第51話 もう一人の妖狐
偽の俺の出現情報は各地で相次いだ。
しかしそれはどうにも出所の怪しい噂話ばかりで、実際に動画などの証拠が撮られることは無かった。ネットでは様々な憶測が飛び交っている。
『実はキチク本人がやってるのでは』という意見。
『キチクのふりをしたアンチの犯行』という説。
『誰かがキチクのアカウント乗っ取りをしているのでは』という意見。
『キチクが裏で糸を引いているのでは』という意見。
『キチクの生き別れの双子』という説。
などなど。
目撃例も様々で、
『全長3メートルのキチクがいた』
『全裸でダンジョンの天井にぶらさがっていた』
『十人ほどのキチクが群れていた』
『大量のキチクが踊って街中を闊歩していた』
『キチクが大量発生して逃げ惑う人々を追いかけ回していた』
『キチクが全裸で道路を爆走しながら大声で歌を歌ってた』
『キチクが駅のホームで踊り狂ってた』
『キチクが街を破壊尽くした』
『キチクがビルを爆破した』
……ふざけんな。
明らかに面白がってるだろうみんな。
完全に都市伝説妖怪じゃねーか俺!
そのうちマジで発生しかねんぞ都市伝説妖怪キチク。
頭いてえ……。
そんなふうに悩みながら学校に行く。学校でも相変わらず俺は悪い意味で注目の的になっている。
みんな俺に話しかけてこない。遠巻きにひそひそと話し、俺が見ると目を逸らす。
イジメか。
机には落書きが書かれていた。
『信じてるぞ!』
『ガンバレ!』
『負けるな!』
……これはどう判断したらいいのか迷った。
そんなこんなで、昼休みに……それは起こった。
「おいキチク、やべーぞ!」
小鳥遊がスマホを見せてくる。
そこには……。
◇
沖縄、那覇市。
そこにあるダンジョンは、通称珊瑚礁ダンジョンと呼ばれる、美しいダンジョンだった。
珊瑚によって構成された洞窟には日の光が差し込み、水面に反射する光は幻想的な雰囲気を醸し出している。
そこはまるで、海の中に作られた神殿のような場所であった。
そこで少女は配信をしていた。
彼女の名は
探索者として卓越した腕があるわけではない彼女は、自分の攻略の腕を示すのではなく、このダンジョンの美しさを見せる動画配信……観光用の配信を行っていた。
今日は実況配信で、探索者達を遠巻きに見ながら配信する事にしていたのだが――
それは現れた。
水面に足が生える。
逆さに生えたその足はゆっくりと――せり出して来る。
そして、金色に輝くビキニパンツが水から現れた。
それを見ていた探索者達もモンスターたちも唖然とする。なんだこれは。
やがてそれの全身が現れた。
「フゥ――――……キチク参上ォ……」
それはキチクと呼ばれる男。最近、ダンジョン探索者界隈を賑わせている男だ。
波留もキチクは知っていた。かつてマヨイガダンジョンを攻略し、水虎テクノロジーの犯罪を暴いた男。そして――
『出たあぁぁ!!』
『キチクだあぁ!!』
『キチク来たあああ!!』
『キチクだあああああ!! 本物だあぁ!!』
『ついに来ちゃいましたよぉ!?』
『キチークー! キチークー! キチクキチクキチクうううううううう!!!』
配信にコメントが殺到する。
そう、先日に有名美少女インフルエンサーの配信に乱入し、痴態を見せつけた男だ。
『とうとう出たか……』
『俺らも見てた』
『俺も見た』
『あれは間違いなく本人だな』
『俺もそう思う』
『いやあキチクはすげえな』
『キチクしか出来ねえよあんなこと』
『キチクはやっぱり変態』
コメント欄が盛り上がる中、キチクと呼ばれた男はカメラの前に立つ。
「ひっ……」
波留は怯える。黄金のビキニパンツが眼前に在る。
「フフフ……俺はキチク……そう、キチクさ! 今からこのダンジョンをぉ……俺色に染め上げよう……」
「な、何を言って……」
「お前ら全員皆殺しにしてやるよ……俺の愛で息絶えろ……フフフ」
そう言って、キチクは自身のパンツに手をかけた。
ゆっくりと……ずりおろしていく。
「フフ……フフフ……」
いけない。
このままでは自分のチャンネルが停止措置をくらいかねない。
しかし動けない。
動いたらその瞬間にひどい目にあう――その確信が波留にはあった。
そんな時だった。
¥1000
菊池修吾:『やめろ偽物野郎!』
そんなコメントが、スパチャと共に表示された。
『え?』
『何?』
『騙りか』
¥1000
菊池修吾:『俺は本物だ →URL http://...』
◇
俺はそれを見て慌ててスマホで配信を開始した。
教室なので周囲のみんなも入るかもしれないので、そこは慌てて大声で今から配信するのでと叫んでおいた。
「今、こっちにもURL貼りましたが! この那覇市の人のダンジョン生配信に俺の偽物がいる!
俺は今、遠野の学校で突発配信してます!
これでわかったでしょう、この変態は俺じゃない、俺を騙った偽物だッッッッ!!!!」
俺は叫ぶ。
すると……小鳥遊のスマホで開いている那覇市の生配信の偽キチクが口を開いた。
『フフフ……何かと思えば……無粋な男だなぁ……俺』
こっちを……見ている? こいつはどうやって……いや、今はいい。
「何が「俺」だ。お前は俺じゃない、正体を現せ!」
『キチクなら……同じ場所に同時にいても不思議じゃないだろう。遠野なら普通だ』
「遠野馬鹿にしてんのかてめえは! 出来るか!」
『お前が言うな』
『おまいう』
『どの口が』
『つ鏡』
コメントが流れる。いやなんでだよ。
しかし今はコメントに返答する余裕は俺には無い。またあとで。
「何を言おうが事実として、お前と俺は別の場所に同時にいる。証人はたくさんいる。
諦めて正体を現せ、お前は何者だ!」
『……ふっ』
偽キチクは笑う。
『ふふふふ、ふはははははは!はーっはっはっは!!』
「……?」
突然笑い出した偽物に、俺は少し困惑した。
『ふふふ、よくぞ見破った』
そう言った後、偽物は金色のビキニを勢い良く脱ぎ捨てた。
そして……その下からは、斎服……神職の衣装を着流した、銀髪の青年の姿が現れた。
その頭には、狐の耳。腰からは大きな尻尾が生えていた。
「……お前、狐か……!」
『ふん、目が腐っているのかいキチク。どう見たら俺が狐に見えるのか』
「どう見たってそうだろうが!」
俺は怒鳴る。いや、いかん落ち着け。こいつは狐、人を化かす妖怪だ。ペースに乗せられるな。
『改めて名乗ろう。俺の名は――
妖狐・玉鋼だ。以後よろしく、遠野の退魔師よ』
「俺は別に、退魔師なんてものになった覚えはないけどな」
妖怪を退治した事があるなら退魔師なら、遠野の大半が退魔師になっちまうぞ。
「それで。なんでこんな事をした。狐の悪戯なら度を越してるぞ」
『ふ、ふふふ。ただの悪戯……でもいいんだけど、こちらにも事情があってね。そのついでさ。
別にお前のお友達の座敷わらしや子狐の姿であーんなことやこーんなことをしてもよかったんだが、それだと多くの人が喜ぶだけで癪だからな」
嫌な奴だ。だがもしそれやられてたらと思うと……ぞっとする。
八つ当たりが全部俺に向いてたぞ。
「しかしお前も大変だったようだね。俺を探して色々頑張ったんだろう、ネットで情報集めたり、足で探したり。今度の休みには東京に行って探す予定もたてていたようじゃないか。
そして君の仲間たちも色々と探していたようだね、ああ、色々と……」
「……?」
玉鋼は含みを持たせて笑う。嫌な感じだ。
「どういうことだ」
「いや何、健気にもお前のために頑張る仲間たちの絆は素晴らしいと思ってね。
だから、こうなる」
そして玉鋼は指を鳴らす。
玉鋼の横に、蜃気楼のように映像が浮かぶ。
そこには――。
「……! 鈴珠……!」
鈴珠が、鳥居に磔にされていた。
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