第86話 第三関門 鉄骨渓谷
配信は続く。
次の部屋は……。
「な、なんだここは」
扉を開けた探索者たちは驚く。配信を見ている俺も驚いた。
部屋の先は渓谷になっていたからだ。
「こんな場所があるなんて……」
「これは……凄いですねぇ……」
そう言いながらカメラが渓谷へと近づいていく。
下は見えないほど深い。
そして崖には、鉄骨が突き立っていた。その鉄骨は長くのび、向こう岸へと続いている。
『なんだあれ』
『鉄骨だ……』
『まさかこれ進むのか?』
コメント欄に困惑した声が流れる。
その通りだった。
「あれは何だ!」
探索者の一人が指をさす。
鉄骨のひとつの上に、ぼう、っと灯がともる。
それは人間の姿に変わる。巫女服を着た狐耳の少女だった。
彼女は鈴珠。妖狐だ。
「えっと、こんにちはです、みなさん。
ここは……ドキドキワクワク鉄骨渓谷、だそうです」
『!?』
『なんだそれ……』
『やはり鉄骨渡りか』
『落ちたら死にそう』
「えっと、落ちても死なないですよ。ただ滅茶苦茶怖いだけなのです。下は水なので安全だと思いますし、落ちても脱落者ルーム送りになるだけ、です」
コメントを見ながら鈴珠が答える。
「では、ルール説明をするのです」
『おお!』
『待ってました!』
『どんなルールなんだろう』
「まずスタート地点からこの橋を渡っていただきます。対岸までたどり着いたらゴールとなります。ただし途中で落ちてしまった場合は失格です。その場合はリタイアルームで待機してもらいます」
『なるほどね』
『結構きつそうだなあ』
『そして今までのパターンから言ってそれだけじゃない』
『絶対何かある』
俺もそう思う。
これまでの試練を考えれば何もないはずがない。
そんな時、まだ彼女が話終わっていない時に――一人の探索者が動いた。
「フォオオオオオオオオオオオ鈴珠ちゃあああああああン!!!」
駆けだしたのは確か――
「ああっ、あいつは!」
「【テイミング】スキルを駆使してもふもふの獣系モンスターを集めている……」
「『
「水無月ユミナ!!」
ダンジョンでも有名な変態だった。
彼女は鈴珠ちゃんに向かって走り出すとそのまま跳躍する。
鉄骨に降り、そのまま鈴珠ちゃんに向かって全力で疾走した。
「フォォオ! 鈴珠ちゃぁあんッ!! テイムしますよぉおおおおッッ!! テイムして私のものにしたらずっと可愛がってもふもふもふもふもふもふ――――」
狂気を孕んだ表情で叫び、全力疾走するユミナ。
しかし――
「あっ」
鈴珠ちゃんにその手が触れようとして、その手はすり抜けた。
手だけではない。
ユミナの体そのものがすり抜け――そして、落下していった。
「えっと、ここにいる私は幻術なんです。あと、言い忘れましたけど……鉄骨も途中から幻です。鉄骨にはそうやって、トラップがあるので注意してください」
しかしユミナにその声は届かない。
「鈴珠ちゃぁああああぁぁ~~~~~~~…………」
ぽちゃん。
遥か眼下の奈落の底に、水音が聞こえた。
「……おかしい奴を亡くした……」
探索者の誰かがそう言い、そして黙祷した。
『うわあ……』
『本当に大丈夫なのかこれ?』
『いや死ぬだろ』
『おかしい奴を亡くしました』
コメント欄には不安の声が溢れていたが、それでも探索者達は進むしかない。
それがダンジョン探索者なのだ。
「よし、いくぞ!」
「おう!」
こうして彼らは進み始めた。
一人、また一人と鉄骨を渡り始める。
最初は順調に進んでいた彼らだったが、しばらくしてトラブルが起きた。
鉄骨から手が生えて掴んで来たり、くすぐってきたり。
家鳴りというモンスター……妖怪が鉄骨を揺らしたり、上から鶴瓶落としが落ちてきたりと。
様々な妨害工作が始まったのだ。
「こいつらめぇえええええええええええええっ!」
「落ち着け! こんなもん大したことねえ!」
「うひひひ、ぎゃははははは!」
「畜生がァアアッ!!」
『がんばれー!』
『いけるいける』
『落ち着いて対処すれば問題ない』
『鉄骨渡りってこういうゲームなんだな』
だが彼らは負けなかった。数々の試練を潜りぬけて来た彼らの精神力は伊達ではなかった。
次々と襲い来る障害を乗り越え、ついに最初の一人が対岸へと辿り着いた。
「やったぜ!」
次々に後続の者たちも対岸へ辿り着く。
しかしそれでも何人もが奈落の底に消えていった。
「……」
探索者達の間に沈黙が流れる。
仲間たちは本当に生きているのか。
あの高さから落ちたのだ。
何より……ここは、ダンジョンだ。
ダンジョンは探索者を喰らう。それが常識だ。みのマヨイガダンジョンは違う……本当にそうなのか?
配信動画を視聴している俺も、不安に思ってしまう。
そんな時だった。
鈴珠ちゃんが言った。
「えっと、中継が繋がってますです。脱落者ルームに」
そして、空中に幻が浮かぶ。
そこには――
◇
「いっ痛えっ!」
探索者がまた一人、開いた扉から転がり落ちてくる。
これで何人目だろうか。
此処にいるのは……38人か。
それだけの探索者が脱落したんだな。
ちなみに俺は池で脱落した。
『おっ、生きてる』
『みんな無事じゃん』
『マッスルズたちもいる』
『死んでないかとヒヤヒヤしたよ』
『よかった』
『俺はキチクを信じてた』
脱落者ルームに設置してあるモニターには、配信画面のコメントも流れている。
このマヨイガダンジョン攻略を配信しているチャンネルは……五つか。意外と少ないな。
まあ、藤見沢夕菜が生配信しているのだから、大抵はそちらに視聴者は流れるだろうしな。
ともかくリスナーも俺たちの事を心配してくれていたらしい。
有難いが、早めの脱落が悔やまれてならないな。
「ひどい目にあった……まさか鈴珠ちゃんが幻覚だったなんて、ずるいよ!」
もふもふハンターが何か言っている。ここから見てたが、ありゃあ……。
「「「お前が悪い」」」
ここにいる皆が言った。
「なんでよっ!」
「そもそも推しに触るのは厳禁だぞ」
マッスルズの一人が言う。正論だ。
「私を誘惑したあのもふもふが悪いのよ。鈴珠ちゃんの狐モードはまじでやべーのよ?」
「知らん。毛よりも肉だ、筋肉だ」
そういう問題ではないと思う。
「でも確かに、ちょっと怖かったよね……」
「ああ。落ちていく時とかマジでこええ……」
「なんか、こう、風圧がすごいんだよな……」
「わかる。なんつーか、落ちる瞬間、全身にかかるGが半端ない」
「こう、ケツの穴がひゅんっとなる感覚……」
墜落して脱落した人たちが感想を言いあう。
「いや、足を掴まれて水の中に引きずり込まれるのも中々にキツかったぞ」
俺は言う。
あの感覚は――恐怖だ。
「あれは、死ぬかと思った……」
「水の中に沈んだ時はもうだめかと……」
「確かになあ……」
第二関門で脱落した探索者達も話し合う。
「鳴神さんなんか、水鉄砲で撃墜だぞ」
「――言うな」
鳴神さんが顔を赤くして言った。恥ずかしいらしい。
しかし責める人間、笑う人間はいなかった。あんなの予想できん。
「俺の事より、マッスル・マサシ達はどうだったんだ」
「ああ、俺達か」
マッスル・マサシが笑う。
「力尽きて坂から落ちた後、地面に落とし穴が開いてな。そしてここだよ」
「なるほど……」
そういう話をしていたら、一人の探索者が言う。
「……ちょっと、おかしいな」
「何がだ?」
「俺は今までも何度かマヨイガダンジョンの攻略に来たんだが、今までは罠にはまっても、スタートに戻されるだけで何度でも気力や体力が続く限り、あとマヨイガの営業時間が終わるまでは何度でも挑戦出来たんだ。
しかし、今回はこんな脱落者ルームに連れてられた。
こんなことは今までなかったが……」
「そうだったのか……」
「おい、あれを……見ろ!」
探索者の一人が指さしたのは、壁にかかってある額縁。
そこの文字が……
【誰かが攻略するか、全滅するまで出られない部屋】
そう描かれていた。
つまり……
「俺達は……出られないと言う事か」
なんということだ。
「俺達の運命は……残りの探索者達にかかっている」
頼んだぞ、みんな。
必ず、このダンジョンをクリアして……
こんな部屋に閉じ込められた俺達を嘲笑っているあのキチク野郎をギャフンと言わせてくれ。
◇
マヨイガダンジョン、第三の関門……脱落者、十一名。
残る探索者、六十一名。
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