第六章 画魔蛙と供養絵額ダンジョン
第103話 ダンジョンデスゲーム開幕
『君たちには、このダンジョンをクリアしてもらいます』
そうモニターに映し出された仮面の男が笑う。
今、この俺……菊池修吾がいる場所は石造りの部屋の中。ここもダンジョンの中だろう。
俺以外にも、何人もの探索者がここにいた。
中には有名人もいる。
配信で見た人もいた。
「おい、どういうことだよ!」
「ここはどこなんだ……」
「俺は儲け話があるって言われて……」
「いやあああ! 家に返して!」
「これは犯罪だぞっ」
探索者たちは、混乱していた。
ここに集められた目的が分からない。
そして、仮面の男が告げる。
『今いる場所はダンジョンの中です』
その言葉に、みんなが驚く。
「いや、そりゃわかるけどさ……」
一人が突っ込んだが、仮面の男は無視して続けた。
『皆さんがここにいる理由は様々でしょう。
闇バイトの募集に応募した者、友人に誘われた者、ダンジョンでさらわれてここに来た者、そして、とあるダンジョンをクリアした者。
様々な人がここにいる。』
仮面の男は俺たちを順に見ながら言う。
『皆さんにやってもらうことはただ一つ、このダンジョンのクリアです』
「いやさっきそれ聞いたっての」
誰かが言った。俺も同感である。
なんだろうな、このなんというか……下手くそっぷり。
配信だったらこれ全然人気とれないぞ。説明が説明になってないし、わかりきったことうだうだ言ってるし。
「ダンジョンクリアって……ここはそもそもどこなんだ!」
『ダンジョンです』
わかってるっての。
「何故ダンジョンをクリアさせようとするんだ!? まさか……ここはお前のダンジョンだとでもいうのか!?」
探索者の一人が質問する。うん、いい質問だ。聞きたい事ちゃんと聞かないと、この仮面の男はちゃんと答えそうにないしな。
まあ質問したから答えてくれると限らないけど。
『フフフ、その通りですよ。ここは我々の組織、【蒼後家蜘蛛】が隠し持つダンジョンのひとつ……』
普通に答えた。そして聞いてもいない組織名まで喋った。
いや本当にそんな組織があるのかどうかは別として。
「まさか……ダンジョンマスターなのか!? 【ダンジョンマスタースキル】を所持し、ダンジョンの初回単独踏破を果たしてダンジョンコアと契約し支配し、ダンジョンの機能全てを掌握した者……」
「ダンジョンの構造を操り、魔物も自在に産み出し、無限の富も手中にする……」
『ククク……いやそれは残念ながら違う』
「違うのかよ!」
違うらしい。ここは嘘でも「そうだ私がダンジョンマスターだ」とか言いそうなものだけど。
『ククク……我々は正直で誠実をモットーとしているのでね……』
正直で誠実な奴らが誘拐とかして探索者集めたりしないだろうに。
まあつまり、普通にダンジョンクリアして手に入れた連中ということか。水虎テクノロジーがやってたみたいに。
しかし、となると……ダンジョンに出没するモンスターを支配しコントロールしているわけではないのだろう。
テイミングスキルがあったとしても、モンスターの個体を制御できるだけだからな。
そしてここがダンジョンってことは……ふむ、ちょっとやばいのでは。
「じゃあ、ここにもそのうちモンスターが……」
「ああ……沸いて出てくるってことか!」
探索者達が周囲を見渡す。今の所、ここにはモンスターの気配は無いが……安全地帯というわけではないのだろう。
『ククク……そういうことです。くだらぬ質問で時間を費やすと危険がピンチですよ、ククク……』
仮面の男は愉快そうに笑う。
『さて、君たち探索者にはこのダンジョンをクリアしてもらいます』
三度目だ。
『目的は簡単な事……君たち探索者がこのダンジョンを探索し、その過程で散らしていく命の輝きを……我々は見たいのです』
ようするに、殺戮ショー配信って事か。この部屋にもカメラが仕掛けられているしな。
大方、趣味の悪い金持ちたちに向けての配信って事だろう。
『ククク……このダンジョンはそれはもう素晴らしいものですよ。何せ、【蒼後家蜘蛛】の持つ最高傑作なのですから』
仮面の男は心底楽しそうに言う。
『君たちは今からダンジョンに潜り、魔物と戦い、探索者として成長していくのです……そして、素晴らしい命の輝きを私に見せてください』
さっきと同じようなこと言ってる。語彙少ないな。やっぱ下手くそだろこいつ。
一般向け配信チャンネルならものすごい勢いで同接減るぞ。俺がそんなかんじだったからわかる。もっとこうエンターテインメントってものをさあ……。
もういいや。
これ以上任せてても、有益な情報聞き出せそうにないし。
ここにいる探索者って、強い人もいるけど、どう見ても初心者もいるし……ゆっくりしてたら危ないだろうしな。
『ククク……命の輝き……人は絶望の中に叩き落されあがく時……真の命の輝きが輝く……君たち程度の命でも輝く時は実に眩しく、その輝きを観客たちは……』
輝き輝きうっせーな。キラキラ仮面と心の中で名づけよう。
そしてモニターの中のキラキラ仮面の後ろに、人影が見えた。
人影というか……手だ。
蒼白い手が、ひのふのみの……六つほど現れて、キラキラ仮面の肩をつつく。
『ちょっと今いい所だから。ククク……さて、ダンジョンを無事にクリアできた場合、君たちは家に帰る事が出来るでしょう。ああ安心してください、輝き足らず殺された時も、君たちは各地のダンジョンで名誉の……ああもうさっきからうるさいな、今盛り上がって』
キラキラ仮面が後ろを振りむいた。
そこには……。
『う、うわあああああっ!?』
大量の『手』があった。
それらが、キラキラ仮面を掴む。
『う、うわあ、な、なんだこれはあああっ!?』
『くひひ……あ、安心して……いい所につれて行ってあげるだけだからぁ……ね?』
そして、その青白い手の中心にいるのは一人の美少女。
俺の仲間の日狭女だ。
……ちっ、先を越されたか。まあ気持ちはわかるよ、あのキラキラ仮面なんかうざいもん。
『う……ああ、わっ、私はどこへ……連れていかれるんだ……?』
『くひひ……輝きなんかなぁんにもない……暗くて静かな所……だよ?』
『うわああああああああああああああ!!』
そして。
キラキラ仮面は無数の『手』に掴まれて、仮面を一つ残して、消えた。
「……」
それを見ていた探索者達は、いきなりの展開に声も出ない。まあそりゃそうだよな、あれホラーだもんどう見ても。
日狭女はまるでホラー映画の怪物だよ。これで普段はアイドル系配信者やってんだから世の中わかんねえよ。
そしてモニターの日狭女が、こちらをぐるりと振り向いた。
「ひいっ!」
探索者達が悲鳴を上げる。うん、わかる。このままモニターから出てきそうな雰囲気してっからな。
しかしホラー映画ならこのまま日狭女のドアップで終幕だろうけど、実際はそうじゃない。
いや、別にこれから日狭女が探索者達を呪い殺して回るとかそんな展開は断じて無いよ?
むしろ助けに来た側なんだし。
助け方がホラーの怪物以外の何物でもなくて、もうこの部屋の探索者のうち何人かはパニックになってるけど。
うん、俺は悪くない。俺は悪くないぞ。
『くそっ、なんだこの展開は!』
『このダンジョンにあんなモンスター出るなんて聞いた事ないぞ!』
『そもそも喋っているしモンスターなのか!?』
『かまわん、殺せ!』
そうモニターの向こうから声がする。そして黒服の男たちが、日狭女のいる場所に雪崩れ込んできた。
『くひひ』
日狭女が笑う。
日狭女に向かい、黒服たちが銃を構え、引き金を引き――そして、
『ぐわあああっ!』
銃が――暴発した。
「お、おい見たか!」
「ああ……」
探索者たちが言う。
「あの青白い手が、黒服たちの銃に……」
「ああ、指を銃口に突っ込んで……」
そして暴発した、というわけだ。
日狭女にしか出来ない芸当だな。というかあの『手』は本当に怖いよな、色んな意味で。
『みんなも……一緒に、いこ?』
そして、『手』が黒服たちの全身を掴む。
『う、うわあああっ!』
そして、モニターの向こうの黒服たちが消えた。文字通り、『手』によって引きずり込まれたのだ。
そこには、暴発した拳銃たちだけが残されていた……。
うん、やっぱ怖いわ。慣れてなきゃちびるわ。ていうか何人かこっちで失禁してる子いるんだけど。
「ひ、ひいいいいっ! こんなダンジョンに一秒だっていられるか! 俺は逃げさせてもらう!」
探索者の一人がそう言って、ドアに体当たりする。
その気持ちとてもわかる。もしこれが推理小説だったら、彼は次の犠牲者間違いなしの台詞だけど……幸運な事にこれは推理サスペンス物語ではない。
そしてドアが開く。キラキラ仮面の目的が俺達をダンジョン攻略させて楽しむ事なら、部屋に閉じ込める事が目的ではないわけだし、簡単にドアが開くのは自明の理だった。
だが……。
「……ひっ!」
ここは敵の巣の中である。
ただしくは、敵の巣の中『だった』。
元々ダンジョンにいたモンスターや、キラキラ仮面の組織……青苔雲だったか? それら所属の用心棒たち。
彼らが。
そう、彼らが。
ドアの外で。
「ひ、ひいいい……っ!」
「いやだあ、行きたくない……っ!」
「連れて……いかないでくれえっ!」
「ああああ、やめてえええっ!」
……『手』によって、闇に吞まれて消えていく姿。
ドアを開けた探索者が、俺たちが見たのはそんな光景だった。
この世の地獄っつーか、あの世みてえなホラーな光景である。そう、推理サスペンスじゃなくて完全にホラーだよこれ。
「……ぴょう」
そんな変な声をあげて、ドアを開けた彼はその場で失神した。
どうすんだこれ。
そして次の瞬間、『手』が気絶した彼を掴んで、そのまま飲み込んで消していった。
……いや、俺はこれが日狭女の妖力妖術であり、彼女の「別次元へ繋げる」力で一時的に別次元へと隔離収納しているだけというのは知っている。
要するに優斗さんのスキル【アイテムボックス】に似たようなものだ。
だけど知らない人から見たらなんというか、死神か悪魔が地獄に引きずり込んで消し去っているようにしか見えないわけで。
「うわああああ!」
「やめ、やめてえええっ!」
「ひいいいっ!」
「いやああ! おかあさああんっ!」
この地獄絵図の絶叫と悲鳴、本当にどうすんだよ。
重ねて言うけどさ、俺は、俺たちは助けに来たんだよ?
「ふっ……人選間違ったかな」
幸運の座敷わらし千百合か、頼れるゴリラの石川さんあたりに頼めばよかったかな、一緒に来るの。
『く……くそっ、我々はもう駄目だ……』
ダンジョンに仕掛けられたスピーカーから音が聞こえる。
『わけがわからない。ひとつだけ言えることは、我々はもう終わりだ……みんな死んでしまった』
死んでません。
隔離されてるだけです。
『だがこの危険なイレギュラーモンスターを外に出すわけにはいかない……かくなる上は、このダンジョンを破壊し、全てを……闇に葬るしかない』
おいちょっとまて。
『こんな時のためにダンジョンコアに爆弾を仕掛けている……』
何がこんな時のためにだよ!?
『このボタンを押せば、全ては闇に葬られる』
葬るなよ! ていうか何のためにこんな放送してんだよ、悦に入ってトチ狂ってんじゃねえよ!? 何がしたいんだよお前ら!
『さらばだ……蒼後家蜘蛛に栄光あれえええっ!』
次の瞬間。
爆発音がして、そして……壁、天井、床に亀裂が走り始めた。
やりやがった!
あの野郎マジでやりやがったよ!
ダンジョンって貴重なんだろ、それをなんて事してくれちゃってんだよ!
畜生、言うぞ。言いたくないけど言うぞ!
「俺は悪くねえええええええええええっ!!!!!」
この日。
こうして、ひとつのダンジョンが崩壊した。
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