第40話 四面楚歌の座敷わらし
遠野アニマルクリニック。遠野市内のちょっと離れたところにある、小さな病院だ。
入院施設はないが、獣医師が常駐している。そして普通のペットだけでなく、妖怪も診てくれる病院なのだ。
ちなみに院長はかつて退魔師をやっていたらしい。
「きゅーん」
狐が診察室を怖がるので、キャリーケースに入れて連れてきた。
「ふむ、まあ、特に問題はないね。怪我は治っているし、感染症も問題ないよ」
白衣を着た丸眼鏡の男性――遠野アニマルクリニックの院長がそう診断した。
かつて退魔師をしていたというだけあって、白衣の上からでも、その肉体の屈強さが見て取れる。そして中々にイケメンだった。
「そうですか、良かったです」
まあ、健康なのは良かった。俺は狐の頭を撫でる。
「きゅーん」
狐は気持ちよさそうに目を細めた。
「うん、特に問題はなさそうだ。しかし、よく懐いているね」
「ええ、まあ……」
「その妖狐は君を気に入ったようだ。よほど気に入られたんだね」
院長は、そう言って笑う。
「エキノコックスもいないようだし、薬ももう必要ないね。後は」
「はい、ありがとうございます」
俺は頭を下げる。とりあえず、一安心だ。狐は怪我で弱っていたし、一応念のために獣医に診せたが、問題はなかった。
「きゅー」
狐が、甘えるように鳴いた。
「じゃあ、そろそろ……」
と、俺が狐に声をかけようとした時。
コンコン。診察室の扉がノックされる。そして、静かに扉が開かれた。
そこには――見知った人物が立っていた。
「やっほー院長さん。お菓子何かな……げ」
千百合が、気まずそうな顔をする。
そう、入ってきたのは千百合だった。
ハロウインの時の子供みたいな訪問をするんだな。普段からこんなことやっているのか。
「きゅー!」
すると、狐は俺にしがみついていたのをやめて、千百合に駆け寄り、そのまま駆け上がり――千百合の頭にしがみついた。
「うわわわわっ!?こ、こら! やめろ! 離せ!」
千百合が暴れる。しかし、狐は千百合にがっしりとしがみつき離れようとしない。
「あはは、随分懐かれているじゃないか」
院長は面白そうに笑う。
「ち、違うよ! これはボクに対する嫌がらせだっ!」
俺の目にもただ懐いているように見える。
「千百合。自分が相手を嫌いだからって、開いても自分を嫌ってくれるとは限らないと思うぞ」
「うるさいっ! シュウゴは狐に甘いんだよ! 遠野人のくせに!」
まあ、可愛いし。
千百合は唸るように叫ぶ。
「別に遠野だからって狐に冷たいわけじゃないけどもね。史跡には遠野物語に出てきた狐の逸話を石碑にした「狐の関所」もあるし、遠野にも稲荷神社は幾つもあって、狐も祀られているよ」
院長も補足する。
妖怪にいい奴と悪い奴がいるように、狐だって人と化かし合う悪い狐もいれば普通に神使として祀られている狐もいるのだ。
千百合はもっと情報をアップデートするべきだと思う。
リスナーのおかげでゲーム知識も最新のにアップグレードしつつあるんだし。
「遠野人のくせに裏切りもの~!」
「彼女はどうにもバイアスかかってるようだね」
「なんでこんなに嫌うんだろうな」
院長と俺は、苦笑する。
「きゅー」
狐は千百合の頭にしがみついたまま、どこか得意げな表情だ。
「くそぅ……ああ、もう!いい加減離れろって!」
「はいはい、病院で騒ぐのはやめような」
このままだと収集つかなくなりそうなので、俺は狐を掴んで千百合から離す。
しかし面白いな。
面白い、か……。
よし、次の配信はこれでいくか。
◇
「というわけで、座敷わらし千百合の、どうやったらマヨイガからあの狐を追い出せるか配信だよっ! みんなじゃんじゃん意見ちょうだいっ!」
「いきなり趣旨変わってるぞオイ」
「いいんだよっ! 人生は常にライブ感を重視したほうが面白いの!」
暴君かこいつは。
千百合と狐のじゃれ合いを雑談配信で流したら面白いのでは、と思ったのだが……。
「きゅー!」
「こ、こら! 狐、ボクの髪を噛むな!」
……思った以上に荒れている。
あ、噛まれた。千百合の髪がもしゃもしゃされている。
まあでも可愛いからいいか。
リスナーたちの反応は……。
『かわいい』
『尊い』
『そのままでいて』
『喧嘩するほど仲がいいって奴だな』
『もふもふは正義……』
『こないだ捕まってた尻目はどうなったん?』
『ただの子狐に見えるけどやっぱり妖怪?』
『妖狐ってやつか』
概ね好評のようだ。
「キミたちもか裏切者!」
『wwwwwwwwwwwwwwww』
『怒らないでwww』
『おれは千百合ちゃんは裏切っても自分の性癖だけは裏切らないよ』
『なんだ、ただの天使か』
『そうだな、ここは千百合ちゃんを応援しよう』
「うがー! キミたちぃ~!」
千百合は吠える。
その姿を見て、俺は苦笑する。実際には仲良しにしか見えないからな。
「まあ、みなさんのおかげで前回の件も無事に終わって、この子を含めた妖怪たちもみんな無事でした。
大半は元の場所に帰って、元気にやってますよ」
俺はリスナーたちに向かって言う。
「何体かはマヨイガダンジョンにいます。
普通に出たら探索者に攻撃される危険があるので、入り口に「この妖怪は攻撃しないでください」と注釈いれてます。
彼らを攻撃しようとしたらマヨイガが緊急措置として妨害するし、過度なようだとそのまま追い出す……って感じですね」
『マヨイガさんすげえな』
『いたせりつくせりで有能すぎる』
『スタッフとして雇ったか』
『尻目に会えるの?』
『↑なんでさっきからこの人尻目推しなの……怖』
『ますますもって色んな意味で妖怪屋敷に』
『ちゃんと仕事してるマヨイガさん偉い』
『俺は最初から、マヨイガさんを応援してたぞ!』
『やさしいダンジョンすぎる……世界初では?』
『いや、世界中探してもこれ以上のダンジョンはないだろ』
マヨイガさんが人気で俺も鼻が高い。
そうやって配信は続く。
「いやだからさあ、この狐を追い出す作戦を!」
『諦めろ』
『諦めて?』
『妖怪諦めが肝心だよ』
『尊いからセーフ』
『諦めましょう』
『尻目を配信に出してくれるならアイデアだすけど……』
『↑だからなんでお前は尻目推しなんだ』
「うが~!」
千百合は叫ぶのだった。
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