第105話 神隠し

「何やってくれてんのお前ぇええ!?」

「あ痛たたたたたたたた!」


 マヨイガに戻った俺は、早速日狭女にドロップキックからの必殺遠野キャメルクラッチを仕掛けた。


「で、DV反対……!」

「何がDVだよ、配信してんじゃねえよ、何処の世界に極秘任務の潜入調査を生配信するバカがいるんだ!」

「……こ、ここに? ふひ……あいたたたたたたたた!」

「うるせえ! お前マジで次やったら殺すからな!? 黄泉平坂に着払いで送り返す!!」

「あ、ごめんなさい、もうしませんから許して下さい!」

「もうしませんって何度目だその台詞!」

「ひ、ひいいい、今度ばかりは! あっ死の気配が! イザナミのババアの笑顔が見える!」

「ち、父上様その辺で……」


 ギリギリと締め上げる俺に、おずおずと鈴珠が言って来る。相変わらず優しい子だ。


「……ったく」


 鈴珠もこういってる事だし、とりあえず日狭女を放す。


「……あー、後で怒られるんだろうな、俺。つーかネット見たくねえ」


 絶対また色々言われてるぞ。


「な、生配信うんぬんで文句言うなら……わ、私がアイドル雑談配信してる時に……乱入してプロレス技かけるとか……ひ、ひどくない? 家族乱入とか炎上案件……」

「うるせえ!」


 知った事ではない。


『なんだこの流れ』

『キチク兄さんちーっす』

『昨日の生配信見てましたwwwww』

『いやあ最高にホラーでしたね』

『歌ってる日狭女ちゃんもいいけどキチクにいじめられてる日狭女ちゃんも推せる』

『またダンジョン壊してましたねwwwww』

『次はどのダンジョン壊すんすかwwwwwwwww』

『誰だよこの男、もしかして彼氏バレ?』

『いや、日狭女ちゃんの兄貴みたいなもん。彼氏とかではないぞ安心しろ』

『日狭女ちゃんのヤラカシは仲間の君の責任だから⋯頑張れჱ̒˶ー̀֊ー́ )』


 俺の出現にコメントも盛り上がる。正直イラっとするがまあ彼らに罪は無いしな。ここは笑顔だ。


「えっと、乱入すみません。昨日のコイツの配信マジすんません。アレ、協会からの極秘任務だったのに……。

 とりあえず、昨日の配信中に騒いだり通報とかしたりせずにいてくれたみたいで、そこはありがとうございます」


 俺は頭を下げる。


 結局、速攻でスピード解決したというかしてしまったというかそういうアレだけど、こいつの配信であれが生中継で世に出てたなら、リスナーが何かすることでバレて全てが台無しになっていた可能性も高い。

 もしそうなっていたら、人命が失われていた可能性もある。

 静かに黙って見守っていてくれた事には、感謝しかない。


『お前いいやつやん』

『キチク兄さん、俺も生配信見てたよ~。面白かったから通報とかしなくてよかったわ』

『敵には同情したわwwwww』

『この兄貴、めっちゃいい人で草wwww』

『まあ流石にあの流れは見守る』

『ま、日狭女ちゃんのファンなんで。彼氏とかじゃないなら安心っす』

『いや、マジで昨日の配信で俺久しぶりに笑ったわ。久々に爆笑した』

『作り物って思ってた奴らもいた。古参ファンなら日狭女ちゃんガチ妖怪って知ってるからな……』

『あいつら死んだの?』


「ありがとうございます……ホントすみません」


 俺はもう一度頭を下げる。どうやらコメントを見る限りではかなり好意的に受け入れて貰えているようだが、まあともかく一応これは俺のチャンネルじゃなくて日狭女のチャンネルだ。俺は早々に退出すべきだろう。


「じゃあ、俺はこれで。配信楽しんでってください」


 そう言って俺は日狭女の部屋を後にした。


 ◇


「ふう……」

「お疲れ様、シュウゴ」


 今に戻って一息ついた俺を、千百合が茶を出して労ってくれる。


「ありがとう」


 俺はそれをありがたくいただく。


「あー、桑茶が美味い」


 飲んでいるのは遠野の大自然の空気と大地の恵みをその葉いっぱいに詰め込んだ、風味豊かな桑茶である。

 オシラサマの伝承もあり、養蚕が盛んな遠野では桑茶も名物なのだ。蚕の幼虫が主食にしている桑は栄養満点だ。


 そして茶菓子は遠野銘菓明がらすである。明がらすは米粉とごまとくるみを使ったお菓子であり、 お餅とらくがんの中間のような食感で、噛み締めるほどに素材の旨みが広がる風味豊かな逸品だ。


「うん、美味い」


 桑茶と明がらすはあっという間に俺の胃の中に収まった。


「さて……とりあえずひと心地ついたな」


 俺は立ち上がって伸びをする。


「それで、これからどうするの?」


 千百合が聞いて来る。


「なんかまた面倒ごとがやって来た、って顔してるよ」

「……お見通しか」

「まあね」


 千百合はどや顔をした。


「なんでも、神隠しがあったらしい。それで小鳥遊……クラスの友人が」

「その子が神隠しに?」

「いや、そいつが借金してる先輩の妹の彼氏だってさ」

「ふーん……で、その子を探すの」

「ああ、そういうことになった」


 小鳥遊は配信とてもいいぞ、と言ってたが……実際に配信のネタにするかどうかは、その先輩の妹とやらに会って話を聞いてからだ。

 プライベートな事だしな。


「明日、学校でその妹さんと会う約束にはなった」

「同じ学校なんだ?」

「ああ、一年だってさ」


 俺の活動も知ってるし、千百合たちのことも知っているらしい。なら話は早いか。


「しかし神隠しね……心当たりありすぎるんだよな、遠野だと」

「有名なのはサムトの婆の話かな」


 千百合が言う。

 サムトの婆。遠野物語の第八話に語られる逸話で、神隠しに遭った女性の話だ。


「黄昏に女や子供の家の外に出て居る者はよく神隠しにあふことは他の国々と同じ。

 松崎村の寒戸と云ふ所の民家にて、若き娘梨の樹の下に草履を脱ぎ置きたるまま行方を知らずなり、三十年あまり過ぎたりしに、或日親類知音の人々其家に寄り集まりてありし処へ、極めて老いさらぼひて其女帰り来れり。

 如何にして帰って来たかと問へば人々に逢ひたかりし故帰りしなり。

 さらば又行かんとて、再び跡を留めず行き失せたり。

 其日は風の烈しく吹く日なりき。されば遠野郷の人は、今でも風の騒がしい日には、けふはサムトの婆が帰つて来さうな日なりと云ふ」


 千百合が遠野物語の一節をそらんじる。


「悲しい話だよな……」


 俺は言う。

 三十年間姿をくらませて、やっと帰って来たと思えば、しかし決して家に入らず、去っていく。

 三十年の間に、彼女は異界のモノとなり果ててしまったのだろう。

 十代の娘が三十年後に「老婆」となって現れたというのも、時間のズレを伺わせるしな。


「他にも、七話で神隠しにあって山男の妻にされた娘の話、遠野物語拾遺の同じく山男の妻にされた女房の話が百九話、百十話。六角牛山の主の嫁になった話も百三十九話にあって、そこでは神隠しにあった娘の実家は裕福になった、というのだったね」

「遠野の神隠しって大体何かの嫁になってばっかだな……」


 幸せな結婚もあればひどいNTRまで多彩だけど。


「まあ、神隠しなんてそんなもんだよ」


 千百合が苦笑する。


「何らかの理由がどこかにある。山男だったり、天狗だったり、鬼だったり、幽世だったり、そして――」

「マヨイガだったり、か」

「そうだね。逆に言うと、本当にきれいさっぱり消えてしまう事は無い。たとえ隠された先で殺されてしまったとしても、それでも「隠されて」いるということは」

「探せば見つかる、見つけられるって事だからな」

「うん。だからこそ、神隠しが起きても、あまり悲観する必要はないのかも知れないね」

「ま、それはその通りだな」


 遠野では神隠しは昔からある話だ。

 軽く考えてはいけないが、さりとて絶望的だと悲観する事でもない。

 まあ、あくまでも遠野の感覚ではそういうことであって、他所では違うのかもしれないけど。


「とりあえず明日だな。小鳥遊の先輩の妹とやらに会ってみるか……」

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