第76話 機関車両の少年

 扉をくぐると、機関車が見えた。

 風が強い。


「うわあ……飛んでる……息は出来るね」


 外は宇宙だ。星々が見える。

 そして目の前には石炭庫。ここを乗り越えたら機関室だ。おそらくそこにダンジョンコアがあるのだろう。


「さっさと乗り越えちまおうぜ」

「うん」


 俺たちは石炭庫に飛び乗った。長い石炭の道が続いている。


「……来たぞ」


 石炭の中から、あるいは石炭庫の横から、死者たちが這い出てくる。

 ゾンビ、白骨、亡霊……様々なタイプの大盤振る舞いだ。


「……数が多いね」

「まあ、ここまで来ればな」


 俺たちは武器を構える。


「いくぞ! ここを突破したらダンジョンコアだ!」

「おう!」


 そして俺達は進撃を開始した。


「おおおおおっ!!」


 優斗さんの斬撃がゾンビたちを切り裂き吹き飛ばす。

 満月さんは拳銃でスケルトンを粉砕する。


「せええいっ!」


 俺も亡霊を殴り飛ばす。


「よし、このまま突っ切るぞ!」

「おー!」


 俺達はさらに先へと進む。



 やがて、機関室の入口が見えてきた。


「あそこのようだな」

「行くぞ!」


 俺達は石炭庫から飛び降りる

 機関室には、石炭をくべる機関助士たちがシャベルてせ石炭を運んでいた。彼らも死者だろう。


 おそらくは……焚口戸の中、燃え盛る火室か、その奥に……ダンジョンコアがある。


「あそこ……でしょうね。ダンジョンコアの気配があります」

「わかるんですか、満月さん」

「ええ。ダンジョンコアは何度も見てますからね。壊したことはありませんが」


 悪かったっすね、破壊常習犯で。


「じゃ、今回は記念すべき初体験っすね」

「そうなりますね」


 そう言いながらも俺たちは警戒を解かず、進んでいく。

 そうしたら、機関助士の一人が前に出てきた。かなり小柄だ。


「ここは、立ち入り禁止です、お客様。客室にお戻りください」


 なんだこいつは。今までの亡者たちと比べてやたら流暢に喋るな。

 ……ダンジョンのモンスターなのか、それとも……元々の幽世の銀河鉄道の機関助士なのか、どちらだろうか。


「……あんたは?」

「見てわかりませんか、機関助士ですよ、この銀河鉄道の」


 機関助士は言う。

 どうやら会話はまともに成立するらしい。


「……じゃあ話は早い。この銀河鉄道は今、おかしくなっているんだ」

「と、いいますと?」

「現実にある機関車と合体してしまい、現世とあの世を繋ぐ道を作るダンジョンになってしまっている。それをどうにかしないと、本当に繋がってしまって大変な事になるんだ」


 俺のその言葉に、機関助士は……笑った。


「良い事ではありませんか」

「何……?」

「だってそうでしょう。死者ともう一度会いたい、それは生きている人が必ず思う、切なる願いです。それを叶えるのが、この新しい銀河鉄道。

 素晴らしい事です」

「……お前は」

「ああ、怖いですね。落ち着いてくださいよ、私たちは貴方たちと敵対する気なんて全くないんですから」

「だったらどいてくれよ」

「それは出来ません。これは私たちの願いでもある。

 生者が死者にもう一度でいいから会いたいと願うように、私達も願うんです。

 生きたい、と」

「――お前は」


 俺達は戦闘態勢に入る。


 こいつは……危険だ。


「……やれやれ、言ったでしょう。私達は戦うつもりはないと。あなたからも言ってやってくださいよ」


 機関助士は、帽子をとって言った。


「――ねえ、夕菜」

「――!」


 その顔は。


「……お……兄ちゃん」


 あの縊れ鬼が化けていた少年の顔だった。


「な……なんで、どういうことなの!?」

「どうも何も、見ての通りだよ、夕菜。

 僕は藤見沢夕也。お前の兄だよ、まごう事なくね。僕は銀河鉄道の機関助士としてここにいる。ずっと、終わらない労働さ。

 だけどようやく――チャンスが巡って来たんだ。

 そう、死者が現世に戻れるんだ」

「そん……な」

「お前は僕に会いたかったんだろう? 僕もそうさ。そして僕は現世に――家族や友達の所に、お前の所に戻りたい。

 ――協力してくれるよね?」


 藤見沢の兄――夕也はそう言って藤見沢に手を伸ばす。

 藤見沢は、呆然とそれを見ていた。


「さあ、夕菜。彼らを説得してくれ。僕は戦いたくないんだ」

「……」


 その問いに、その言葉に。


 藤見沢は――


「……違う」


 そう、小さく、しかしはっきりと……言った。


「何が違うんだい、夕菜。僕はお前の兄だ。あの時、お前のせいで死んだ藤見沢夕也だよ」

「違う。私のお兄ちゃんは……そんな事言わない」

「お前がそれを言うのか、夕菜。あの縊れ鬼の見せた夢で、僕はお前を責め立てた。それはほかならぬお前自身が、そう思っているからだよ。

 僕を見殺しにした。お前のせいで僕は死んだ。

 その罪の意識を、後悔を持っているお前が、僕を否定するのか?」

「……それでも、そんな事……言わない」

「やれやれ、お前は子供か、夕菜。もっと会話を成り立たせようよ。

 僕を見ろ、夕菜。

 僕は生きたいんだ、戻りたいんだよあの暖かい場所に。だから、手を貸してくれ」

「お兄ちゃんは! そんな事言わないッッ!」


 藤見沢は叫ぶ。夕也の言う通り、全く会話になっていない。会話をする気すら無いようだ。


 ――だけど、それでいい。


「そういうこった」


 優斗さんが言う。


「交渉は決裂のようですよ」


 満月さんが笑う。


「やれやれ。本当にどうしてお前たちはそうなんだ。血の気が多すぎる」


 そして夕也は指を鳴らす。


 次の瞬間――壁や地面から、無数の手が伸びてきた。


「なっ……!?」


 俺達はその手にがんじがらめにされる。


 壁を突き破って現れる無数の手、ホラーだと定番を通り越して陳腐な演出だが……実際に遭遇すると怖いなこれ!


「もうすぐなんだ。もうすぐ望みが叶う。もうすぐ僕たちは地上に、現世に出れる。

 ずっとずっとずっとずっと待っていた――悲願なんだよ。

 全てがひっくり返るんだ、鏡写しのように。それをずっと待っていた。

 だから邪魔するな」


 夕也はそう笑う。それは心底、ぞっとする凄惨な笑顔だった。


 こいつは――本当に藤見沢の兄なのか!?


「違う。あんたなんか、お兄ちゃんじゃない――!」


 藤見沢は言う。その言葉に、夕也はため息をついた。


「――そうか。所詮は生者と死者、決して分かり合えないか。

 そうだ、じゃあ分かり合えるようにしよう」


 夕也は藤見沢に近づく。その手には、刃物が握られていた。


「――同じ死者になれば、わかりあえるよね?」


 そして夕也が刃物を突き立てる――そう思った瞬間。


 藤見沢と夕也の間に割って入った人影。

 それは、その手首しかない手で、刃物を持った夕也の腕を掴んでいた。


 ――カムパネルラだ。


「な……に? 邪魔をしないでよ、幽世のお客様。これは僕たち兄妹の問題だ」

「いいや、違う」


 カムパネルラは言った。


「兄妹の問題というなら――お前の出る幕は無いだろう、鏡の虚像に過ぎないくせに」

「な――に?」


 そして夕也は、もう片方の腕で刃物を振るう。

 その一閃が、カムパネルラのペストマスクを切り裂いた。


 切り裂かれたマスクが落ちる。


 その下から現れたのは――。


「お……兄ちゃん?」


 そう。


 成長している大人の顔ではあったが――それは、藤見沢夕也だった。



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