第60話 ダンジョンコアの欠片

 栃木県、那須塩原。

 夜。

 雨の中、かつて殺生石のあった山肌に、男たちはいた。


「……おい、あそこ」

「……ああ」


 彼らが目を向けた先にあったものは……巨大な穴だった。

 山崩れで陥没したそこになお、巨大な穴はあった。もっとも、その先に広がっていたダンジョンは無くなっているが……。


「……」


 彼らの中で、背の低い人物が前に出る。少年……いや少女だろうか?

 雨でよくわからないが、小柄な人物だ。

 彼は穴のところまで進み、そしてしゃがむ。


 手に取ったのは紙きれ……呪符だった。


「――急急如律令コマンド


 唱えた瞬間、彼の手にある呪符が青い炎に包まれ、そして――一人の男性が姿を現す。

 狐耳の神官服の男性。


 妖狐、玉鋼だ。


 玉鋼は、周囲を見渡し、それから――目の前にいる小さな人影を見て、恭しく跪く。


「……申し訳ありませんでした、主よ」


 玉鋼の謝罪に、彼は笑う。


「構わない。お前は全力で戦ったのだろう? ならば敗者を辱める事はしない」

「寛大なるご慈悲、痛み入ります」


 玉鋼は深く頭を下げる。


「……それで。例の物は」

「はっ。こちらに」


 玉鋼は立ち上がり、案内する。


 少し歩いたそこには……


「おお……」


 男たちが感嘆の声を上げる。

 そこにあったのは、ただの石に見えた。


 しかし違う。あきらかに強力な存在感を放つ、石の欠片。


「玉藻を騙りし野狐が喰らっていた、迷宮の要石――ダンジョンコアか」


 玉鋼の主が言う。


「その欠片にございます。あの小僧めが野狐を砕いた事で、手に入れることが出来ました。お納めくださいませ」


 玉鋼が偽玉藻に仕えていた理由が――これである。


 本来、玉鋼はあの偽玉藻の配下ではない。

 主――そしてその上の人間たちの目的のために近づいていたのだ。

 その目的は、かつて玉鋼が修吾に語ったこと、それは事実である。

 玉藻の復活――偽玉藻が玉藻の転生である鈴珠を喰らい取り込むことで、彼らに都合のよい金毛九尾玉藻前として仕立て上げる事。そして菊池修吾の抹殺。


 しかしそれとは別にもうひとつ――それは。


「殺生石の結晶――ダンジョンコア。手に入れた」


 それらが失敗した場合、ダンジョンコアの欠片を手に入れる事。

 発見され公のものとなったダンジョンは、破壊が難しい。

 ダンジョンは莫大な利益を産む――故に、破壊するのは馬鹿だとしか言いようがないからだ。百害あって一利なしである。


 しかし、完全な形でのダンジョンコアは、研究が難しい。


 なにしろ、移動させることが出来ない。

 そして、ダンジョンコアには定期的に、コアを守護するボスモンスターが現れる。それは他所から導かれるように訪れたり、あるいはダンジョンから生まれてきたりする。偽玉藻は前者だ。


 故に、ダンジョンコアは研究も活用も難しい。マスタースキルを持つダンジョンマスターがダンジョンを支配したなら別だが……この国に、真なる意味でのダンジョンマスターはまだどこにもいないのだ。


 かつて、水虎テクノロジーはひとつのダンジョンを手に入れたが、マスタースキルの持ち主がいなかったため、研究は難航していた。そして、そのダンジョンは破壊され、全ては無に帰した。


 同時に動いていた殺生石ダンジョンを利用した計画……この要であった玉藻の転生体が菊池修吾に確保された時、殺生石ダンジョンの計画も邪魔される可能性が浮上した。


 故に……そうなってしまった場合、確実にダンジョンコアの欠片を確保回収し、利用する。


 玉鋼の使命はそれであった。


「よくやった。殺生石ダンジョンは利用できなくなったが――所詮は毒に汚れた狐の巣、普通に利用した所で大した価値も無い。

 だがダンジョンコアは……異界よりもたらされた強力な力の結晶。利用価値は存分にある」


 そして、ダンジョンコアそのものを解析し活用できれば――その恩恵は計り知れないだろう。

 頭の固い上の連中は、ダンジョンはダンジョンとして活用してこそ意味がある、と言っていたが……実際にあの男に破壊されてしまった以上は、口を出せない。


 ただ、あの男、菊池修吾への怒りと恨みが増すだけだ。


「褒美をやらねばならんな」


 彼はそう言って玉鋼へと向き合う。


「はっ。叶うならば、あの男、菊池修吾を次こそは――」


 しかし、玉鋼の言葉はそれ以上……続かなかった。


「がッ……!」


 主の腕が、玉鋼に突き刺さる。そして突き抜けた指は、呪符を貫いていた。


「なっ、何……を……!」

「全力で戦い、敗れたのだろう? ならば次など期待できない。ああ、辱めはしない、貶めもしない。ただ、役に立たぬ道具は――処分するだけだ」

「ある、じィ……ッ!」

「ご苦労様……ただの狐よ」


 そして、妖狐玉鋼は……消滅した。


「よろしいので?」

「式神など、いくらでも代わりはいる」


 彼はそう言って薄く笑う。その瞳は、ダンジョンコアの欠片に吸い寄せられていた。

「ああ、感謝するよ菊池修吾。これで僕たちの研究は大きく飛躍する」


 彼は石を掲げて笑った。


 雷鳴が、轟いた。



 第三章 妖狐と殺生石ダンジョン 編

          ~完~


 第四章 飛頭蛮とSL銀河ダンジョン 編へ続く

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