第71話 二両目の黄泉戸喫

「さあ、次の車両だ」


 俺たちは扉をくぐる。


 最初は亡霊たちの現れる車両だった。

 次はゾンビやスケルトンの出る車両。

 そう来たら、次はいったいどんなアンデッドたちが――。


 そう思い扉をくぐると、そこは――


 レストランだった。


「……は?」


 間の抜けた声が出る。


 車両内には、テーブル付きの座席が並んでいる。

 そこには、死者たちが無言で食事をしていた。


「彼らはモンスターではありません。本来の、銀河鉄道の乗客ですね」


 カムパネルラが説明する。

 つまり、普通に死んで魂を運ばれる人たちということか。


「じゃあ、襲ってくることは……」

「ないと思いますよ」


 カムパネルラはそういうが……まあ、今までも座席に座ってただけの魂は何もしてこなかったし問題ないだろう。

 何もしてこなかったので気にしてなかったけど、そういやさっきぶん投げた座席に座ってたような気が……。


 いや、気のせいだろう。


「注意して進みましょう」


 そして俺たちは警戒しながら食堂車を進む。


 ……襲撃の気配は無い。


 車両を中頃まで進んだとき……。


「あ、あそこの席あいてるよ」


 藤見沢がまた変なことを言い出した。

 そして席に座る。


 いや、何やってんだよお前。


「おいおいお嬢、俺たちゃ絶賛RTA中だぞ」


 優斗さんはそう言って、席に座った。


 ……ん?


「……はっ、気が付いたら座ってた!?」


 優斗さんが驚いている。


「……まあ、順調には進んでいますし、少しなら休憩も必要でしょう」


 そういって満月さんも座る。

 ……ここは休憩の流れか。まあ、無理に反対する必要もないしな。


「カムパネルラ、今はどのあたりかわかるか?」

「車両というなら半ばを過ぎたあたり。路線というなら……過去から計算して、四割といったところでしょうか」


 なるほど。

 それならまあ、まだ余裕はあるか。


「あ、すみませんお姉さん、注文おねがいしまーす!」

 藤見沢が添乗員のお姉さんに声をかける。いやちょっと待て、さすがにそれはどうよ。

「えっとー……」


 メニューを見て注文を始める藤見沢。

 しかしそれを止めたのは、日狭女だった。


「や、やめといた方が……いい。し、死にたくないなら……」

「え? どういうこと、ひーちゃん」


 誰だよひーちゃんって。ああ日狭女のことか。


「ふ、ふふふ……ここは現世と常世を繋ぐ列車。そこで出される食事は、常世の……あの世のもの。

 そこかしこのテーブルから、死の気配がぷんぷんしてるよ。こ。これ食べたら一発で……」

「死ぬ? 毒ってこと?」

「い、いや。直接死ぬ、というより……死者の世界の者となって、戻れなくなる……」

黄泉戸喫ヨモツヘグイ、ってやつだね」


 千百合が言う。


「古くはイザナミがイザナギに対して、黄泉の食べ物を口にしたからもう戻れない、と言った記述。他にも世界各地にその話はあるよ。あの世のものを食べたらあの世から戻れないという話」

「ああ、ギリシヤ神話でもありますね」


 満月さんが言う。


「ペルセポネーの冥界下りにおいて、ペルセポネがハデスに死者の国の食べ物を少量食べさせられたために、一年のうち四ヶ月は冥界にいなければならなくなった話です」

「なるほど……じゃあここで食べるのは危険ってことか」


 俺の言葉に、カムパネルラが言う。


「なるほど……かつては私も食べたことはありますが死ぬことはなかった。

 おそらく私が幽体離脱したアストラル体であること、本来の銀河鉄道は実体でない幽世の存在であり肉体を持つ生きた人間が乗ることは無いことから、そういった食べたものが死ぬ黄泉戸喫は起きなかったのでしょうね」

「ダンジョン化の弊害ってこと? しかし残念だなー、おなかすいたのにー」


 藤見沢がテーブルに突っ伏す。


「ふ、ふふふ……わ、私は元々、冥界の住人だから、食べても……たぶん平気だけどね……ど、どれにしよっかな」

「あー、ひーちゃんズルいー!」


 笑いながらメニューを眺める日狭女と、文句を言う藤見沢。


「ま、だったら持ち込みすりゃあいいだけの話だよ」


 優斗さんはそう言い、空間に手を突っ込んだ。


 なんだ……?


「俺のダンジョンスキル、【アイテムボックス】だよ。いろんなものを収納できる。ダンジョン外では使えないのが微妙なとこだけどよ、武器や食糧なんか入れられて便利なんだ」

「なるほど、いつのまにか剣持ってたのってそれですか」

「おうよ」


 そして優斗さんはサンドイッチやペットボトル、ドーナツ、からあげなどを取り出し、テーブルに広げた。


「お嬢の言うとおり、腹が減っては戦ができねえってな」

「まったく、優斗は本当にマイペースなんですから……」


 満月さんがため息をつきながら、ドーナツに手を伸ばした。


「まあ、脳を働かせるのに糖分は必要ですけど」

「だろ?」


 そうやって笑う優斗さん。

 A級探索者って切り替え早いというか、余裕あるというか……そういうのすごいんだな。


「あ、これ私の手作りなんだよ。修君食べるでしょ、あーんしたげようか?」

「藤見沢。お前は俺を潰そうとしてるのか?」


 何度も言うがそんなシーン配信されたら俺まじで暗殺者差し向けられかねんからな。


「だって、優斗さんも満月さんも彼女いるしそーいうのだめじゃない。でも修君フリーだし」

「だからそういう事言うなよ、死ぬぞ俺が」

「? 友達ならそういうの普通でしょ」

「だったら女同士でやってくれ頼むから俺を巻き込むなよ!?」


 俺は叫んだ。マジで頼む。

 さっきからモニターの向こうから殺気がすごいんだよ。

 つかコメント見るのが怖い。

 見たら死ぬレベルの特級呪物(対象、俺のみ)になってそうだ。


「むー、いいもん。じゃあちーちゃん、はいあーん」


 藤見沢は千百合に向かってあーんする。


「え? ボク? まあいいけど……あ、あーん……」


 なんだろう。


 画面見なくてもコメントが盛り上がってるのがわかる。

 そうだよなお前らこういうの大好きだもんなまあ俺も嫌いではない。


 そんなこんなしていた時……。


「……オ……お客さま……」


 気づけば、青白い顔をした添乗員が立っていた。

 この女も死者だろう。


 まずいな、何かタブーでも冒してしまったか?


「ま、まさか持ち込み禁止かよ!?」


 優斗さんが言う。確かにそれはあり得る……。

 俺は拳に力を入れる。いざとなったらすぐに迎え打てるように……。


「……シ、食堂車でハ……お、お静カ……ニお願いしマす……他のお客様のご迷……惑にナ……リますノで……」


 見ると。


 他の客たちもじーっとこっちを見ていた。


 そして彼らが動く。


 指を口元に当てて、言った。


「しぃー……っ」


 ……。


「すみません」


 俺たちは素直に謝った。


 食堂ではお静かに。

 マナーは大切ですね、ええ。



 ◇


 食事と休憩を終えた俺たちは、食堂車を後にした。

 襲ってくるモンスターはいなかった。

 まあ俺たちに注意してきた添乗員さんがフロアボスといえばそうだったかもしれない。


 気を取り直して。


「SL銀河は元々四両編成だった。一両の大きさは変わっても数が変わってないなら、あと一両の客車と、そして先頭機関車……のこりエリアはふたつだと思う」


 俺は説明する。

 あくまでも、車両の数が変わらないなら、だ。

 だけど元々、最終車両だった食堂車がさっきの場所にあったし、入れ替わったりしてる以上……何が起きても不思議じゃない。


「行こう」


 そして俺たちは扉をくぐった。



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