第53話 殺生石
俺は早瀬川へと来ていた。
「この近くのはずだが……」
『遠野町古蹟残映』という遠野町地域づくり連絡協議会の出した書物に、遠野の殺生石の話が記されている。
曰く、「往時早瀬川の分流は、鶯崎より懸上稲荷の麓を過ぎて、来内川に合流せることあり。此の頃、其の川筋に外川の土名ありき、原と一大平石横はり殺生石と名づく。里俗或は神狐の野狐を罰殺せし怪談を伝ふるも由来詳ならす。明治初年水田開拓の際之を撤去して今は亡し」
というものだ。
つまり遠野の殺生石は、もう存在しない、伝説に残されるのみである。
「……殺生石を普通にぶっ壊して撤去して水田にするんだから、遠野の人も大概だよな」
「それだけ、遠野人にとって狐ってのは信仰の対象にはならなかったってことだよ」
千百合が言う。言葉にとげがある。怒っているようだ。
「……鈴ちゃんを攫うなんて、絶対許せない。やっぱり狐は敵だよ」
「鈴珠も狐なんだけどな」
「鈴ちゃんは例外!」
言い切った。すごい掌の返しっぷりである。だがそのちょろさ、嫌いじゃないぞ。
「と、とにかく……その殺生石の跡地を探して……手がかりを見つける、だね……」
日狭女が言う。その通りだ。
「ああ、しかし手がかりが少ない。よほど運がよくないと……」
遠野の殺生石は、欠ノ上稲荷神社の側にあるという話だ。やはり狐と関係のある神社だ。
欠ノ上稲荷の付近から早瀬川まで。この区域の水田、あるいはかつて水田だった場所に……。
「あったよ!」
「早いな!?」
千百合が見つけた。流石座敷わらし、運がいい。
「ここだね」
千百合が指したそこは何の変哲もない川原だ。遠野市早瀬川緑地。
しかし確かに……そうと認識して目を凝らしたら、妙な雰囲気がある。
「ここ、ちょっと草が枯れてる。それに……」
「う、うん。死の気配がある……こ、小鳥死んでるね。これ、毒だよ」
二人が言う。なるほど。
「しかしよく見つけたな」
「うん。これが落ちてたからね」
そう言って千百合が出してきたのは、小さなキーホルダー。
「これは?」
「ボクが鈴ちゃんに持たせた子供用GPS端末」
「いつの間に!?」
「は? 母親なら当然なんですけど?」
いや、いつの間にそんなの買ったんだよって……いや、今はいいか。千百合の親バカのおかげで居場所は……少なくともここで消息を絶ったことはわかった。
「しかしここからどうやって行くか……ダンジョンとして開いているわけじゃなさそうだが」
もしそうなっていたらとっくに問題になってそうだ。
「ふ、ふへへ……私なら、開けるかもしれないよ……」
「そうなのか? 日狭女」
「う、うん。わ、私は黄泉の住人だからね……い、異界への道を開くことは……自由にはできないけど、ここまで異界と近くなってるなら……開けるよ」
「それは……でかした!」
「ふ、ふふん。もっと褒めろ」
「ああ、すごいぞ日狭女。やっぱりサポートとして優秀だなお前は」
「ふへへ……」
「さて……行くか。千百合、頼んでいた奴は?」
「マヨイガにあったよ! ガスマスク!」
「でかした!」
なんであるんだよ、と言いたくはなったけど、マヨイガさんは有能だからガスマスクぐらいあるだろう。
殺生石は毒ガスの満ちるダンジョンという。毒対策は基本だ。
「じゃあ、頼む」
俺の言葉に日狭女は頷き、そして意識を集中する。
「我、伊邪那美大神の名のもと、
日狭女の呪文とともに地面が揺れ、そして俺たちの前に、地下への階段が現れた。
「よし、行くぞ」
俺たちは、その階段を降りていく。
日狭女が開いたのは、地底に続く洞窟のような場所だ。
「これは……」
「千本鳥居……か」
その奥には無数の朱色の鳥居が並んでいる光景が広がっている。
千本鳥居と言えば京都の伏見稲荷が有名だが……洞窟の中に千本鳥居というのは不思議な感じだった。
「行こう」
俺たちは注意深く進む。
「だ、旦那。配信は……ど、どうする?」
日狭女が聴いてくる。
「……今回はいい。リスナー達には全部終わってから報告するよ」
さっきも言った通り、今回は人を楽しませる配信活動は出来そうにない。
心配かけたリスナーたちには後で埋め合わせをすることにしよう。
注意深く進んでいくが、敵が出てくる気配は無い。
そして、千本鳥居に終わりが見えてきた。
「……出るぞ」
そして鳥居をくぐる。
そこは……
「ここは……」
外だった。山中の広場であり、岩場が広がっている。
「……那須の……殺生石か」
ネットやテレビで見た事のある景色だ。荒れ果てている。そして毒々しい雰囲気が漂っている。
そこらに鳥の白骨死体などが転がっている。殺生石の毒にやられたものだろう。
「……進もう」
今、俺たちがいるのは温泉街の廃墟だ。那須温泉の鹿の湯、と看板がある。川沿いにある建物で、元は立派な温泉施設だったのだろう。
ここを山の方に上っていくと、「殺生石園地」と呼ばれていた地域がある。
荒涼とした石地の上に木造りの遊歩道があり、それが殺生石へと伸びている。
「……」
周囲に気を配りながら歩く。
「いるな」
「うん」
気配があちこちにある。こちらを伺っている。
あの玉鋼の仲間の妖狐だろうか、それとも……。
「気をつけて」
日狭女が言う。
「ああ」
そして……殺生石へとたどり着いた。
そこには、巨大な石があった。
「これが……殺生石」
真っ二つに割れている。
そして、その割れた石の下には、洞窟が広がっていた。中は暗くて見えない。
「これがダンジョンになっているのか」
殺生石はダンジョン化している。
そして、そのダンジョンの入り口が……ここということだ。
「……いくぞ」
俺たちは、殺生石へと歩み寄る。
中の洞窟へと入っていく。
しばらく進んでいくと、明かりが見えた。出口か?
そこは……
「……これは」
そこに広がっていたのは、賽の河原のような、ひたすらに石が転がる平原。
そしてそこにそびえたつ……平安京の如き、巨大な建造物だった。
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