第106話 博物館の噂

 昼休み。


「おい、キチク。一年の女子がお前に話があるってよ」


 クラスメートの一人がそう言ってきた。

 うん、もう諦めたけどクラスの中でも俺の名はキチクになってる。もう諦めた。


「えっ、マジで!?」

「キチクに告白!?」

「嘘だろ!?」


 クラスがざわめく。そういう反応は当然だろう。だけど違うんだと俺は知ってる。

 小鳥遊の紹介である、小鳥遊の先輩の妹であり、彼氏持ちだ。

 だから告白とかそういうのはありえない。


「あの、違います! 私キチク先輩にそういう感情全く無いです、あり得ません!!」


 彼女はクラスの入り口で大声で言った。

 そうだよね、彼氏いるから当然だよね。変な誤解はとかないとね、当然だ。わかるよ。


 でもだったら、自分には彼氏いるからと言って欲しい。その言い方はちょっとひどくないかな。泣くぞ。

 ほら、クラスの連中が俺をかわいそうな奴を見る目で見てんじゃねえか。


「じゃあなんで……」

「罰ゲームの告白とか?」

「キチクに脅されてる……」

「なんてひどい……」

「流石キチク……」

「引くわ」


 ははははははははは、泣くぞマジで。


「いや違うから! 小鳥遊の奴に頼まれたんだよ、ダンジョン関連で困ってる後輩がいるから相談にのってくれって!

 ていうか小鳥遊、てめーニヤニヤ笑ってねーで説明しろよ!!」


 俺は叫んだ。


「いや、こういう場合は空気読んだ方がいいかなって」

「ぶっ転がすぞてめえ」


 それが頼みを受けた人間への態度か。


「じゃあそういう事で! よろしく頼んますわキチク先輩!」


 いや、よろしくじゃないよ。まあいいけど。

 俺は頭を抱えながら、教室の入り口へと向かった。



「えっと、その、すみません」


 その子は謝ってくる。うん、言葉は足りないけど素直な子なんだろう。言葉は足りないけどな。


「えっと、君、名前は?」

上月真白かみづきましろです」

「上月さんね。俺は……」

「キチク……ですよね」

「菊池です」


 そろそろガチで本名キチクって思われてんじゃねえの俺。遠野で一、二を争う多い苗字だぞ菊池は。


「えっ、でも悟くんが……本名がキチクだって」


 よし、あいつ今度殴ろう。


「……はあ。いいよキチクで。それはともかく、あのアホから一応話は聞いてるけど、改めて話を詳しく聞かせてくれよ」

「は、はい。それで……」


 上月さんは説明を始めた。


「えっと、私の友達が都市伝説が好きなんです。それで配信者もやってて……そんなに有名じゃないんですけど」


 ふむ、いきなり親近感湧いて来たぞ。

 いや確かに今の俺は有名配信者だけど、それでもちょっと前まで零細だったから気持ちはわかる。


「それでですね、友人たちは遠野博物館に行ったんです」

「遠野博物館……? あそこに面白そうな都市伝説ってあったっけ」


 ごく普通の博物館だった気がする。


「えっ」


 しかし俺の反応に、上月さんは変な反応をした。


「えっ?」

「いや、あのキチク先輩……だってあそこってヤバいじゃないですか」

「そう……だっけ?」

「だってあそこ、いろんな呪物や神像とかが普通に置いてあるじゃないですか」

「いやだって、そんなもんだろ?」

「いや、普通じゃないですって。どこの博物館に、大量のガチなオシラサマやオクナイサマを飾ってたりしてるようなのがあるんですか。

 あれ、大事に祀り続けないと祟るヤツじゃないですか」

「……あー」


 言われてみたらそうだっけ。


「そもそも博物館に展示される呪物とかって、だいたいレプリカで本物は倉庫に仕舞われてるじゃないですか。観覧客のためにもって」

「そういえばそうだな」


 呪物は不用意に一般人の目の届くところに置いておくと、呪われたり、魅入られたりすることがある。だから本物は隠しておく……と聞いた事は確かにある。

 でも遠野博物館は普通に展示してあるのだ。

 遠野物語拾遺93話に出てくる釜鳴神様など、本物をそのまま飾ってあるからな。


「とにかく、友人たちはその遠野博物館の、ある噂に注目したんです」

「ある噂……?」

「はい。遠野博物館には、幽霊が出る、と……」

「幽霊か。まあありがちっちゃありがちな話だな」


 幽霊なんてけっこうどこにでもいるもんだし。


「あそこって、博物館公式に幽霊が出るってあるんですよ」

「へえ……」


 なにそれ。初耳だけど。


「博物館の人が見て、それを博物館のプレートに記してるそうなんです」

「それはすげえな」


 普通、幽霊が出るなんてどれだけ好意的にみられたとしても、どうしてもマイナスになるだろう。なのに「うちは幽霊出るんですよ」と公式に言うとは……流石遠野だな。


「なので幽霊を撮ろう、となったんです」

「ほう」

「それで友人たちが夜の博物館に忍び込んで……」

「迷惑系じゃねえか」


 不法侵入は駄目だぞ。まあ水虎テクノロジーの所有ダンジョンに無許可突撃した俺が言うのもあれだけど。


「はい。それで友人たち、そのまま戻ってこなかったんです。

 それを聞いた健吾君……私の、その、男友達なんですけど」


 彼氏だな。

 素直に彼氏ですと言えないタイプの子か。なるほど。


「助けに行く、と言って……それっきり。最後に健吾君からの連絡が……『ダンジョンになってる』って……」


 そして神隠し、か。

 だからダンジョン関連でかつ妖怪関連だから俺にお鉢が回って来た、と。

 なるほど納得。


「わかった。つまり彼氏くんと」

「男友達です!」

「わかった。つまりその友達を助けてほしいって事だな。それは別にいいんだけど……」


 一応これは聞いておかないとな。

 小鳥遊のアホが言った事だ。


「それを配信に使っていいって、小鳥遊が言ってたけど……いいのか?

 お前の友人が何人もいるんだろ、そういうのって」

「あ、あの子たちも配信してるんで、有名人のキチク先輩の配信に出れたら喜ぶと思うんですよ!」

「……」


 なるほど。そういう事なら容赦なく好き勝手して構わなさそうだ。

 なんつーかしたたかだな。


「わかったよ。じゃあ、その恋人と」

「友達です」

「友達のみなさんをダンジョンから救出するのが、次の俺の配信のネタだな」


 それだけ言うとなんともひでえ、他人の不幸を食い物にしている迷惑系配信者みたいになってしまうが……頼まれたから仕方ないんだよ?

 やる事は人助けだし。


「はい、お願いしますキチク先輩。健吾君たちを……助けてください」

「わかった。絶対に……とは約束出来ないけど、最善を尽くすよ」


 俺は答える。


「さて……」


 そうと決まれば、情報収集しないとな。


 しかし、遠野市立博物館がダンジョンに、か……。

 そういう話は聞いた事ないが、新しく発生したダンジョンということだろうか。

 もしそうだったら……また面倒くさい話になりそうだ。

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