第59話 変わりゆく本義
「それで? なんでこうなったんです?」
ダンジョン探索者協会の事務員である東雲西瓜さんが笑顔で言って来る。
うーん、どうでもいいけどこの部屋冷房効きすぎじゃない?
さっきから背筋がとても冷たい。零度くらいありそうだ。
「それで? なんでこうなったんです?」
そしてまた同じ質問。
俺は答える。
「いや、その……ちょっとダンジョン内で色々ありまして」
「それは知ってます」
ですよね。あのクソ狐が全国に無差別配信してましたもんね。
「だったらわかってくれますよね、俺は悪くないです!」
「ええそうですね? でもですね、ならせめて事前に相談してくれませんかねえ! 突撃する前に! 電話の一本くらいできますよね、ほう・れん・そう!」
東雲さんが俺の頭を掴んで締め上げる。痛い。
これは……東京のアイアンクローか! 遠野アイアンクローとはまた一味違っいたたたたたた!
「苦情が! 山のように! 来てるんですよ! 色んな所から!!」
「痛い痛い痛いですって! あっ、あだだだだだた! ギブアップ!」
「こっちが連絡しても電話切ってたし、本当にもう!」
「しっ、仕方ないじゃないですか、スマホの電源入れてたら通知で無茶苦茶うるさいし! ぜんぶあの狐のあだだだだだだだだだっっ!」
頭にヒビが入りそうだ。東雲さん、握力どんくらいあるんだよ!?
あの後。
なんとか殺生石ダンジョンを脱出したが、殺生石のあった場所は大きく陥没して山崩れのようなありさまになった。
そして殺生石ダンジョンそのものが崩れて消え果たため、遠野や各地に通じていた、殺生石の欠片の跡地へと続く異空間通路も消えていた。
その通路そのものが消えたため、日狭女でも道を開くことは出来なくなっていた。
かくして、俺たちは救助を待つしかなかったわけで。
そしてやってきたのが栃木のダンジョン探索者協会の人たち。
俺たちはそのまま保護され、そして……
東雲さんが菩薩のような笑顔で出迎えてくれた。
背後には般若か羅刹のような怒りのオーラが見えた。超怖い。偽玉藻の十五倍は迫力があった。
日狭女なんかはそれを見た瞬間に芸術的な土下座をしていた。私は悪くないです全部旦那がやりましたと言いながら。あの野郎。
とにかく、それで今に至るというわけだ。
「……はあ。反省しているのなら、もういいですけど」
東雲さんはそう言ってアイアンクローを解除する。俺の身体は床へと落ちる。
「ち、父上様っ、大丈夫ですかっ!?」
鈴珠が駆け寄ってくる。
「大丈夫、致命傷だ」
俺は言う。
「それがお望みですか?」
「いえ全然平気なかすり傷ですなんともありませんごめんなさい」
俺は平伏した。東雲さん怖い。
「……確かに、キチクさんは被害者ではありますよ?
でも、それと同じくらい、あなたにも責任があるんですからね?」
「はい……」
「……まあ、事情が事情なので、今回だけは大目に見ますけど……」
「ありがとうございます……!」
命拾いした。
「本当に、なんでダンジョンをこんな短期間で二つも壊しちゃうんですか貴方は。
幸いにも、殺生石ダンジョンは周囲に猛毒を吐いて封鎖させるほどの危険なダンジョンで、そこで狩りをする探索者がいないようなところだったからよかったですけど……これがもし、普通に調査団や国、民間の探索者が出入りしてるダンジョンだったら、賠償金が大変な事になってましたよ。億じゃすまない額でしたよ?」
「はい……」
「ダンジョンが消えた事で毒の噴出も止まったので、あの一帯はしばらくしたら人が住める場所になりますし、そういう意味ではお手柄でもあるんですよ?
だからそこらへんを加味し、今回はお咎めなしです。
だけどですね、あくまでも今回はそういった様々な条件を考慮した特例措置であってですね、キチクさんが貴重なダンジョンをひとつ破壊してしまった事実は変わりません。いいですか、仮にもし、ダンジョンコアを破壊せずに殺生石の毒を無毒化できたとしたらどうなったでしょう? 莫大な利潤が生まれ、土地は復活して人も戻り、那須塩原の温泉地はかつて以上の賑わいを取り戻して、その経済効果はとてつもないことになったでしょう。それを無駄にしてしまった事実はですね、そりゃあもう様々な方面から苦情や嫌味を言われたんですよ、なんでもっとしっかりとあの探索者を管理できなかったのか、情報の通達はどうなっている、ハッキング対策は出来ていなかったのか魔術呪術などのスキルによる情報攻撃を想定して然るべきだっただの、それはもう後から後からと……」
東雲さんの説教は続いた。本当に大変だったんだろう。
同情はするけど、しかしそんな事を俺達に言われても……。
「そんな事を俺達に言われても? 何ですか、言ってみてください?」
……!
思考が読めるのか? まずい……。
「何が不味いんです? 言ってみてください」
すごい怒られた。顔に出ていたらしい。
東雲さんの説教は、数時間にわたって続いた
◇
「あの人、初めて会ったけど滅茶苦茶怖かったね……」
千百合が言う。
ようやく説教から解放され、俺たちは休憩していた。
「……しかし、縮んだな」
俺は千百合を見て言う。
今の彼女は、五歳ぐらいの姿だった。
「まあ、力を使い過ぎた反動だね。ボクは瀬織津比咩様の分霊だけど、神としての分御霊じゃなく、座敷わらしとして勧請された存在だったし。
本義……本来の在り方から外れて力を使ったら、そりゃあ無理もたたっちゃうよ」
そう千百合が言う。彼女の背景を俺はよく知らないが、色々と入り組んでいるようだ。
「そ、そうだね……む、無理はよくないよね、うん」
「君は豫母都志許賣としての本義から結構外れてる気がするけど」
「ま、まあ私は……かわいいし、仕方ない」
相変わらず自己評価が凄いな。
「でも、鈴ちゃんが無事でよかった。正体には驚いたけど」
「……ああ」
鈴珠の正体は、玉藻前の転生体だった。
まあ、だから何だって話ではあるが。
「……ボクが居場所を鈴ちゃんに獲られた、って思ったのも……」
千百合が言う。
「今思えば、無意識に鈴ちゃんが妖力を使っていた……というよりも、あの子の本義に近いものだったのかも」
「というと?」
「妖狐玉藻、その前身と言われる殷王朝の
みんな、寵愛を誰かから奪い、その場を乱しているんだよ」
「……」
「だから、ボクも……居場所を奪われた。少なくともあの時のボクはそう感じた。そうじゃない、って気づかせてくれたのも、鈴ちゃん本人だったし、だから断言できるけど、あの子たちに――悪意はない」
かつて玉藻は言った。自分は元は瑞獣だった、だけどこうなったと。
自分ではどうしようもない、存在の在り方、それが妖怪の本義。
愛されたくて、愛と居場所を求め、その結果――破壊する。それがきっと……彼女の、金毛白面九尾狐玉藻前の
だから玉藻は鈴珠として、全ての記憶を消し去り新しく生きたかったのだろう。そうすることで少しでも、自分の本義に逆らえると信じ、願って。
……だけど、そんなのは。
「悲しすぎる、な」
「うん。だからこそ、ボクは彼女を、彼女たちを……鈴ちゃんと玉ちゃんを助けたい。あの子たちが本義のままに破滅していく運命なんて、見たくないよ」
「ああ、そうだな」
彼女たちは悪くない。
玉藻は確かに歴史的悪女だった過去があるかもしれないが、しかし――鈴珠は何も悪い事をしていない。
それを因果応報で破滅だなんてふざけた話だし、玉藻だって退治された時点でもう罪は帳消しでいいだろう。過去の事なんか知らん。
「だけど、どうやればいいんだろうな」
問題はそこだ。
いくら俺や千百合が運命に抗うぞと勇ましく言ったところで、何が変わるのか。
俺はただの学生だ。それもEランクのダンジョン不適格者。英雄でも何でもない。
「――でも、ヒントはあるよ。そこにいる日狭女ちゃん」
「……え? わ、私?」
急に話を振られて、日狭女が慌てる。
「豫母都志許賣、泉津日狭女。伊邪那美に仕える黄泉の民、死の世界の醜い女。その名、その設定と今の日狭女ちゃんって、なんか違うよね。本義からずれてる」
「それはそうだけど……そういやなんでだろうな」
「シュウゴの生配信で多くの人間に見られて、かわいいかわいいとおだてられて図に乗って、現世について来て、今は自分のチャンネルまで作って配信して収益化もして着飾ったり歌ったり踊ったりしてる。チャンネル登録者数30万だっけ?」
「初耳だぞそれ」
「……な、なんでバラすんだよぉ……!」
いや本当になにやってんだよお前。
人生エンジョイしてるのは別にいいけど。
「シュウゴ、わかんない? “人間たちが見ている”んだよ、日狭女ちゃんを」
「……あ」
そうか。
人の噂話、集合意識から都市伝説妖怪トンカラトンが生まれ、実際に徘徊し人を襲うように。
そして、座敷わらしだって、「姿を見たら家から出ていく兆しであり家は滅びる」と言われていたのが、「姿を見たら幸運が舞い込む」と逸話が変わってき、そういう妖怪になっていったように。
妖怪は――人の想いによって作られ、変わっていく存在だ。
日狭女も、配信を通じて人々に認識され、そして語られる事で、その本義に変化が生じた?
――もし、そうなら。
「配信を通じて。鈴ちゃんはきっと、多くの人に愛され受け入れられる狐になれれば……きっと彼女たちの本義は、運命は――変わる。
いや、変えられるよ」
そう千百合は言う。
それなら――
「俺がやってる事は、間違いじゃない。必要な、正しい事なんだな」
ダンジョン配信。
俺が夢と希望を与えられ、そして今度は与えれる立場になりたいと始めた配信活動――それは、無駄じゃなかった。
「うん。もっともっと頑張らないとね」
「そうだな。
……だけど、お前は頑張りすぎるなよ、千百合。
一歩間違えたら、消える所だったんだろお前」
俺の言葉に千百合は……静かに笑う。
「なんだ、バレてたのかぁ」
「ただ縮むだけのリスクなら、あんな土壇場まで隠すようなものじゃないだろうからな。
――神の力の発現。
あの猛毒を一瞬で消し去り、全身の腐食と火傷を一瞬で治すチートスキル、ただちっちゃくなる程度の反動しかないわけがない。
二度と、使うな」
「……うん」
千織は言う。
「ボクが消えたら、鈴ちゃん玉ちゃんが悲しむしね。あの子を親無しにはしたくないよ。
それに、あの力を使ってまた大きくなったら……リスナーたちが泣くし?」
「あいつらか……ネタで言ってるだけだろうけど」
そう思いたい。心底のロリコン揃いでありませんように。
しかし、なんというか……色々とやらなきゃいけない事、考えないといけない事が増えてきた気がする。
これがバズるって事かぁ……昔はあーバズりてえなあとしか思ってなかったけど、いざバズると本当に大変だよな。
だけど、色々と文句はあるが、後悔は無い。
今の俺は、大事なものがたくさん出来たから。
「父上様、母上様、姉上様ー!」
鈴珠が俺達を見つけて、駆け寄ってくる。
……まだ高校生だぞ俺。父親かよ。まあいいけど。
この後は、東京だ。そこで色々と残ってるやらないといけない事を終わらせて、俺たちは遠野へ戻る。
俺達の、家へ。
俺達には、帰る場所が――マヨイガダンジョンがあるのだから。
どんどはれ。
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