第57話 金毛白面九尾狐、玉藻前
そこに現れたのは、俺と同じくらいか少し上の美しい女性。
千百合が――座敷わらしとしてではく、もうひとつの――女神の分霊としての本義を発現した姿だ。
その姿に――
『戻して』
『戻して』
『戻して』
『戻して』
『戻して』
『戻して』
『戻して』
『戻して』
『戻して』
『戻して』
『戻して』
『戻して』
元の姿に戻して、というコメントが殺到した。
「――なんでさ!? ここはこう、もうちょっと別の反応があってしかるべきじゃないかなあ君たち!」
千百合が叫ぶ。
……中身に変わりは無いようだった。
しかし、千百合にここまでの力が……。
「この姿になるの、やりたくなかったけどね。この力を使わないと、シュウゴも死ぬし鈴ちゃんも助けられない。そんなの――嫌だから」
「…………そうか。助かった」
俺は立ち上がる。もう傷も体力も回復していた。
「……おのれ、たかが地方の山の神の! 分霊風情が、この金毛白面九尾狐たる玉藻前に楯突くかぁ!」
玉藻は更なる毒を噴出する。
だが、千百合の放つ清浄な気にまたたく間に浄化されていく。
「確かにボクは神そのものではない、ただの分霊にすぎないかもしれない。だけど、その程度の存在にかき消される程度の毒なんて――
キミ、本当に玉藻前?」
「……!」
玉藻の表情が強張った。
「ふん! 確かに妾は復活には至ってはおらぬ。が、しかし! 力こそ全てよ! 妾はいずれ最強の存在となる! その妾が! たかが田舎の神の分際で! 貴様如きに負けるはずがない!!」
玉藻が吠える。その気迫は凄まじく、周囲の空気がびりびりと振動した。
「そうかな? それは別にいいけどさ。キミの相手は、ボクじゃあない」
千百合が言う。
そう、その通りだ。
「俺を忘れてんじゃねえぞ、狐」
「な――」
玉藻は振り返ろうとする。
「遅せぇよ」
俺は既に背後にいた。
「がはあうっ!」
俺の拳が顔面に直撃し、狐の面が砕ける。
その下から現れたのは、人間になり切れていない狐の顔だった。
狐の顔は苦悶に歪む。
「ま、待て! 待たぬか人間! そ、そうじゃ、妾に貴様の殺害を依頼した人間達について、知りたくはないか!? 見逃してくれるなら――」
『命乞い始めたwwww』
『こいつもしかして雑魚?』
『人の威を借る狐wwww』
『玉藻前って嘘だろwww』
『マジで?』
『つかキチク殺したがる奴って心当たりあいつらしかいねえし』
『夕菜ちゃんのユニコーンたちか』
『優斗のファンたちも怒り狂ってたぞ』
『いやそいつらの殺意は狐に向かっただろ、あの偽キチクの正体は狐だったし』
『ああ……となるとあいつらか』
コメントで黒幕探しが始まるが、どうでもいい。
「知るか、興味ねえ。さっきも言ったよな、遠野の人間は?」
「ひっ――」
『『『『『狐と話す口は無い!!』』』』』
コメントが合唱した。わかってるじゃねえか。
「その通り――!!」
俺は全力全開の力を込めて、狐を殴り飛ばした。
「グギェエエ―――――――ッ!!!!!」
狐は絶叫を上げ、地面にたたきつけられる。大きく陥没し、クレーターのように大地が穿たれた。
もはや人間の姿ではなく、巨大な狐になっている。
「……終わった?」
千百合が言ってくる。
「ああ、そのようだ。しかしコイツ、なんだったんだ?」
「こやつも九尾じゃよ」
声がかかる。
「しかし九尾にしては、伝説に謳われる大妖怪……って感じしなかったぞ。いちいち卑怯だし、毒を封じられたらてんで雑魚だったし」
「九尾の狐にも色々じゃからな。かつての明では、泰平の世や明君のいる代を示す瑞獣とも、天界より遣わされた神獣とも、世に災禍をもたらす悪獣とも呼ばれた。
『山海経』でも九尾の狐の記述があり、曰く「青丘山には獣がいる。外形は狐のようで、尾は九本。鳴き声は嬰児のようで、よく人を食う。この獣を食べた者は蠱毒あるいは邪気を退ける」とある。明の人にとって九尾狐は食料かよ」
「まあ、古代中国の人って何でも食べたっていうしな……ん?」
さっきから話しているのは誰だろう。
俺はその声の方を向いた。
「……鈴珠?」
そこには鈴珠が立っていた。お前そんな喋りだったっけ?
「……鈴ちゃん、あなた……」
「母上殿、安心めされよ。
妾は確かに鈴珠じゃ。ただし、此処の毒に影響され、一時的に前世の記憶と人格が現れてはいるが……大事無しじゃ。いずれ元に戻る」
そう鈴珠は笑う。
「前世……?」
「然り。我が前世の名は……玉藻。金毛白面九尾狐、玉藻前よ」
鈴珠は、そう名乗った。
「こやつは九尾の中でも新参の野狐。ただ歳を重ね知恵をつけただけのものよな。
じゃが、様々なものを喰らい力をつけていったようじゃ。
そして、妾を喰らい、玉藻になろうとしたのじゃろう。くだらぬ。そのようなものに何の価値も――無いと言うのにな」
鈴珠――玉藻は寂しそうに笑う。
「妾とて、最初は瑞獣であった。じゃが、人の世で生きるうちに――かように謳われる、伝説の大悪獣となり果てた。
力も名声も、そのようなものに何ら価値は無い、無いのじゃ。
妾はただ――」
愛されたかった。
彼女の唇は、そう動いたように見えた。
「……そっか」
千百合が、そんな玉藻をそっと後ろから抱きよせる。
「……うん、つらかったんだね、寂しかったんだね、鈴――ううん、玉藻ちゃん」
「……母上殿」
玉藻は、千百合の手に、そっと自分の手を重ねる。
「……すまぬ。すぐに、鈴珠にこの身体を返す故に」
「いいんだよ」
千百合は、玉藻にそれ以上――言わせなかった。
「大丈夫。ボクは分霊とはいえ女神だから。愛は深くてでっかいんだよ。君も、ボクの――大切な娘だよ、玉藻ちゃん」
「……はは、うえ……どの」
玉藻が泣きそうな顔で笑う。いや、目尻から涙が零れていた。
俺は二人に、今までどんな人生があったのかは知らない。
だから無粋な事は言わないし、言えない。
ただ、それでも――
「ふ、ふふふ。か、感動の場面のところ悪いんだけど、さー。ち、ちょっと……やばくね?」
すっかり忘れていたが、日狭女が口を挟んでくる。
「ん?」
「こ、此処……崩れ始めてんですけど……」
「あっ」
見上げると、この屋敷が揺れている。天井から梁とか板とかが落ちてきている。
「だ、旦那が壊しながら……進んできたからねぇ……」
「俺のせいか!? だけどダンジョンがそんな程度で崩れたり……」
それで、俺は思い当たる。
ダンジョンが壊れるのはダンジョンコアの破壊だ。
いやしかし、俺はここまでの道を壊してきただけだぞ!?
「……父上殿」
玉藻が言ってくる。いや父上って俺の事? いやそんなことより。
「なんだよ!?」
「この狐、色んなものを喰らって力をつけてきた。さて、とはいえ野狐にすぎぬこやつが、何故この殺生石の迷宮の支配者として君臨出来たと思う?」
「……まさか」
「うむ。こやつ、迷宮の要を喰らい取り込んでおったようじゃ」
「……つまり、この狐をぶん殴ってやっつけた弾みで」
「壊れたようじゃな、要石」
……。
うそーん。
またかよ!?
『こいつまたやりやがった』
『何またキチクが壊したの?』
『何度目だキチク』
『ダンジョンクラッシャー……』
『ダンジョンスレイヤー……』
『ダンジョンブレイカー……』
『やりやがった! あの野郎やりやがった!』
『おのれキチクゥゥゥゥ! 貴様のせいで殺生石ダンジョンも破壊されてしまった!』
『まともに攻略されずに壊れるダンジョン……哀れ』
『人の心とかないんか?』
『被害総額いくらだこれ』
『wwwwwwwww』
『大草原』
『ダンジョン崩壊初めて見た』
『もう草しか生えねえ』
『マジ?』
コメントが盛大に流れる。つーかこの幻術配信ハッキングいつまで続いてんだ、術者である玉鋼もニセ玉藻も死んだんだからいい加減途切れて!
「と、とにかく逃げよう! 迷宮が崩れるよ!」
千百合が叫ぶ。
くそ、ここが岩手だったらマヨイガさんが緊急避難路伸ばしてくれるかもしれないが、栃木だと遠すぎる!
迷宮の入り口まで走るしかねえ!
「お……俺は悪くねええええええええ!!!」
俺は叫びながら、ただ走った。
背後には、幻術によるコメントで『wwwwwww』と大草原が流れまくっていた。
畜生。
狐なんて大っ嫌いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます