第三章 妖狐と殺生石ダンジョン

第39話 もふもふは強い

 チャンネル登録者数が、ついに100万人を突破した。


 ……夢じゃないよな、これ。

 先月まで、チャンネル登録者数4、同接最大数25のド零細だった俺が、今や有名配信者を名乗ってもいいレベルになった。


 全ては、故郷である岩手県は遠野市。


 そこに戻ってきてからだ。

 マヨイガに迷い込み、座敷わらしと出会い、ダンジョンと化したマヨイガを攻略し、暫定的の例外的ながらも、日本初のダンジョンマスターになった。

 そして、それをきっかけに、様々な人物と知り合い、今に至る。これが、たった一ヶ月の出来事なんて、誰が信じられるだろうか。


「おや、主様よ。帰っておったのか」


 俺が居間でしみじみとしていると、隣の部屋から声が聞こえる。


 座敷わらしの千百合だ。

 相変わらず、その愛らしい容姿とは裏腹に、老獪な言葉遣いをしている。


 ……まあ、こいつの素は元気でおっちょこちをいなボクっ娘であり、これは演技なのだが。初対面で正座で足を痺れさせて転倒した姿を俺は忘れてはいない。

 曰く、その方が座敷わらしらしいという事だ。


「おう、今帰ってきたところだ」

「ほう、それはちょうど良かった。実は主様に頼みがあるのじゃが」

「ん?なんだ?」


 千百合の頼み。


 なんだろう。

 わざわざ、こんな言葉遣いをして改まって、座敷わらしが言う事とは――

 とても重要な――



「あの狐追い出して」



 どうでもいいことだった。


「……」


 俺は無言で千百合を見る。

 千百合が声を荒げた。


「だって、アイツってボクがゲームしてたらさあ! ちょいちょい邪魔するんだよ! こないだなんてボス戦の前で!」


 千百合は思い出したかのように、ぷりぷりと怒りだした。

 素が出てるぞ。

 本当に老獪演技が続かない子だ。


「あー、うん」


 それはともかく、まあ確かにそれはいけないな。


「ふ、ふひひひ、でもそのおかげで、こ、コメントは……盛り上がってたけどね……」


 横から、黄泉の住人の泉津日狭女がフォローを入れてくる。


「それはそうだけども!」

「あはは、ま、まあ狐さんなりの応援なんじゃないかなあ、事実、視聴者伸びてるし……きひひひひ」


 そして、日狭女がまたフォローを入れた。

 日狭女はあっちの味方らしい。


「うう……あの駄狐がそんな殊勝なタマか! あれ絶対、ボクに喧嘩売ってるよ!」

「そ、それは考えすぎだって……ま、まあ、もう少し大人になろうよ、ね? きひひ」


 やれやれ。

 俺が二人の言い合いを見ていると、別の部屋の襖が開き、とことこと小さな狐が歩いてくる。


「きゅっ」


 そして、俺の膝に乗ると、ちょこんと座り、そのまま丸くなった。

 くんくん、と鼻を寄せてくる。

 うむ、かわいいもふもふだ。俺は狐を撫でる。


「ああ! シュウゴまで!」


 千百合は悲痛な叫びを上げるが、仕方ないだろう。もふもふには勝てぬ。

 この毛触りは……癖になる。


「きゅう~ん」


 狐は心地よさそうに、目を細めた。


「ぐぬぬぬぬぬぬ……!」

「き、狐さん、いいなあ……私と同じレベルでかわいいぞぉ……」


 千百合は歯ぎしりをし、日狭女は羨ましそうに言う。


「……きゅっ」


 狐は目を閉じて丸くなる。

 ……この狐は、この間の水虎テクノロジーとのいざこざの時、連中が捕らえていた妖怪の一体。


 妖狐である。


 捕らえられていた妖怪たちは大部分が元居た場所に帰ったが、マヨイガに居ついた者たちもいた。

 そのうちの一匹が、この子だ。

 怪我をしていて弱っていたので療養しているが、だいぶ元気になった。


「だいたいだね!」


 千百合が言う。


「なんで遠野人のキミが、狐なんか庇うんだよ!

 遠野にとって狐は害獣で邪魔者のはずだよ!」

「そう言われてもな……」


 古今東西、狐というものは人を化かすと嫌われていると同時に、神使だ神獣と言われ崇められてもいる。元々、野ネズミや野ウサギなどを狩って食べる狐は農家にとって益獣でもあるからだ。

 稲荷信仰と結びつき、その御使いとして狐が人気である土地は多い。


 しかし、遠野は違う。


 遠野物語でも、とにかく狐は人を化かし、死者の墓すら暴くという嫌われ者とされている。

 遠野人にとって、狐は化かし合う相手――不倶戴天の敵なのだ。


 といっても、まあ昔の話だと言えばそれまでである。


「遠野物語の座敷わらしの話でも、山口さんちから双子の座敷わらしが出て行ったのは、山口さんが欲をかいて稲荷を勧請したからとも言われてるんだよ!」


 あくまでも諸説、考察である。


家守やもりの神は二柱もいらない……って座敷わらしの双子が出ていったんじゃないか、だっけ」

「うん、そして狐は山口さんちを守れなかったわけだね! やーい無能、害獣! だから狐なんてこのマヨイガにおいちゃだめだよ!」


 随分と横暴で一方的な気がする。

 しかし、そういう観点もあるのか。


 じゃあ、本人に聞いてみるか。


「なあマヨイガ、この子を置いてて何か問題あるのか?」


 こん、こん。


 音ふたつ。いいえの意思表示だ。


「マヨイガは問題ないってさ」

「裏切者ぉ~~~!! このエキノコックスぅ~~~っ!!」


 千百合が叫びながら走って行った。


「夕飯までには帰ってこいよー」


 しかし、本当に狐嫌いなんだな。


「ふ、ふふふ、妖怪である妖狐にエキノコックス寄生してるかどうか……謎だけどね」

「寄生してたらエキノコックスのオバケだろうな」


 とりあえずそっち方面の心配は特にしていない。最初にしっかり虫下しを飲ませておいたし大丈夫だろう。


「まあ、一応また動物病院に連れていくか」


 遠野の動物病院なら、妖怪も診てくれるところはあるしな。


 だって遠野だし。

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