第7話 【下層】鬼は遠野の山男より弱い

「めっちゃ増えてるよ、このどうせつ? っての」


 千百合が言ってくる。俺はスマホの画面をのぞき込んだ。

 どれどれ……うわ!?


「22000……!?」


 昨日の千百合がジャックした時より多い。

 これは……俺のダンジョン攻略が人を惹きつけていると見ていいのか。


「おお、凄いですね。みんな応援してくれてるんですか?」

「そうみたいだねー。あ、また増えた」

「……マジか」

「しかもどんどん増えるよ。このままじゃ今日中に30000超えちゃうんじゃないかなー」

「うーん……そうか、すごいな。

 昨日までチャンネル登録者数0、同時接続数最大6だったとは思えなくて、正直震えてます。みなさんのおかげで本当に……ありがたいです!」

「ボクのおかげだねー」

「それは本当にマジでそう。千百合が昨日の配信に出てくれなかったらずっと過疎のままだったと思う、ありがとう」


 俺は素直に礼を言う。

 千百合がいなかったらこうなっていたとは考えられなかった。


『それはマジでそう』

『つかなんで今まで無名だったの』

『こんなバケモノなのに』

『化け物だからじゃね?』

『CG動画と勘違いされてたに一票』

『フェイクと思われてたに↑の魂を賭けるぜ』

『いいだろうお前の母親の魂も賭けよう』

『実は合成』

『実際千百合ちゃんいなかったらヤバかったろ』

『俺もそう思う』


「いやいや、ほんとに皆さんのおかげですよ。

 それにしてもみんな俺の事褒めすぎじゃないですかね……」

『俺たちも命が惜しい』

『ステータス上昇無しでコレな御方を怒らせると俺ら死ぬ』

『食べないでください』

「ひどいですよっ!? 俺を何だと思ってるの!?」

『スーパー遠野人』

『妖怪より怖い遠野人』

『妖怪を食う遠野人』


「遠野をなんだと思ってるの!?……もういい、行きましょう」

「うん、そうだね」


 コメント欄は俺をいじり続けるのであった。


「あーもう。千百合、下層にはどのくらいでつく?」

「丁度今下層についたところだよ」


 千百合が言う。やっとか。

 随分降りて来たからな。


『早くね?』

『まだ一時間たってないwwww』

『マヨイガがダンジョンとしてどのくらいの規模か知らないけど早い』

『配信されてた光景から見るに中規模以上はあるとみるけど』

『早すぎだろ中規模ダンジョンだと上層突破で普通数時間はかかるぞ』

『RTAかよwwwww』


 どうやら配信は順調のようだ。リスナーたちは楽しんでくれてる。

 ここまで来た甲斐があった。

 しかし、下層まで来ると雰囲気も違ってくる。

 ダンジョンの光景は相変わらずの和風の室内だ。

 木張りの廊下、畳、襖。時折庭園のような場所もある。


 だが、明らかに空気が違う。


 妖気が濃いのだ。

 その証拠に、道中では見かけなかったものが現れるようになった。


「あれは……鬼、ですね」


 角を生やした赤い肌の巨漢の怪物がこちらを睨んでいた。

 丸太のような太い足が、畳を踏み破って歩いてくる。


『オーガキター!』

『オーガ! ファンタジーの定番!』

『ようやく知ってるモンスターが』

『いや鬼じゃないの?』

『どっち』


「あれは鬼だね。遠野にはいないタイプの奴だよ」


 千百合が解説する。確かに遠野で見た事の無いタイプだ。


「グォルゥアアアアアア!!」


 鬼が襲い掛かって来た。


「くっ!」


 俺はその鉄棒の一撃を、交差させた腕で受け止める。

 鬼の全体重と衝撃がかかり、俺の足も畳に沈む。


 ――思った通りだ。


 遠野に鬼はいないが、人間型の脅威なら普通に存在する。


 そいつらよりも――弱い。


「ふんッ!」


 俺は力任せにその棍棒を跳ね除けた。


「ゴァ!?」


 バランスを崩した所に、飛び膝蹴りを叩き込む。


「ゴボッ」


 鬼の顔面が大きく歪む。そして鬼は大きな音を立てて倒れる。


「さあ、かかってこいよ、鬼。

 鬼と戦えるって遠野じゃないから期待……」


 だが。


 鬼はそのまま立ち上がらなかった。

 ずぶずぶと畳に沈んでいく。


「……ん?」

「さっきので顔面潰れて即死みたいだね」

「……山男より弱いとは思ったけど、弱すぎないか」


 ちょっと拍子抜けだ。

 リスナーたちもがっかりしてるだろう……。


『いやいやいや』

『お前が強いだけだバケモノ』

『何言ってんのこいつ』

『いやいやいやいや』

『今ので普通の探索者なら死んでるからな?』

『これが遠野人』

『おかしい』


 コメントも騒然としている。


『山男って何、登山客?』

『ワンゲル部の人』


「違います。遠野物語によく出てきますが、山の民ですね。

 かつて朝廷に従わなかった先住民族、異民族。まつろわぬ民。その生き残りだと言われています。

 山の神であるとも、猿や熊の経立であるとも言われてますね」

「経立とは東北に伝わる妖怪で、歳を経た動物が知性を得た妖怪だね」


 千百合が説明する。


「まあ人間の山男にも強いのゴロゴロいますけどね。山で生きていくって大変だから。俺みたいな文明人だと難しいですし」


『お前で無理って何』

『文明人は鬼を蹴り殺したりしない』

『謝って! 文明に謝って!』

『山男とはいったい』

『人間じゃない説』

『いや、でも山男は確かに強いぞ』

『わかる』

『確かに強い』

『わかる』


「鍛えられてますしね、山で生きるマタギとか。知り合いのマタギの兄さんなんて、殺傷特化で狙った獲物全部殺してましたし。自分には生け捕りは出来ないから猟師の才能は無い……無能だ、といってました」


『?』

『?』

『?』

『?』

『???』


 コメントが混乱している。

 まああの人については俺だって何だあの人って思うしな。


「まあその人の事はまた今度の雑談配信ででも話しますよ。とりあえず今は先に進みましょう」


 俺は先に進む。


 それ以降も、鬼や大型の陸生の獣のようなタイプの妖怪が出てきたが倒していった。


 そして俺たちは――深層へとたどり着く。

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