第121話 ダンジョンクラッシャーの汚名返上

「……それが顛末です。

 遠野市立博物館の供養絵額ダンジョンに巣食っていた妖怪画魔蛙は討伐。ダンジョンはクリアされ、攻略者の権利は俺が得ることとなりました」


 俺は東雲西瓜さんに説明する。

 あの後俺たちはダンジョンを脱出し、囚われていた後輩の少女たちを解放した。


「今回は壊さなかったんですね」

「ええ」


 俺は全力の笑顔で答える。

 ダンジョンクラッシャーとか不名誉な呼び名もこれまでだバカヤロー。俺はやれば出来る子!


「しかし意思のあるダンジョンコアですか。また変わり種というか……」

「ですね」


 ダンジョンコアに意思も自我も無い、それが通例だ。

 まあ、あれはもともとダンジョンではなく、幽霊が宿った絵がダンジョン化したものだからな。そういうこともあるだろう。

 ダンジョンはいまだ、未知の領域である。


 なお久陽は、そのまま遠野市立博物館に住むという。まあ、彼女の住処がそもそもあの絵だからな。今までと変わりなし、ということだ。


「まあともあれ、これで供養絵額ダンジョンは一般公開ですかね。利益は遠野市とあなたで……」

「いや、それがですね」


 俺は言う。


「ひとつ問題があるんです」

「……今度は何をしたんですか」


 西瓜さんが睨んでくる。失敬な、俺は何もしてへんで。


「これを見てください」


 そして俺が取り出したのは、あのダンジョンで手に入れた、加牟波理入道がドロップした小判だ。


「小判ですね。これは高く売れるんじゃないですか」

「ええ、本物ならね」


 俺はそう言って、その小判を指ではじく。


「……!」


 その小判はすぐにぼろぼろになった。


「これは……もしかして、絵の具……ですか?」

「はい。絵の具、顔料で作られたものです。

 流石は絵のダンジョン、あの中から持ち出したものって全部絵の具だったんですよ」


 四人を閉じ込めていた「絵」も、持ち出したら額縁ごとボロッボロに崩れ、そして中から囚われた女の子たちが出てきた。


「そしてあのダンジョンに、登場人物はいてもモンスターいないんすよ。

 出てきた妖怪は全部、画魔蛙が描いた絵でした。画魔蛙が無力化された今、他のダンジョンみたいにモンスターは出てきません。

 魔物は出てこないからドロップ品も無し、絵から持ち出した中の物品は外だと単なる絵の具細工。

 経済的価値が……」

「うわ、ゼロじゃないですか」


 そう。あのダンジョン、他のダンジョンと比べて価値が皆無なのである。これでは探索者も来ないし、役立てるも糞も無い。


「結局のところ、よくある異界って感じですね。遠野にはよくあります」

「あるんですか」


 そりゃあるさ。元々マヨイガだってそうだし、遠野でなくとも田舎にはそういう異界が点在する。

 とりわけ、他の何かが住んでいるものを「浄土」と言うらしい。鶯浄土やねずみ浄土などといった昔話によくある。


 さしずめあれは、絵額浄土……とでもいう者だろうか。


「まあ、比較的安全な異界なんで、江戸時代再現アトラクションみたいな感じで入場料取って解放するぐらいっすかね」

「アトラクションって……。まあ、それが無難ですね」


 西瓜さんは頷いた。

 結局、そのくらいしか活用法はないだろう。あとは探索者が広い異界ってことを利用してのスキルの訓練とかも使えるかもしれないけど。


 ともあれ、今回は何の犠牲も被害も無く終結したのはとても良い事である。

 ダンジョンは壊れなかったし。

 ダンジョンは壊れなかったし!



 ◇


「今回の配信、がっかりだってみんな言ってっぞ」

「なんでだよ!?」


 学校にて。小鳥遊の言葉に俺はショックを受ける。


「そりゃダンジョン壊してねぇからだろ」

「クソが! 一度張られたレッテルは永久不変かよ! どいつもこいつも!」


 俺は叫んだ。世の中の理不尽に、ネット社会の理不尽に絶望した。必ずやこの理不尽を打ち砕かねばならぬと誓った。


「まあ、それはいいとして」

「よくねぇよ!」

「実際に感謝はしてるぜ。これで俺の借金もチャラだ」

「おい」

「先輩も感謝しててよ。これで八方丸く収まったってわけだ」

「てめーの独り勝ちかよクソったれ」

「まあそう言うなって。今度ジンギスカン驕るからよ」

「なら許す」


 ジンギスカンは全てに優先される。


「そういやさ、行方不明の後輩たち助けたわけだけどよ、それで仲良くなったコとか……いんのかよ?」


 小鳥遊がニヤニヤしながら聞いてくる。


「おう、一人いるぞ」

「マジか! 誰!?」

「それは……秘密だ」


 俺は、あの後輩の笑顔を思い出しながら、そう答えた。

 そんな時だった。


「おうキチク先輩、聞いたっスか! 土淵の方にダンジョン見つかったらしいっス! 一緒に攻めようぜ!」


 そう叫びながら教室に入ってきたのは、コワモテの一年生、佐々木健吾だった。


「まじか、健吾」

「マジっスよ、小さいダンジョンらしいけど遠野のダンジョンで俺らが他の奴らに先越されるワケにゃいかねー、早速放課後に行こうぜ!」


 健吾がそう息巻く。


「おう、いいぜ」


 俺は頷いた。


「おい待て、仲良くなった後輩の子って」

「おう、コイツだぞ」

「男じゃねーか!」

「誰も女とは言ってないだろ。まあなんつーか、懐かれちまってな」

「おうタカちゃんじゃねーか、何だよ俺が先輩のツレだったらなんか文句あんのかよ」


 健吾が話に割り込んで来る。


「いや、別にないけど。……まあ、頑張れよ、なんつーか割れ鍋に綴じ蓋って感じだな」

「おう、応援ありがとさん!」


 健吾はそう笑って答えた。


「じゃあなキチク先輩! また放課後に会おうぜ!」


 そう言って健吾は教室を出て行った。騒がしい奴である。


「相変わらずやかましー奴……」

「まあ、元気なのはいい事だよ。ダンジョン攻めるにゃそんくらいじゃないと」

「ふーん。俺みたいなクールで知的なシティボーイにゃ無理だな。ま、頑張れや」


 そう小鳥遊は興味なさげに言う。


「おう、お前もな」


 そんな小鳥遊に俺はそう返した。

 今回はこいつのせいで変な事になったが、まあ人助けだったのでそこは文句はない。


「しっかし、土淵にダンジョンか。……また忙しくなりそうだな」


 俺はそう呟いた。

 妖怪と伝説と民話の地、遠野。

 ほんの些細な何かのきっかけで、ただの妖怪、ただのありふれた怪異がダンジョンとなってしまう事もある。

 だからこそ、俺達探索者はダンジョンに潜り、そして配信を続けるのだ。


 どんどはれ。



 第六章 画魔蛙と供養絵額ダンジョン 完

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