第41話 最大の危機
『そういえば、こないだ水虎兄弟にハメられた時、なんで千百合ちゃん平常運転だったん?』
『それな。無言で壊れたスマホ拾って普通に撮影してついてったし』
『キチクが攫われたのを黙って撮影……人の心とかないんか?』
『でもキチクだぞ』
『目の前でキチクが殴り倒されたらお前らどうする? 俺はキチクの罠を疑う』
『自作自演とか』
『罠だな』
『巨大ガイコツや巨大ガッパに殴られてぴんぴんしてるキチクがガスでやられるなど』
「人を何だと思ってんですか。まああれには仕掛けというか裏があってですね」
俺は説明する。
「みんな俺のことなんて呼んでます?』
『キチク』
『キチク』
『キチク』
『キチク野郎』
『キチク』
『キチク』
『スーパー遠野人』
『キチク』
「……でもあのメッセージでは俺の事を「菊池さん」と言ってきたんですよ。あやしいなって」
東雲さんや水面ちゃんですら俺をキチク呼ばわりだ。
そんな中でリスナーが菊池さんって呼んできたなら逆に怪しいだろう。
『キチク……すっかり染まってしまって』
『もう俺たちのキチクは戻ってこない、ニューキチクだ』
『いや、ニューキチクも怪しい』
『ネオキチクデス』
コメント欄が面白おかしく賑わう。
まあみんなして俺をキチク呼ばわりするのはどうかと思うが……。
もう慣れた。
漢字で鬼畜と書かれるよりマシと思おう。
「んで、何か仕掛けてくるかも……? ってことで配信切ってる時に千百合に言ったんですよ、もし何かあったらあとは頼む、と。
んで、ガスが来たので気絶した振りしてました」
その間、千百合がしっかりと撮影し配信してくけていたわけだ。
頼れる相棒である。
「そんなボクに対してー、扱い雑だと思うんだけどー」
「お前はいい相棒だよ」
「相棒ぉー? ふふん、でしょー! やっぱりねー!」
千百合は嬉しそうに笑う。
『ちょろい』
『ちょろかわいい』
『ちょろ千百合』
『ちょゆり』
『あの、ちょっと気になったんだけど』
コメント欄で別のリスナーが疑問を投げかける。
『なんでガスのトラップってわかったん? キチクが気絶した振りしてのはわかったけど、よく知ってたね?』
「知りませんでしたよ」
『えっ』
『えっ』
『えっ』
『えっ』
「そもそもクロロホルムで気絶とか眠るって、漫画じゃないんですから」
なので相手の浅慮に乗っかって気絶した振りしただけだ。空気を読んだともいう。
「催涙ガスとかだったらまた別でしたけどね。
それに前に海女さんから教わった呼吸法もありますし」
遠野は海に面していないけど、釜石などから魚を仕入れている関係で漁師さんや海女さんとの交流もある。
『呼吸法?』
『どんな?』
『気功とか仙道ヨガのやつ?』
「簡単です。人間の吐く息って、酸素が16%から18%ほど含まれているんですよ。昔は俺も吐く息は二酸化炭素だけだと思ってたけど……もしそうなら人工呼吸で死にますからね。酸素なくて。
なので、口の中で自分の息を吸えば、しばらく持ちますから」
考えれば自明の理である。
おかしいことは何もない。
『またおかしいこと言い出した』
『小学生レベルの理論』
『それを実際にやるのがキチク』
『いやだからさあ……物理法則』
『まだ鬼退治のための呼吸のほうが説得力あるわ』
『その海女さん本当に人間? 妖怪じゃない?』
『エラ呼吸すればいいとか皮膚呼吸でいけると言わないだけまだまとも』
『キチクが呼吸してると聞くだけで笑ってしまう』
『鬼畜の呼吸、一の型』
「……まあ、海女さんとか漁師さんって結構ヒミツ多いって聞きますとね。……言って大丈夫だったかな、大丈夫でしょう。習った時とくに口止めされなかったし」
きっと大丈夫だろう。
言うなよとかこれはヒミツとか言われたあれやこれは言って無いし。
とにかく、そんな感じで配信は続いていった。
そして雑談トークが終わると、千百合の恒例のゲーム実況配信。
「さて、今日はス〇ブラやるよー」
『千百合ちゃん相変わらずかわいい』
『キチクがいらないパートはじまった』
『キチクはゲーム下手だからな……』
『いや千百合ちゃんにキチクがぼっこぼこにされてるの見ると、あいつも人間なんだ……って安心する』
『それな』
『キチクにも人の心があったか』
『人間らしさって素敵』
「やかましいわ」
俺は言う。悪かったですね、ゲーム下手で。
『まあ、キチクは置いといて』
『キチクのせいで忘れかけてたけど、千百合ちゃんのガチゲーマーっぷりがすごい』
『千百合ちゃんがキチクをボコるのは視聴者的にも正義』
『キチクもたまには反撃しろ』
『千百合ちゃんのガチプレイ見てるだけで楽しい』
「……俺がただ黙ってボコられてると思うなよ。
今日こそはリベンジしてやる! 見てろよリスナーたち!」
俺は宣言してコントローラーを握る。
そして。
惨敗した。
「ふん、相手になんないね♪」
「……ひたすらゲームばかりしてる座敷わらしに勝てるわけないんだよなあ、年季が違う」
俺は凹む。
その時だった。
「……」
狐がじっとゲームを見ている。
「お前もやりたいのか?」
狐がゲーム出来るのかわからないけど。
いや妖怪だしな。出来るだろう。
「ん? 毛玉程度がこのボクにゲームで挑もうっての?」
千百合が超上から目線で言ってくる。
いや千百合さん、狐相手にゲームで勝ち誇ろうってのがそもそもアレじゃないでしょうか。
「そうだね、これで勝負を……絶対的な格付けを決めるのもいいかもね! ボクが勝つ未来しか見えないけどさー!」
……。
千百合さんや、さすがにそれは……フラグ臭いよ?
嫌な予感がする。
「う、嘘だ……」
「こんっ」
千百合の敗北だった。
『すげえ』
『きつねちゃん強い』
『やっぱ妖怪だった』
『負けて凹んでる千百合ちゃんいいよね』
『尻目ならこの狐にだって勝てますが?』
『↑だからなんで尻目を推す』
コメントも騒いでいる。
だが次の瞬間、コメントをさらに賑わせる出来事が起きた。
「ん……?」
狐の身体が光り出したのだ。
「な、何だ!?」
「ちょっと待ってよ! まさかこれって……!」
狐はみるみると姿を変えていく。
「お、おい、お前……」
そして。
光が消えたとき。
そこにいたのは……。
『えっ』
『ん?』
『おおおお』
『うあああああああああああああ』
『!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!11111111111111111』
『キタ――――――――――!!!!!!!!』
『うそやん』
『まじか』
「……ふぅ……」
目の前にいるのは、一人の女の子。
「あ、やっと戻れました」
狐耳の金髪の少女だった。
……全裸の。
「……」
俺が思ったことはたったひとつ。
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