第47話 ずるいきつね
「最近変な妖怪が出るって話だったんだよ。とにかく病院だね」
事情聴取の後、お巡りさんは言った。
さすが遠野人、話がわかる。東京じゃこうはいかなかった。
まあ銃突きつけられたけど、そこはいい。状況的に俺が悪いし。
「この子は妖怪なんで、遠野アニマルクリニックをお願いします」
「……狐かい、珍しいね。わかった手配する」
本当に理解が早くて助かる。
現場検証と救急車の手配はお巡りさんに任せ、千百合と鈴珠の所にいく。
「大丈夫か、二人とも」
「うん……ボクは。でも……」
千百合が答える。
鈴珠は、もう変化している力が無いのか、子狐の姿に戻っている。金色の体毛が血で染まり、痛々しい。
だけど……。
「えらいな、鈴珠は」
彼女は、千百合を守ったんだ。だったら褒めてやらないと。
俺は傷に触れないよう、負担をかけないよう鈴珠を撫でる。
「なんで……」
「ん?」
千百合が言う。
「なんでこの狐、ボクを助けたんだよ。ボクはこいつを追い出そうとしたのに。こいつもボクが邪魔だったでしょ、それでボクが出ていってようやく清々したはずだよ。
なのに、なんで……」
「……」
なんでって、そりゃあ。
そんなこと……
「……たすけ、たかった、から……です」
鈴珠が、目を開けて言った。
「……鈴珠、無理をするな」
「……ちゆ、りさま……おぼえて、ますか……?
わたしが、わたしたちが……しゅうごさまに、たすけてもらった、とき……」
鈴珠はとぎれとぎれに、しかしはっきりと喋っていく。
「わたし……ひどいめにあって、けがして……つめたいろうやのなかにいれられて、もうしぬ、んだって……そ、んなとき……」
◇
鈴珠は、気が付けば野にたった一匹で生きていた。
自分自身が妖狐であるという自覚、意識はある。
だが、はたして野の狐が妖怪化したのか、妖狐の親から生まれたのか、それとも人の思い……伝承や恐怖から発生したのか、その出自はわからなかった。
わからずともよい。
自分は生きているという認識。自分がどういう存在であるかという知識があれば、生きていくことに不都合はない。
妖狐は、人を騙し、化かして生きていくもの。
多少の罪悪感はあるが、別段人を殺し喰らって生きていくわけではない。そもそも自分にはそれだけの力もないのだ。
人を脅かし、おいていった食べ物を食べる。猟師の獲物を横から奪う。作物を盗む。生きるために、ただ必死だった。
しかしそういう生活が長く続くわけもなく――人間に捕まった。
そして水虎テクノロジーの手に渡り、売られることとなったのだ。
何度も逃げ出そうとして捕まった。
そして、自分はもう死ぬのだと半ば諦めた時――修吾たちがやってきたのだ。
そして、鈴珠は助かった。
しかし、傷は深く、解放されたはいいがやはり死ぬのだと思った。それでもいい。冷たい牢屋の中で朽ち果てたり、人間達の玩弄物として弄ばれて死ぬよりはよほど。
そう思った時――鈴珠を暖かいものが包む。
『はあ、知ってる? ボクって座敷わらしだから狐が大嫌いなんだよ。不倶戴天の敵だね』
水虎テクノロジー襲撃の同行していた少女のようだ。
その声は自分に対する文句ばかりだった。嫌っているのがわかる。
だけど――その声とは裏腹に、鈴珠を抱きかかえる手は柔らかく、温かかった。
『なんでボクがこんな毛玉の面倒見ないといけないわけ? そもそもボクは今は治癒能力も無いんだけど。
まったく、ドジ踏んで捕まって、ほんと迷惑な子だよ。
迷惑だから――』
体には包帯が巻かれている。いつのまにだろうか。巻かれることで傷口が痛むことは無かった。
心なしか、痛みも和らいでいる。
暖かい。
こんな感覚は知らない。知らないのに――とても暖かくて懐かしくて、涙が出る。
『とっとと治りなよ、ばかぎつね。死んだら埋めたりとか色々と面倒なんだから。だから――とっとと元気になりなよ』
目をあける。
そこには、とてもやさしく笑う少女の姿があった。
◇
「だから――わたしは、すずは……ほんとうにうれしくて。
おんをかえしたくて……でもそれが、がんばったのが……あなたを」
「もういい、もういいよ! もういいから喋らないで!」
千百合が言う。
「おいつめて、かなしませて――おいだして、ごめんな、さい……」
哀しいすれ違いという奴だ。
どちらも子供なのだ。妖怪であるとか、何年生きているとか関係なく――
だから間違える。だから失敗する。
俺だってそうだ。
二人がなにを想い、考え、悩んでいるかわからなかった、ただのバカだ。
それでも――
「ずるいよ、ばかぎつね。こんなことされたら、認めない訳にいかないじゃん。
ああもう、許すよ、許すから。ボクも出て行かないから。
だから――
死なないでよ、鈴珠」
「……おかあ、さん……」
鈴珠を抱きしめる千百合。鈴珠はかすかに、しかし確かにそういう。
母、と。
そうか、鈴珠は千百合に母親を見て、そして認めてほしくてがんばっていたわけか。
そしてその思いは――通じた。
「ふ、ふふふ、救急車、来たよ」
いつの間にか来ていた日狭女が言う。
「警察も、お前か」
「う、うん。呼んどいたよ、あ、あと人払いも……ね、うひひ」
「そうか。助かったよ」
「わ、私が出来るのは……そういうことぐらいだから」
日狭女はサポート役として実に有能だと思う。
「だ、大丈夫。死の……気配、少しずつ遠のいてる。きっと……助かるよ」
「そうか」
心配はしていない。
鈴珠には今、幸運の女神が、座敷わらしがついているのだから。
だから――きっと大丈夫。
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