第52話 家族が誘拐されたので早退します

「これは……どういうことだ!」

『ふふふ。どうもこうもね、東穀町のあたりだったかな。彼女が一生懸命走っているから攫っちゃったよ。ああ、何を探していたのかな。きっと大切な仲間のために、仲間の偽物の情報を探して走り回っていたんだろうね。気を付けないとね……』

「……貴様ぁ!」



 俺は睨みつける。しかし玉鋼は涼しい顔だ。

『おお、怖い怖い。さて、これで俺たちの目的の一つは達成したわけだが……だけど、もうひとつ目的があるんだよねえ。

 そう、お前だよ』

「俺、だと……?」

『お前の破滅さ』

「……だから俺のフリをしてあんな変態行為をしでかしたってか。

 だけど解せないな、俺の評判を落とすのが目的ならわざわざネタバラシする必要がどこにある」

『それは、評判を落として貶め、辱める程度では、俺の主は満足しないからさ。

 正しくはその背後にいる者たちだけどね。彼らはお前の破滅……つまり、死を望んでいるのさ』

「俺の、死だと……?」

『その通り!』


 玉鋼は両手を広げる。


『それも盛大に、華々しく! そして無様に惨めに、尊厳を踏みにじられ敗北し、死に逝く姿を望まれているのさ!』

「……っ」


 なんてことだ。無茶苦茶だ。


「ちょっとバズって有名になったからって、俺はただのEランクの不適格者だぞ。どこにでもいるような学生を破滅させて殺すって……頭おかしいんじゃないか!?」


「えっ」

「えっ」

「は?」

「うん?」

「えっ」

「オイオイオイオイオイ」


 ……後ろから声が聞こえてきた。クラスメートたちだ。


 いや、なんだよその反応。


「……キチク。ただの学生はポン刀振り回してトンカラトン十体斬り殺して警察に事情聴取されたり……しねえよ?」

「命の危険あったらやるだろ? 家族殺されそうだったらなおさら!」

「……ああ、うん、はい」


 小鳥遊は納得してくれたようだ。


『ああ、人間なんて頭おかしいもんさ。同情するよ、キチク。だがこれも仕事なんでね。

 さて、彼女は今、那須の殺生石にいる』

「殺生石……?」

『ああ、ダンジョンと化した、俺たちの聖地ともいえる場所さ。

 彼女の命が惜しいならやってこいよ、キチク……いや、菊池修吾。俺としてはどちらでもいいけどな。お前が来ないなら、お前の評判は地に落ちる。我が身かわいさに仲間を見捨てた卑怯者。

 来たらお前は俺たちに殺される。無様に惨めに惨たらしく。

 どちらにせよ、目的は全て――果たされる。

 お前の選択を……楽しみにしているぜ、人間』


 そう言って。


 妖狐玉鋼は、煙のように姿を消した。


「……」


 俺は息をつく。


 ……あの妖狐、玉鋼と言ったか。

 俺を罠に嵌め、貶めたつもりで優位に立ってぺらぺらと喋っていたが……。

 おかげで情報は集まった。

 断片的ではあるが……わかったことがある。


 奴の背後にいるのは、人間だ。俺を邪魔に思っている。それが誰かはわからないが……。

 そして奴の狙いは、鈴珠だ。その理由はわからないが、鈴珠を手に入れるため、俺を利用し、罠に嵌めたということか。


 第一目的は鈴珠。それが手に入った以上、俺の生死は二の次……と言う事か。


 本当に、舐めやがって性悪狐が。


『なんかすごいことになって来たぞ』

『鈴珠ちゃんさらわれたの? やばくね』

『俺はキチクを信じてた』

『キチク早く助けに行ってあげて』

『キチクがんばれ』

『公開処刑きたか』

『いやでも今回の敵ヤバくね?』

『キチクを完璧に翻弄してるからな格上感やべえ』

『あいつ夕菜ちゃん襲ったデーモントロールを一撃だったぞ』

『今回はキチクも……』

『犯罪予告だし警察に任せた方が』

『妖怪の犯罪ってどうやって法で処理するんだ、ダンジョン法にも無いぞ』

『あくまでも妖怪を名乗ってる人間として処理。それならいける』

『国籍不明住所不定無職の自称妖狐玉鋼容疑者、か』

『まあそれが妥当か』

『探索者名乗って無頼気取っててもヤバくなると警察に泣きつくヘタレがこちらです』

『いやキチク先日逮捕されたばかりだし頼れないだろ警察』


 コメント欄が盛り上がる中、小鳥遊が話しかけてきた。


「……おい、行く気なのかよ、マジで」

「ああ」

「だけど今回のってマジやばいぞ、あいつ言っただろう、那須の殺生石って……どういうことかわかってんのか!」


 小鳥遊が言う。無理もない。


 那須の殺生石。

 伝説の大妖怪、玉藻前。平安時代に鳥羽上皇に寵愛を受けた女性だが、その正体は九尾の狐の化身だった。


 史書の『神明鏡』、御伽草子の『玉藻の草子』、能の『殺生石』『下学集』などにその伝説は記されている有名な妖怪伝説だ。


 上皇の寵愛を受け成り上がったが、やがて上皇は病に倒れる。それは玉藻による呪いだった。

 しかし陰陽師の安倍泰成に見破られて東国に逃れ、上総介広常と三浦介義純が妖狐を追いつめ退治すると狐は石に姿を変えたという伝説だ。

 玉藻が変じた石はそこから毒を吐き、周囲の生き物を殺すようになった。


 時が流れ、玄翁和尚という高僧が殺生石を砕いた所、石は各地に飛び散り、残った大岩から発せられる毒も少なくなったという。金槌のことを玄翁というのはそれが由来だ。


 ――そう、少なくなった、だ。


 現代に至るまで依然として殺生石は毒を吐き続けている。科学的には硫化水素、亜硫酸ガスなどの有毒な火山ガスと言われているが、時折、それでは説明できな事も起きていると言う。


 そして――数年前、突如として殺生石がまっぷたつに割れた。


 ダンジョンとなってしまったのだ。


 それだけならいい、問題はさらなる猛毒が噴出し、周囲は人の住めぬ立ち入り禁止区画として閉鎖されてしまった。温泉郷として有名だった殺生石付近は、ゴーストタウンと化したのだ。


「誰も入れねえ未攻略ダンジョンだぞ! そんなもんどうやって……」

「方法なら、あるさ」


 俺は言う。


「は?」

「鈴珠は遠野にいた、だけど玉鋼は那須にいると言った。こんな短時間で遠野から那須に簡単に行けるとは思えない」

「じゃあどうすんだ?」

「あるだろう、遠野にも……殺生石が」

「……!」


 そう。

 那須にて追いつめられ、息絶えた玉藻前が変じた殺生石、それを玄翁和尚が破壊し全国に欠片が飛び散ったという伝説。


 各地に飛来した殺生石の謂われはあり、ここ遠野にも――殺生石はあるのだ。

 明確に「飛んできた」という伝承は残ってはいないが、確かに殺生石の逸話は遠野にある。


 つまり。


「鈴珠は、おそらく……そこで連れ去られた」


 那須の殺生石がダンジョンと化しているなら、遠野の殺生石ももしかして――。

 確証はない。だが確信はある。


 それに――


「もし違ってたら?」

「ダンジョン協会の人に頼み込んで那須まで電車で行く。あるいは遠野の協会に頼んで車出してもらう。

 土下座でも借金でもしてな」

「……かっこいいのかかっこ悪いのかわかんねえな、お前」


 なんとでも言え。今は鈴珠を助けるのと、あのクソ狐の頭カチ割るのが大切なんだから。


 俺はまだ配信が続いているスマホに向かって言う。


「というわけで俺は今から向かいます。正直、今はリスナーのみなさんのために映える動画がどうの、楽しませる行動がどうのって言ってる余裕ありません、すみません。

 だけどこれだけは約束します。

 あのクソ狐ぶん殴って頭カチ割って、必ず……鈴珠を助け出します」


 俺はそう言って、教室を出た。

 ちょうど入れ違いで入ってきた先生が言う。


「お、おい菊池! どこへ行く!? もう授業だぞ!!」


 俺は先生に言った。


「家族が誘拐されたんで早退します!」

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