第6話 【中層】虫は苦手(あくまで個人の見解です)

 上層に出たモンスターは、河童、化け蛙、小豆洗い、水熊だった。


 みんな妖怪である。

 遠野のマヨイガがダンジョン化したのだし、やはり出るのも妖怪ばかりだった。

 そして例にもれず、対話不可能のやつらばかり。小豆洗いあたりはどうかな、と思ったが、『小豆洗おか、人取って喰おか♪』と歌いながら襲い掛かって来たので、殴り倒したら死んだ。


 水熊は頭の無い巨大な毛むくじゃらの妖怪だった。

 水中から飛び出して来て、口から水を吐きかけてくるのだ。

 俺はそれをかわしながら接近して、無い頭を掴んで地面に叩きつけた。それで死んだ。


「やはり普通の熊の方が強いですね。熊相手だと流石に勝てる気しないです」


『何を言ってるんだろうこの人』

『キチクシュウゴさんぱねぇ』

『いや普通に熊でも殺せるだろコイツ』

『この人マジでスキルとステータス無しの不適格者なん?』

『不適格者とはいったい』


「いや、実際に不適格者ですよ。探索者登録カード見ます?」


 俺は画面にカードを見せる。

 そこには、


【ダンジョンスキル:なし】

【ダンジョンステータス上昇値:0】

【ダンジョン探索者ランク:E……不適格者】


 という表示があった。


「ほら、ダンジョンの恩恵受けてないでしょう」


 俺は言う。

 悲しいけど事実なのだ。最初に見た時、ダンジョンに挑戦するのはやめようと思ったぐらいだったし。

 

 まあ結局、好奇心には勝てなかったわけだけど。男の子だし。

 モンスターも西洋の妖怪と考えると、いけるかなーと思ったのだ。


『確かに』

『ダンジョンに入ってるだけで上がるわけじゃないのか』

『そういえばレベル上がってないな』

『ダンジョンに入るだけじゃ上がらない?』

『不適格者がダンジョンに入れるだけでも凄いけどな』

『なんでそれで強いの? バグ?』

『キチクさんだからとしか』

『遠野人だからだろ』


「だから俺が強いんじゃなくて、うーん……相性の問題じゃないでしょうか。

 遠野の人ってずっと昔から妖怪と一緒に暮らしてたから、対処法わかってるっていうか」


『対処法(物理)』

『その理屈で言えば山育ちの人は猪や熊をワンパンで倒せる奴らばかりになるんだが』

『いやいや、いくらなんでもそれは……』

『遠野人なら可能では?』

『遠野とはいったい』

『薩摩よりやべえな遠野』


 コメントが加速していく。

 なんかどんどん遠野の風評被害が増している気がする。みんな誤解しているって。

 話を切り替えよう。


「お……ようやく中層への道ですね」


 下へと続く階段だ。そろそろ中層だろう。


「行こうか」

「うん」


 俺たちは階段を下りていく。




「! シュウゴ、何かいるよ!」


 千百合が叫んだ。


「ええ、いますね……」


 階段を降りて広がった部屋に、そいつらはいた。


 それは、蜂だった。ただし、光っている……いや、燃えている。

 手のひらサイズの、燃える巨大な蜂だった。


「あれは、赤蜂……!」


 千百合がその妖怪の名前を言う。


「石川県に伝わる妖怪で、雀蜂が化生した妖怪。夜に「龍灯」という赤い灯火のようなものが海上に現れるとされていて、それは怪火をまとった赤蜂の仕業であると伝わっている……」

「ああ、俺も聞いた事がある」


 そう、あれは駅前の酒屋でおっちゃんから聞いた話。


「酒に漬けると滋養強壮のいい薬になるらしい、赤蜂酒だっけ」


『また食うんかい』

『安定の遠野』

『常識どこ行った』

『蜂<俺狙われてる!?』

『赤蜂南無wwww』

『逃げて赤蜂』

『食われるぞ』


 コメント欄も盛り上がっているようだ。

 だが訂正しておきたい。


「食わないよ赤蜂は。そりゃ幼虫ならともかく成虫はね、毒あるし。あくまでも酒に漬ける感じだよ」


『やっぱ食うんじゃねーかwwwww』

『これダンジョングルメ配信?』

『遠野人の食に対する執念は異常』


「……まあここではやっつけるだけだけですけど。ダンジョンだと持って帰れないし」

「来るよ!」


 千百合が叫ぶ。赤蜂が十匹ほど群れを成して飛んでくる。


「木をつけて、赤蜂は火を使う、ダメージだけじゃなく幻惑の……」

「ふんっ!」


 部屋のふすまを一枚剥がして、大きく扇ぐ。


 それで赤蜂の火は消えた。


「幻惑の……ひ……」


 その風に煽られ叩きつけられ、べしゃっ、と赤蜂は壁の染みになった。


「…………」

「どうした?」


 千百合は黙っていた。


『は?????』

『何が起こったの?』

『今何やったの?』

『いまの何???』


 コメントも騒然としていた。


「いや、だから風で消したんですよ」


『は?』

『いやだからどうやって?』


「扇いで」


『いやいやいやいやいや』

『いやいやいやいやいや』

『あwwおwwwwいwwwでwwwww無理』

『日本語で』


 コメントがさらに加速する。


「何って言われても、普通にこうやって扇いだら消えるでしょう、火って。なあ千百合」

「……うん、そうだねー」

「ほら」


『わらしちゃん目がレイプ目』

『思考放棄したwww』

『お前らがおかしいんだよ!』

『遠野人に常識を求めてはいけない』

『ダンジョンってこんなんなんだ……』

『いやいやいやいや』

『さっきから否定ばかりされてるの草』

『赤蜂は妖怪の中でもかなり強い方だぞ』

『知ってる人出た』

『やべーのか』

『俺でも一人では倒せない。厄介すぎるからハンターで徒党組むし。この配信者何なのまだ若いよね?』

『マジで!?』


「ああ、屋外じゃ強敵だって酒屋のおっちゃん言ってましたね。でも屋内だったら逃げ場少ないし簡単ですよ」


 リスナーにプロのハンターさんも来ているらしい。なので俺はフォローした。こういうのは状況によって厄介さが変わるからな。


「今回は俺に有利な位置だっただけですしね」


『違うそうじゃない』

『そんな部屋の中なら飛んできた蜂をうちわであおげば殺せますよみたいな』

『無理だわ』

『スズメバチ駆除業者涙目』


 ……なんだろう、うーん。

 やっぱ都会の人間と田舎の人間の感覚って違うんだろうか。

 獣ならともかく虫なんて、確かに大量にいると厄介だけど十匹程度ならウザいなあ程度だと思うけど。

 虫嫌いな人ならともかく、冷静に対処すればどうとでもなる。毒だって一度目じゃ死なない事多いし。


 しかし……。


「あっ、また出たよー」


 千百合も声に覇気がない。どうしたんだろう。


 次に出てきたのは、ムカデだった。それも巨大な。太さが大人の胴回りくらいはある。


「……こっちは大百足か」


 大百足といえば有名な、長く生きたムカデが妖怪化したものだ。


『大百足!?』

『これは妖怪? モンスター?』

『どっちにしろやばい』

『妖怪なら伝説に出てくるレベル』


「確か妖怪の大百足伝説だと……もっとでかかったですね」

「大百足は大きいのになると龍神レベルの神話級だからねー。それに比べると小さいけどそれでも強いよ!」


 千百合が言う。

 だけど……。


「まあちっちゃいし、所詮虫だし」


 こういうのは頭を踏みつぶせば終わる雑魚だ。

 流石に山クラスの大百足だと無理だけど、この程度ならね。


「……」


 ぐしゃりと踏み潰す。


 千百合はそれを黙って見ていた。


『知ってた』

『知ってた』

『やっぱりな』

『もう何も驚かない』

『遠野人は人じゃないから』

『むしろこれくらいなら余裕』


「……なんでみんな納得してるのかな?」


 その後も中層の探索は続いた。


 中層は主に虫系の妖怪が多いようだった。


 虫ってあまり食用に向いてないんだよなあ。虫を食べる文化もある地域は結構あるけど、俺個人としてはあまり好きじゃない。正直苦手だ。


 ともあれ俺と千百合は進んでいく。


 いつの間にか同接は二万を超えていた。

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