第5話 【上層】河童は弱いし、食べられる

 地下、上層部分へと降りる階段を俺と千百合は降りていく。


 明かりはある。

 壁に行燈がかかっている。

 ダンジョンというが、石造りや洞窟ではなく、和風邸宅の様相だった。

 地面も石ではなく、木造りの床だ。


「さて、入っていきます。千百合は離れないでくれよ?」

「うん、わかった」


『気を付けて』

『慎重にな』

『何かあったらすぐ逃げるんだよ』

『うわ、雰囲気あるね』

『和風ダンジョン初めて見た』

『いますぐ引き返せ』

『今ならまだ間に合う』


「それはあれですね。押すなよ、絶対押すなよって言う」


『違う』

『違うよ?』

『フリじゃない』

『違う』

『違います』


 コメント欄の心がひとつになった。


「さて……撮影は千百合に任せますね。

 千百合が映らないけど、まあそこは我慢してください。モンスター出てないときは自撮りしていいし、俺が変わってもいいけど」


 ダンジョン配信のキモはモンスター退治だからな。

 現在、同接四千人。俺のダンジョン配信で初の大人数だ、気合いが入る。


「さて……」


 少し進むと、そこは池だった。

 室内にある池だ。部屋一面が池で、道は岩が水面にいくつか浮かんでいる。ここを進めという事なのだろう。


「数十年前のバラエティー番組でこういうのあったな……最近リバイバルの配信やってたっけ」


『懐かしい』

『知ってる』

『やったことないけど』

『わかる』

『これってクリアできるの?』


 とりあえず……あのアトラクションみたいに、岩が沈んでしまう罠は無いかどうか確認はしないとな。


 俺は石を投げてみる。


「……ここは平気か、次」


 そうして次々と当てる。石に当たった足場が揺れなければ、浮き岩ではないということだ。


「取り越し苦労だったか」


 ひとまず、全部に試したけど沈むような足場は無かった。


「じゃあ行きましょうか」

「うん」


 俺と千百合は水の上を渡る。

 すると……。


「! シュウゴ、来たよ!」


 水の中からモンスターが飛び出した。

 いや、あれは……妖怪だ。


 甲羅に包まれた身体、ひれのある手足、そして……頭についている皿。


「河童か」


 河童は俺に襲いかかってくる。


「気を付けて、あいつ遠野の河童とは違って、狂暴で――強いよ!」


 千百合が叫ぶ。

 飛び出したのは三匹だ。それらが襲い掛かってくる。


 だけど――


「河童に違いは無いだろ」


 なら簡単だ。

 俺は素早く、河童の頭部の皿を殴った。ほいほいほいっ、と一発ずつ。


 頭頂部の皿に亀裂が走り、砕ける。

 それで河童の動きは止まる。こりゃ死んだな。


『え?』

『ん?』

『は?』

『倒した?』

『一撃で??』


 コメントがざわつく。


「えー、河童ってのは弱点が皿なのは有名ですよね。

 河童の皿は神経が集中しているんで、そこを一撃で破壊したら、活締めみたいになって簡単に殺せるんです。

 こうやると肉も新鮮なままなんで、観光協会に持っていったら高値で買い取ってくれます。

 …あ、ダンジョンの中で獲った河童は無理なのか?

 ダンジョンのドロップ品は未成年だと換金できないし……ここで喰うぐらいか」


『いやそういう問題じゃない』

『あれで三発同時攻撃とか無理だろ』

『つか攻撃した?』

『おそろしく速い手刀。オレでなきゃ見逃しちゃうね』

『河童って食えるの???』

『そもそもモンスター食うな』

『お前もモンスターだよ』


 ……なんかさっきからコメント欄の様子が変だ。

 しかしちゃんと反応もらえるってのは……嬉しいな。


「河童は遠野ではあまり食べられて無かったけど、よそではちゃんと食材でしたよ。

 よくあるでしょ河童のミイラって。

 あれって河童の干物なんですよ。江戸時代以前によく作られていた保存食ですね。いい出汁とれます。遠野の河童は頭いいんでみんな食べないんですけどね」


『……は?』

『干物説初耳ですwwwww』

『その理屈はおかしい』

『ほーなんだそのオモシロ起源説は?』

『いやダシとらねえよ』

『食べません』

『俺たち何を見せられてるの?』


 ……おかしい。反応があるのは嬉しいけど思ってたのと違う。


「千百合はどう思う?」

「いや、なんで河童普通にワンパンで倒せるの……? おかしいよ!?」

「……あれ?」


『よかった千百合ちゃんこっち側』

『妖怪におかしい扱いされる男wwwww』

『ですよねー』

『せめて武器使って? なんで素手ワンパン?』

『【朗報】おかしいのは俺たちじゃなかった』


「……?」

「あのね、この河童のサイズ見てよ、ボクより大きいよ、キミと同じくらいあるよ?

 人間サイズの猛獣をね、弱点があるからってパンチ一発で殺すのっておかしいよね?」

「でも、そりゃあ相手が猛獣なら普通に無理だろうけど、妖怪だぞ? 河童だぞ?

 河童なら遠野の人間なら子供だってやっつけられるぞ」


 それが普通だ。所詮河童なんだし。ましてや、頭が回る奴じゃなく、ただ襲ってくるだけの知能ゼロの河童なんて小学生でもボコれるだろ。


『ちょっと待って何の話してんの?』

『【悲報】常識おいてけぼり』

『河童ってそんなに強いの?』

『遠野の人なら誰でも倒せるってマジ?』

『どういうこと?』

『遠野の人すごい』

『妖怪の天敵じゃん』

『遠野の人は人間じゃない、妖怪だ』


 コメントがさらに湧く。


 なんだろう、遠野が馬鹿にされている気がする。


「とにかく河童は弱いんだよ。だから俺がやってるのは当たり前の事で、全然おかしくない」

「……う、うん、そうだねー。河童は弱いもんねー」


『千百合ちゃん戻ってきて』

『目が死んでる』

『この男マジおかしいwwww』

『心配してたの返して』

『河童が弱かったとしても、それでも三体相手に素手で戦うのはおかしい』

『河童の皮は丈夫だし、刃物じゃないと中々ダメージ通らないよ普通は』

『↑経験者あらわる?』

『ちょっとまってなんで主意外にも河童倒した奴いんの? 俺がおかしいの?』

『ダンジョンにモンスター出るし今更……なのか?』


「はあ、ともかく進みますね。この河童は……捨てとくか。のんびり鍋してる流れでもないし、目的は攻略ですしね」


 もったいないが河童の死体を棄てる。

 河童の死体はそのまま池に沈んでいった。見えないが底の地面に吸い込まれるのだろう、他のダンジョンと同じように。


 そして俺たちは池を通過する。


 扉を開け、先に進んだ。

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