第104話 捜索依頼

「またダンジョン壊したんですか……」


 俺の目の前で、ダンジョン探索者協会の東雲西瓜さんが額を抑えてため息をつく。


「弁明させてください。俺は悪くない」

「……わかってます」


 わかってくれた。流石だね。


「ええ、俺は悪くないですよ。そもそも今回は、協会からの依頼じゃないですか」


 そう、今回は協会からの依頼だった。

 探索者達が行方不明になり、そしてそのうち何人かは死体で発見される。

 協会の機関員の調査で、この『事故』は人為的なものであると判断された。行方不明になる探索者は一見共通点がなかったが、身寄りのない、あるいは家族関係や人間関係が希薄である者ばかりだった。

 足が付きにくいもの、行方不明になり死体が発見されても騒がれにくいものたち……そういう人たちが次々と消えていく。


 そして、犠牲者にはいわゆる『闇バイト』に応募した者もいた。

 闇バイトの募集要項に、「ダンジョン探索者に限る」と記載されていて、これが怪しいと睨んだ調査員たちはそこを調べ上げ、どうやらダンジョンを舞台としたデスゲームが開催されているということを突き止めたのだ。


 ダンジョンデスゲームの話は、都市伝説として噂には登っていた。しかし、実在したとはね。

 そして潜入調査と解決の依頼が協会から来たわけだ。

 今の俺は、優斗さんや満月さんと同じく、協会所属の探索者である。こういった仕事も来るのだ。


 そして俺は、仲間のうちから、外見だけだと人間と変わらないメンバーとして日狭女を選び、二人でその『闇バイト』に申し込み、潜入したわけだが……。

 あとの結果は見てのとおりである。


 そして俺は悪くない。


「ダンジョンコアに自爆装置つけてて自爆するなんてふつー考えませんて」

「まあ、それはそうです。その点については、想定ミスでした」


 特撮の悪の組織かよ。あやうく死ぬ所だった。


「ともかく、ダンジョンデスゲームは解決したんですからいいですよね?」

「まあ、そうですね。色々と言いたい事はありますが……」


 東雲ささんはため息をつく。

 まあ大変だろうな。この後の後処理。

 協会も、探索者やダンジョンの管理で手一杯なのだ。


「まあ、それはいいです。もう慣れたので」


 彼女は、諦めきった顔をする。

 大変だな。

 これから被害者への説明や、捕らえた連中への尋問などもしないといけないわけだしな。だがまあそれは俺には関係ないのだ。


「んじゃ、俺は遠野に戻りますね」

「ええ、お疲れ様でした」


 東雲さんに挨拶をして、俺は協会を後にした。



 ◇ 


 遠野駅に電車が停まる。俺は電車を出て、そのまま改札を出た。


「あ」


 と、そこで、見覚えのある顔に出会った。

 向こうも気がついたようだ。俺の前に立ちふさがる様にして向き合う。


「よぅ、キチクじゃねえか」

「小鳥遊……」


 そこに立っていたのは、クラスメートの小鳥遊悟だった。


「久しぶりだな……つっても三日ぶり程度か」


 そう言って、小鳥遊は俺を睨みつけ、笑う。


「見たぜ昨日の配信。またひでぇな」

「……ん?」


 配信?

 昨日は俺は配信はやってないが……いや、待て。


「それってもしかして……」

「ああ、日狭女ちゃんがこっそり配信してたぜ、ダンジョンデスゲーム突撃潜入配信」


 小鳥遊の笑い声に、俺は頭を抱えた。


「あンのアホ……」


 そもそもあれは秘密の潜入調査だ。配信してどーすんだよ。

 ああ、これ知られたら東雲さんまた怒るだろうな。俺は悪くないぞ。


「それはともかく、丁度よかった」

「ん?」


 小鳥遊がそう言って、俺を手招きする。


「実はな、おめぇに話があンだよ」

「話?何の?」

「それはまぁ……ここじゃなんだし、こっち来いよ」


 俺は小鳥遊に連れられて、駅前の観光案内センター、「旅の蔵・遠野」の中、併設してあるボードゲームカフェへと入る。


「それでな……話なんだが」


 小鳥遊はそう言って、口ごもり、黙り込む。


「なんだよ」


 俺がそう聞くと、意を決した様な顔をしてこちらを見た。


「なあ、俺達は遠野人だよな」

「そりゃそうだけど」


 何を当たり前の事を言っているんだ。


「遠野人は、妖怪で困ってる人を見たら手助けするよな」

「そりゃまあ、常識の範囲内でなら普通だろ」


 最近、よそではそうでもないらしいと知ったけど、俺たちは遠野の人間だ。

 妖怪は日常の隣にある。困っているのなら助ける。それが遠野人の生き方だ。南部隼人って奴だ。


「実はな、俺達の知り合いに困ってる人がいるんだ」

「ふむ」


 まあ、俺に協力しろというならやぶさかではない。


「でな、俺だけじゃどうにもできないから……手伝ってほしい」


 と、小鳥遊がそう言って、頭を下げた。

 普段から軽い調子のこいつが真剣に頼んでくる。何か事情があるんだろうな。


「……わかった。俺でよければ力になるよ」


 だから俺は、素直にそう言った。


「本当か?」


 俺の言葉に、小鳥遊が頭を上げる。そして嬉しそうな顔をした。


「ああ、俺に出来ることならな」

「……助かるぜ」


 心底ほっとしたように、小鳥遊が言う。よっぽど困ってるのかね?こいつにここまで言わせるとは……。


「実は俺、とある奴から金借りててよ……」

「じゃあな」


 俺は踵を返した。


「待てー! 最後まで話聞けよ、別にお前に建て替えてくれとかそういう話じゃねーから!」


 小鳥遊は俺の服を掴む。ええい。


「離せ!どうせサラ金かなんかに金借りて、その取り立てから逃げてるとかだろ!」

「違うわ! 高校生がサラ金に金借りれるわけねーだろ!」


 こいつなら借りそうだけどな。


「金借りてんのは先輩なんだけどさ。その先輩の妹に相談されたんだよ、お前を紹介して欲しいって。ダンジョン絡みで困ってるんだとよ」

「ダンジョン絡みで……?」

「ああ。だから頼むよ。先輩は俺の恩人なんだ……先輩の妹も俺にとって妹みたいな奴でさ。

 助けてやりたいんだ」


 小鳥遊がそう言って、頭を下げる。


「んー……」


 俺は腕を組んで考える。

 どうするか……。

 考えていると、小鳥遊は言った。


「その件、配信してもいいからさ」

「おい」


 何言ってんだこいつ。


「いやだって、配信者って配信の為なら親兄弟でもネタにするって言うだろ」

「しねーよ」


 俺を何だと思ってんだこいつ。ましてや友人の先輩の妹なんていう赤の他人を、その困りごとを配信のネタに使ったりしたらマジモンの鬼畜じゃねーか。


「いいや、するねお前は」

「怒るぞお前。他人の不幸をメシのネタにする趣味はねーよ」

「まあ聞けって」


 小鳥遊はそうやって笑う。話が変な方向に向かってきたな……。


「どう困ってるか、にもよるだろ?

 先輩の妹の彼氏が行方不明になってんだよ」

「彼氏?」


 そういう話か。ますます関係ねぇじゃん。というか……。


「行方不明なら、事件とか事故の可能性だってあるだろ」


 それなら、探偵とか警察なんかの方が専門だろ。わざわざ俺を頼るなよな……と言おうとして気づく。


「……ダンジョンで行方不明って事か?」

「ああ、それもただのダンジョンじゃねえ。お前にぴったりの案件なんだよ」


 小鳥遊はそう言って、にやっと笑った。


「遠野名物、神隠しだ」


 いやな名物だな。

 そりゃあ遠野にはそういう話は昔からたくさんあるが……。

 何が悲しくて、見知らぬ他人の彼氏を探さないといけねーんだ。

 いくらそれが妖怪がらみだとしても……。


「わかったよ」


 まあ、困ってる人がいると知ったなら、頼まれたなら、動かないわけにはいかないけど。

 あれだ、確かに神隠しにあった人を助けるってのは、配信のネタになる、視聴回数稼げそうだしな!


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