壊し、各地に飛んだ殺生石。

 それが落ちた場所はその妖力によって空間が歪み、簡単なダンジョンと化している。

 ダンジョン……迷宮と言うよりは、次元回廊といった方が正しいだろう。

 この那須の殺生石と、各地を繋ぐ道だ。


「欠片の跡地か……忌々しい」

「ええ。他所の殺生石の欠片は無事回収できたのですが……」


 玉鋼とその仲間たちは、各地に散った殺生石の欠片を回収していた。


 欠片たちはその地その地で殺生石と崇められ、注連縄を飾られ社を建てられたり、史跡として保護されたりしていたので発見と回収は簡単だった。

 全ての殺生石の欠片が集まれば、悲願たる大妖怪、玉藻前の復活は成る――



 はずだったのだ。


 だが。


「おのれ遠野……! あろうことか「水田作るのに邪魔」という一言で、殺生石の欠片を壊して捨て去るなど……!

 奴らには伝説に対する畏敬というものがないのか!!」


 御簾の奥で怒りに総身を震わせる影。


 必死に探させたが、遠野の殺生石の欠片の行方は知れなかった。

 小さく砕かれて河原の石にでもまじったか、あるいは――アスファルトやコンクリートの材料にでもなってしまったか。


 そうまでなってしまえばもはや取り戻す事など不可能であった。


「殺生石だぞ! かつてこの国を震わせた伝説の大妖怪、金毛白面九尾狐玉藻前のその遺骸だぞ! 毒を吐いて生き物を殺す石だぞ!? まともな人間なら畏怖と畏敬を持って大事にするだろうが!!」

「遠野の人間は、まともではないのではないでしょうか」


 玉鋼が言う。

 確かにまともとは思えない。


「……まあよい。しかし計画は変更を余儀なくされたとは言え……順調だ」

「はっ、全ては御前の意のままに」


 玉鋼は頭を下げる。


「この娘、鈴珠……彼女こそが」


 そして鳥居に磔になっている少女、鈴珠を見る。


「玉藻前復活の鍵……生贄。彼女を捧げる事で我らの大願が成就する」


 その言葉に。

 控えていた狐たちが沸き立つ。


「復活! 復活!」

「玉藻前の復活!」

「我らの悲願!」

「そして我らの新たなる主!」


 歓喜の声を上げる。


「そうだ。我らの主、偉大なる九尾の狐、玉藻前様の復活こそが我らが悲願、我らが大願!

 そのための準備は整った!」


 玉鋼は宣言する。


 今日、この日こそが大願成就の日であると。

 そして妖狐の一族が――人間の大半を支配し、君臨するのだ。

 そのために必要な生贄が――


「あの小僧の死。それこそが、望まれている」


 御簾の奥で影が言う。


 そう、玉鋼たちに力を貸す人間達。彼らは、あの菊池修吾という少年の破滅を望んでいる。

 自分たちが探していた、あの妖狐の少女――鈴珠を手に入れた人間たち。連中と交渉し、手を組んだまではいいが、菊池修吾がその鈴珠を逃がしてしまった。


 最も、奴はネットで愚かにも自分たちの行動を配信していたので、見つけるのは実に容易だった。所詮は人間、愚かな生き物だ。

 人間たちは菊池修吾の破滅を依頼してきた。そのためには更なる協力、支援を惜しまないとのことだ。

 これは利用できる。


「人間達にも、存分に見せつけてやろう」


 そして玉鋼は幻術を発動させる。


 人間社会で知り、そして学んだ配信というもの――それを幻術に応用したものだ。

 幻を電波に乗せることで、配信をジャックすることが出来る。

 菊池修吾の姿を使い暴れたせいで、人間たちの注目も大きくなっている。

 人間たちの使う機械の端末に、幻覚を映し出す。


『ん?』

『なんだこれ』

『画面がおかしい』

『ウイルス?』

『なんだこいつ……』

『あれっこいつこないだの偽キチクじゃん』

『おい配信者、お前なんかしただろ!』

『マジかよ……』

『乗っ取られた!?』


 あっという間に混乱するコメント欄。


「ふはははははは!!!」


 玉鋼は高笑いする。

 これでいい。


「さあ、始めよう」


 そして、惨劇が始まる。


「ようこそ人間達よ。私の名は妖狐玉鋼。

 大妖・玉藻前様の復活の儀を執り行う祭祀である!」


『え?何これ』

『たまご?』

『玉藻って九尾の?』

『何が起きてるの』

『イベント?』

『はぁ?』

『何を言ってるんだコイツ』

『とうとうイカれたか』

『病院行けよ』


 空中に幻術により投影された画面にコメントが流れてくる。

 それを見て玉鋼は満足そうに笑った。


「さあ……菊池修吾よ。人々はお前が無様に苦しむ姿を楽しみにしているぞ」

「玉鋼よ。首尾は上々か?」


 御簾の奥から影が問いかける。


「はっ。この宮殿には数多の罠が仕掛けられております。狐の術を巧みに使い、人心を惑わし発狂させ、心を壊す大迷宮。

 彼奴めは此処にたどり着く事なく、壊れて倒れゆくでしょう。

 それを肴に、玉藻前の復活の儀を――」


 そう言い、玉鋼は幻術による映像を浮かび上がらせる。


 菊池修吾の姿を映し出すためだ。

 迷宮に入り込んだ修吾は、きっと迷宮の罠に翻弄されていることだろう。


 そこには――



『うおりゃああああっ!!』



 ひたすらに、壁や窓をぶち破って一直線に進んでいく修吾の姿。


「えっ」

「えっ」

「え」


 玉鋼や狐たちが啞然とする。


 そしてコメントには……



『知ってた』

『知ってた』

『知ってた』

『知ってた』

『知ってた』

『知ってた』



 彼を知るリスナーたちが、平常運転だなあ、と語っていた。

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