第36話 狂気の兄妹
「お前は……」
俺が何か言おうとした時だった。
「私の許可なくッッ! 喋るなァアアア!!」
政宗は激昂し、俺の腹に蹴りを入れる。
「うぐあっ!?」
俺は呻く。だが、そんな俺に政宗は怒鳴りつける。
「立場を弁えろ! お前は私のペットだろう? なら私が喋る許可を出してから喋れ! そんなことも分からんのかこの愚図がッ!」
政宗はまくし立てるように言う。ペットになった覚えなんてないぞ。
「貴様のせいで、貴様のせ貴様のせいでいで貴様のせいで私がどうなったと思っている! 薄汚い田舎のガキが!私がどれだけ苦労してあの地位を得たと思っている!? 私の、私のための、私による、私の為のダンジョンだったのに!」
「や、やめ……」
「貴様のせいだ! 全部、全部貴様が悪いんだ! クソッ! なんで私がこんな目に……私は悪くないのに!」
政宗は俺を蹴り続ける。俺はそれに耐えるしかない。
そんな俺の横で、少女は嬉しそうに言う。
「どうです菊池さん?私のお兄ちゃんはすごいでしょ?」
「……ああ、すごいな」
俺は絞り出すようにそう答えるしかなかった。
悪い意味ですごい。
「おい村雨ぇ……お前、勝手にしゃべるなって言っただろうがよおお!」
「はいっ!」
「このグズ! お前の頭ん中は空っぽか!? 誰が勝手にしゃべっていいっつったんだよおい! あ?」
政宗は振り向き、少女を殴り飛ばす。脈略なさすぎだろう。
少女は地面に倒れ、そしてうっとりと笑う。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……うふ、うふふふふふふふふふ」
「はあ、はあ、はあ……どいつもこいつも、本当に使えねえクズどもめ……水虎家の名が泣くぞクズが……」
政宗は吐き捨てるように言う。
……この兄妹はおかしい。狂ってやがる。
「……さて、ようやく本題に入れるな」
政宗は俺に向き直る。
「さて、まずは自己紹介から始めようか。水虎政宗だ。お前とは一度会ったことがあるな?お前の頭では覚えていないかもしれないが」
俺は無言でうなずく。
「まあそうだろうな。さて、私が今何をしているかわかるかな?」
「……未成年誘拐監禁暴行」
「会話をしろお! このバカガキがああ!」
俺の言葉にいきなりキレた。政宗は再び俺を蹴りあげる。
「いいか? 私は私は選ばれた人間なのだ! 水虎家次期当主であり、日本有数の資産家である水虎家の次期当主だぞ!? そんな私がこんな、こんなこんなこんなこんなこんな……こんな目にあっていい訳がないだろぉがあああ!! おい! なんでこうなった!?
貴様が! 貴様が貴様が貴様が貴様が貴様が私をコケにして、コケにしてコケにしてコケにしてコケにしてコケにしてくれたせいでぇえ!」
政宗は叫びながら、何度も何度も俺の腹を蹴り上げる。
「ゲホッ! オエッ……」
俺は胃液を吐き出す。その様子を、政宗は心底楽しそうに見ていた。そして言う。
「貴様にはこの私の怒りと憎しみが理解できるか? いや無理だろうな!だってそうだろ!? ああそうだとも! なんで私のような人間がこんな目にあうのか理解に苦しむよなあ!?ああそうだろうよ! でもなあ、それは全部貴様のせいだぞ? わかってるのか?」
俺は何も言い返せない。というか、今の政宗に何かを言えるわけがない。
何を言っても通じそうにない。
「あーもうほんっとに、お前のせいでなあ……私みたいな人間がさあ、こんな目にあってるんだよなあ!」
政宗は繰り返しそう叫ぶ。何度も何度も俺を蹴り続ける。しつこい。
それに飽きたのか、政宗は息をつき、そして言う。
「村雨え……そこのバッグ取ってこい」
「はいっ!お兄ちゃん!」
村雨と呼ばれた少女が、部屋の隅に置いてあったバッグを持ってきた。それを政宗は受け取ると、その中からあるものを取り出す。それは――
「さて菊池君……これな~んだ?」
「……」
ガラス瓶に入った、薄く光る液体だった。何なのか、俺は知らない。
十中八九、良いものではないだろう。
「はいブー! これはなぁ、ダンジョンで見つかった秘薬だ、すごいぞぉこれは。
なんと! 人間を強力なモンスターに変えてしまう薬だあ!!」
「なっ……!?」
「驚くよなあ! 私も驚いたんだ、これを見つけた時はな。こんな便利なものがあるなんて、ってな」
政宗は愉快そうに笑う。
「我々はこの秘薬の解析、量産に踏み切った。三年だ、三年だぞ! そうやって研究に研究を重ね、ついに試作品が完成した時……貴様だぁ! 貴様が現れて邪魔さえしなければ、私は今頃……今頃は……!」
政宗は再び俺を蹴り始める。何度も何度も、俺を蹴り続ける。
「いいか? 貴様のせいで、私は水虎家から追い出されたのだ! 私が、私がこの研究を成功させれば、自在に操れるモンスターの軍勢がで完成したァ! 愛玩用のモンスターもいくらでも量産出来た、そして私は水虎家のみならず、この国を支配出来た! モンスターの軍勢によるクーデターだ! なのに、なのになのになのになのにぃ!!」
政宗は叫ぶ。何度も何度も、俺を蹴り続ける。
「貴様のせいで全部台無しだ! 私は水虎家次期当主という地位を追われた、全てを失ったんだ!」
政宗は叫ぶ。何度も何度も、俺を蹴り続ける。
「いいか? 全て貴様のせいだ、全部! 全部!」
「あがっ……がっ……」
俺はもはやうめき声しかあげられない。そんな俺に、政宗は優しく語りかける。
「なあ菊池君……お前さぁ、強いんだろ? 強いよなぁ、あのボスモンスターを倒したんだからなあ。動画見たぜぇ、すごいなあ、そりゃ調子に乗るなあ。
だけど今、お前は私にいいようにされてる! なんでかわかるか?」
「……っ」
「それはお前が、ダンジョン探索者だからだよ!
ダンジョンはそこに潜る人間に力を与える。ステータスを与え、スキルを発現させる。
その力で、探索者たちは強くなりモンスターを倒す、そうだ、全てはダンジョンの力、ダンジョンの恩恵だ!
逆に言うとなぁ、お前らはダンジョンの外じゃぁ……ただの人間、ただのガキなんだよ」
政宗は俺の髪を掴み、頭を持ち上げる。
「わかるか? わかるよなぁ、どんなにイキがっててもお前は地上じゃ無力なガキだ、そして……この薬でモンスター化した者は、地上でも力を振るえる。
最高だろぉ?」
そうか。
それが完成していたら、モンスターが地上にあふれ出すと同じ。そして探索者たちは……地上ではなんの力もない。蹂躙されるだけだろう。
なるほど、完璧な計画だな。
「だ、だけど……それは潰えた、んだろ……?」
俺のその言葉に、政宗はぴたりと止まる。
「……ああそうだ。お前のせいだ。わかるよな、だから復讐だ。私は復讐するのだよ。
お前を殺して、そして研究成果を持って、私は返り咲く。なぁに安心しろ、実績さえあればいくらでもなんとでもなるのだ。
……村雨ぇ」
「はい、お兄ちゃん!」
村雨は政宗の傍に駆け寄る。
「わかっているな?」
「はい!」
そして彼女は政宗から小瓶を受け取り……
躊躇なく、飲み込んだ。
「ぐ、うっ……!」
村雨が苦しそうにうずくまる。
その全身が震え、そして脈動していく。
……モンスターに変身していく。
「村雨! いいぞぉ!!」
政宗が笑う。だが、村雨は反応しない。彼女はモンスターへと変身していく。
「う、ぐ、ウガアアッ!」
そこに立っていたのは……一体の獣だった。そのシルエットはまるで狼のようだが、しかしその姿はまるで怪獣のようだった。その牙は鋭く、爪もナイフのように尖っている。
「は、ははははは、成功だ、どうだ成功だァ! はは、ハハハハ!」
政宗が笑う。そして俺の髪を掴んで持ち上げる。
「どうだ菊池君……これが私の力だ! どうだぁ? この力を目の当たりにして何か言うことはないのか?」
そんなの決まっている。俺は――
「――それで?」
「あ?」
「……だから何だ」
そんな俺の言葉に、政宗は激怒する。
「何ィ!? 貴様ぁ……お前のせいでぇえ!」
政宗は俺を投げ飛ばす。俺は地面に叩きつけられる。
「私の! 私の計画が、研究が、全て水の泡だ!! 貴様のせいでええ!!」
政宗は再び俺を蹴り始める。何度も、何度も何度も何度も――そして言う。
「お前は死ぬんだよ! ここでなぁ!」
そんな時、村雨が口を開いた。その声は……もはや人間のものではなかった。
「お゛、お゛兄い゛ぢゃん……お゛兄い゛ぢゃんお゛兄い゛ぢゃんんん……」
「おお、村雨ぇ! さあ、やれ、このクソを私の目の前で引き裂いて、ボロ雑巾にしてやれえ!」
「お゛、あ゛お゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
村雨は、ゆっくりと俺に近づいてくる。そして――その爪を振り下ろす。
――政宗に向かって。
「――え?」
村雨の爪は、政宗の背中を切り裂いていた。
「あ、ああ……なんで、村雨ぇ……!! ぐ、あああっ!」
政宗は倒れ、そのまま転げまわる。
深手だが、死んではいないようだ。
「お、お ゙兄いぢゃん……お ゙兄いぢゃん……」
村雨はそんな政宗に近づいていく。そして――その爪を、政宗の首に突き立てようと振り下ろす。
「やめろおっ!」
流石に、これは見ていられない。
俺は拘束を引きちぎって、村雨の腕を受け止めた。
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