第122話 襲来、ハムかっぱ(前編)
伝承苑。
遠野市の観光スポットのひとつであり、河童淵の近くにある観光施設。
遠野地方の農家のかつての生活様式を再現していて、伝承行事、昔話、民芸品の製作・実演などが体験できます。
園内には国の重要文化財に指定されている曲り家「菊池家住宅」、遠野物語の話者「佐々木喜善記念館」、千体のオシラサマを展示している「御蚕神堂」などがあります。
また売店や食堂も充実していて、特に遠野名物の桑茶やカッパ焼きなどは人気なんですよ。
そんな伝承苑ですが、最近ちょっと困ったことが起きています。
「またやられてるわ、
アルバイトの先輩である、
水面とは私の名前です。
「また……ですか」
私はため息をつく。
最近私達を悩ませている事件、それは……
「今度はあけがらすが全滅よ」
あけがらすとは遠野名物のお菓子の事だ。そう、最近いろんな食べ物が勝手に食べられているのです。
そして監視カメラを見ても犯人はいない。それはつまり……
「妖怪の仕業ね」
「ええ、妖怪ですね」
妖怪は基本的に、カメラや動画に映りません。中には自分たちの意思で映れる妖怪もいますけど。カッパ淵の河童さんたちとかはそうですね。
後の例外はダンジョン内部。あそこは妖怪たちも普通に動画や写真に写ります。
「全く、何の妖怪なのやら。タガメさんたちじゃなかったのよね?」
「はい、聞いてみたけど知らないそうです」
タガメさんとは、私の友達である、カッパ淵に住む河童たちのリーダーです。
「となると、外から入り込んでる妖怪か……あるいは伝承苑の中の何かが妖怪化したか……」
「いきなり備品とか家具が妖怪化……まあ遠野ならありえますね」
「そうね。だって遠野だし」
遠野なら仕方ない。
「しかしだったらどうするか……」
考え込む弥子先輩。
うーん……どうしよう。
「……ここは専門家に頼んだ方がいいかもね。水面ちゃん知り合いなんでしょう? 私も先日知り合ったけど、あの……鬼畜太郎って人」
「キチクさんです。本名菊池修吾ですね」
彼は最近一気に有名になったダンジョン配信者で、遠野の誇りと言われている人です。
別名として歩く遠野の風評被害とも言われているけど。
とても強い上に、妖怪がらみの事件を幾つも解決している凄い人です。カッパ淵から河童さんたちがき得た事件も見事に解決してくれましたし。
「そう、それ。私は親しくないけど、あなた親しいんでしょう。恋人でしたっけ」
その弥子さんの言葉に、私は一瞬で沸騰した。
「ち、ちちちち、違いますようっ! ま、まだそんなんじゃないですっ!」
まったくもって恐れ多いし、分不相応だ。
「そうなの? 水面ちゃん、彼のこと好きなんじゃないの?」
「そそそ、それは……その……。でででもまだそんな関係じゃないですよう」
「ふーん。まあ何でもいいわ、とにかく彼に相談してみましょうか」
「……はい、そうですね」
私は頷いた。確かにキチクさんに頼むのが一番だろう。
私達は、早速彼に会いに行くことにした。
◇
そして私たちはマヨイガの前にいた。
マヨイガ、それは遠野物語にも語られる、山間の幻の古民家だ。めったに人の前に姿を現さないその怪異は、今はダンジョンとなっていて遠野の各地にその入り口は開いている。
なお、マヨイガに行くにはマヨイガダンジョンをクリアしないといけない……けど、何度かキチクさんを手伝った私は、客人としてマヨイガに行くことが出来る。つまり一言で言うと顔パスって奴です。
遠野駅近くの観光協会にあるゲートからマヨイガへ。
そこはのどかな平野に立っている曲がり家だった。
「もしもーし、キチクさーん!」
私は家の玄関で呼びかける。
「はーい、菊池です」
そう言ってキチクさんが出てきた。
「と、誰かと思ったら水面ちゃんか。それと……えーと、前に会った……」
「小烏瀬弥子です、鬼畜太郎さん」
「菊池です、つか太郎ってどっから来たの」
「まあ、いいじゃないですか。それよりちょっとご相談が……」
そんな弥子先輩の挨拶にキチクさんは頷く。
「わかった。まあとりあえず上がってくれ」
「はい、おじゃまします」
そう言って私たちはマヨイガの中に入る。
マヨイガはそれそのものが一体の妖怪、いや、一柱の神様である。誰もいないのに人の住んでいるような、手入れの行き届いた大きな屋敷。
私たちは用意された居間で、いつの間にか出されていたお茶を頂く。
「それで相談ってなんだ? またぞろ変なダンジョンでも生えてきた?」
「いえ、ダンジョン関係って事じゃないんですけど……伝承苑で」
私は事情を説明する。
「ふむ……食べ物が勝手に食べられる、と。そして監視カメラに犯人の姿は映らない、か」
キチクさんは考え込む。
「はい、何か心当たりはないですか?」
「そうだな……まあ妖怪の仕業なんだろうけど」
「やっぱりそうですよね」
私は頷く。でもそうなると犯人は誰だ?
「うーん、しかし食べ物を勝手に食べるか。河童とかならわかるが……」
河童は悪戯好きの妖怪だ。しかし遠野の赤い河童さんたちはそんな悪さはしない。
悪さをしたら頭をカチ割られるからだ。遠野物語で彼らはしっかりと「わからされた」のでそんなことはもうしない、人間の友達なんです。
となると……
「外来種の河童たち、か?」
キチクさんが言う。
外来種。遠野の外に生息する河童たちで、主に知性の無い緑色の河童たちを差す。なお、知性のある緑の河童さんたちの事は、お客さんと呼んでいる。
「確かに……外の河童たちならあるかもですね」
遠野人の怖さを知らない河童や、動物並みの知性しかない河童ならありえるかもしれません。
「なんにせよ、現場を抑えない事にはな」
キチクさんが言う。
「でもどうやって? 監視カメラに映らないんですよ?」
弥子先輩が言う。確かにそうだ。
「伝承苑がダンジョンになれば話は早いんだけどな」
「それは……そうですけど別の意味で大変になりますよ」
確かにダンジョンならふしぎなちからで妖怪もカメラに映るけど、しかしそんなことになったら大変だ。伝承苑が魔物であふれてしまう。
遠野なら結構普通にありそうなことだけど。
「まあ、手はあるさ」
キチクさんは不敵に笑う。
「本当ですか?」
「ああ、ちょっと準備に時間はかかるがな」
そう言って彼は立ち上がる。何やら考えがあるようだ。
「じゃあ、水面ちゃん、小烏瀬さん。俺は準備するけど、待っててもらえるか? まあ夜までには仕上がると思うから」
「わかりました、よろしくお願いします」
そしてキチクさんは準備に出て行く。。
私達は夜まで、伝承苑で彼を待つこととなった。
しかし……今度はどんな方法で解決してくれるんだろう。
こんな事件が起きて伝承苑が困っていると言う時に不謹慎だけど、私はそれがちょっと楽しみだった。
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