第37話 戻って来た河童たち
「な……っ!?」
その光景に驚愕したのは、政宗だった。
「な、なんだ、なんでお前ぇっ……!?」
それに応えず、俺は言う。
「……千百合、こいつの手当を。死なれたら寝覚めが悪い」
その言葉に、
「……わかったよ。ボクはほっといてもいいと思うんだけどなあ」
すうっ、と千百合が現れる。スマホを持って。
「……なっ!?」
その光景に、政宗は驚愕する。それはそうだろう。
そして彼女の持つスマホが意味する事。
それは。
「ま、まさか……」
「その通りだよ、まさか同じ手が普通に二度も通じるとはな。天丼かよ。ちょっとは懲りろっての。
――ああ、ずっと千百合が配信してたんだよ。
俺の頼れる相棒、カメラマンだからな」
俺のスマホは壊されたけど、千百合も自分用にスマホを持っている。
というか買わされた。
撮影に集中したいから欲しいと言われたのだ。
ローン効かなかったら大変だった。
『全部見てましたwwwww』
『ほらやっぱり演技だったwww』
『天丼かよ』
『マwサwムwネwwwwww』
『ちょっと同情する』
『通報済みです』
「な、ふ、ふざけるなあ! ……がはっ!」
政宗は激昂し、痛みにせき込む。
「お前はもう終わりだよ。大人しく黙って見てろ」
「ぐうあああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
村雨が吼える。
さて、どうするか……。
「ば、バカが! さっきの私の言葉を聞いていなかったのか!
お前はダンジョン探索者だ、そしてここはダンジョンではない地上!
お前には何の力も――」
政宗が笑いながら叫ぶ。
政宗は、それでも勝利を確信していた。
とりあえず俺は、村雨を殴り飛ばした。
「ぐぎゃんっ!」
巨狼と化した村雨は、殴られて吹っ飛び、壁を貫通して隣の部屋へと転がった。
「……えっ」
『知ってた』
『知ってた』
『知ってた』
『知ってた』
『知ってた』
『知ってた』
「な、何故だ! お前らはダンジョン内部でしか、スキルもステータスも……」
「勘違いしてるようだから言っとくけどさ」
俺は政宗に言う。あまり自慢できる事じゃないけれど――
「俺は、ダンジョンステータスもダンジョンスキルも無い、ダンジョン不適格者なんだ」
「……は?」
政宗が声を失う。
信じられないといった感じだ。しかし事実だ。
「遠野で生まれ、遠野で育ち、遠野の民として妖怪と共に生きてきた。だから俺は妖怪と、モンスターと戦える……それだけだよ」
俺は教わった。
妖怪には特性があり、そして弱点がある。それらを見抜き対処することで、人間でも十分に戦えると。
「ま、まさか……まさか貴様、いや、そんなはずはない、だが貴様……!」
政宗は叫ぶ。
信じられないものを見るように、恐怖を浮かべながら。
「ダンジョンに潜らずとも、素でその力だというのか!
だからステータスもスキルも無い……
最強の不適格者!」
そんなかっこいいものじゃないと思うけど。というか皮肉にしか聞こえん。
敵を知り己を知れば百戦危うからず、というそれだけの話なんだが……。
まあいい、こいつはほっといて、頭を切り替えよう。
さて、薬によってモンスター化した少女。
どう対処するか――
「……あかん」
そもそも俺、西洋のモンスターって専門外なんだよなあ。
「弱点わからん!」
『狼男の弱点?』
『そんなんわかんねえよ』
『確か、銀が弱点じゃなかったっけ』
『その話は有名』
『あと何があった?』
『トリカブトは人狼の変身を抑制するとか』
『ライ麦と羊の灰とヤドリギを混ぜたもの』
『そんなのねえだろ』
『うーん』
リスナーたちが考えてくれる。頼りになるな。
しかし銀とかライ麦と羊の灰とヤドリギを混ぜたものとかトリカブトとか、持ってないぞ。
だったら……俺の、今すべきことは。
「ぐるるるぅ……」
壁の向こうから出てくる、人狼村雨。
彼女を抑える事だ。
みんなが突破口を考え付くまで。
そう――俺は一人じゃない、東京にいた頃とは違うんだ!
「ぐるるぅ……がぁあっ!」
彼女は俺に飛びかかってきた。それをギリギリで躱し、拳を叩き込む。
「ぐっ……!」
しかし、やはり止まらない。ダメージは入っているはずだが、彼女が止まる気配は無い。
……さて、どうしたものかな?
殴り殺すわけにはいかない。人狼にされたとはいえ、彼女は人間だ。生きている命なんだ。
『薬の効果が切れるまで殴り続けるとか』
『人外相手に無理ゲーすぎるだろw』
『じゃあどうするんだよ、殺すしかないのか?』
『今調べたけど、本人の家の鍵を投げつけたら変身が解けるとか』
『なんだそれ』
『そんな都合のいい……』
「あったよ鍵!」
千百合が政宗のポケットから鍵を見つけて投げてくる。
これはなんとも……
『運が良すぎ吹いた』
『さすが幸運の女神www』
『座敷わらしパワーしゅごい』
『なんというwww』
「ああ、なんて――幸運!」
俺はその鍵を受け取り、そして――
「これで、勝てる!!」
鍵を握り込み、俺は思いっきりぶん殴った。
◇
それからの話をしよう。
家の鍵のパワーにより、彼女の人狼化は解除された。
……やはり伝承の力というものは凄いな。伝承に従って的確な対処をすれば、この通りに勝てるのだ。
元々、薬も試作品だったのだろう。もし薬が完成していたら、二度と人間に戻れなかったかもしれない。運が良かった。
水虎政宗と村雨の兄妹は、配信を見てそのまま駆けつけた警察によって逮捕された。リスナーが通報してくれていたらしい。
配信で位置はモロバレだったしな。
そしてまた警察や協会に俺は呼び出される事になり、面倒な話に付き合わされることとなった。めんどい。
結局、俺が解放されたのは二日後だった。
そしてしたくもない寄り道を終え、遠野に帰った俺は――カッパ淵にいた。
今日は土曜日だ。
天気もいい、日差しの暖かさが心地良い。
カッパ淵には、子供たちの声が響く。
「はーい、釣り竿だどー」
四代目カッパおじさんの水面ちゃんが子供たちに釣り竿を渡す。
糸の先端には、瑞々しいキュウリだ。
それが太陽の光をあび、輝いている。
「えーいっ!」
「おりゃあっ!」
「そーれ!」
子供たちはそれを川に投げ入れる。
知らない人が見たら何をしているんだと思うだろう。
しかし子供たちの目は真剣だ。キラキラと輝いた瞳で、川を見ている。
すると――。
ぐいっ!
糸が強く引かれる。
「かかったぞおっ!」
「負けるな引っ張れっ!」
子供たちが騒ぎ始める。そして一本の釣り竿にみんなで群がり、綱引きのように引っ張る。
「よいしょーっ!」
そうしてついに、釣り竿が引き上がる。
それは――大きな、そして赤い河童だった。
河童がキュウリを加え、釣り上げられた。
「やったーーっ!」
子供たちが騒ぐ。
その顔には、妖怪が現れたという恐怖ではない。
喜んでいる。
楽しんでいる。
心から、太陽のような笑顔を咲かせて。
それを見た水面ちゃんは手を叩いて笑う。
子供たちも笑う。
釣られている河童も笑っている。
それを見ている、千百合も、日狭女も、俺も笑顔がこぼれる。
――いい画だ。
懐かしいカッパ淵の光景。リスナーたちも盛り上がっている。
戻って来たんだ、遠野の河童たちが。
そしてそれは、これからも続いていくだろう。
――ああ、本当に。
「いい画だなあ……」
俺は、しみじみと呟いた。
遠野は、今日もいい天気だ。
どんどはれ。
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