第120話 久陽
その少女は、江戸時代に亡くなった一人の少女。
その死を嘆き悲しんだ両親は、亡くなった子が、せめて黄泉の国では幸せになって欲しいと思い、その死後の生活を絵に描かせた。
絵の中で、少女は永遠に生き続ける。それがたとえ、両親の心の慰みに過ぎないとしても、ただの幻想でしかないとしても――それでも、そこに込められた想いは本物だ。
本当に死した少女の魂が宿ったのか、それとも親の想い、そして絵を見る人の想いがそれを形作ったのか――それは定かではない、だが、しかし。
その絵に、少女の幽霊は宿った。
遠野博物館に収められた供養絵額の幽霊少女、その名を――久陽と言う。
◇
「久陽……」
幽霊の少女、久陽が現れる。
彼女は薄く笑っている。その笑みは幼いながらも妖艶、そして――凄惨だった。
久陽は俺たちに助けを求めた。だが、画魔蛙の言動では、まるで彼女が切り札のようだった。いや、事実そうなのだろう。画魔蛙はダンジョンマスターとして、ダンジョンコアである久陽を支配している。
彼女は奴の切り札、奥の手だ。
失敗した。久陽を呼び出される前に、画魔蛙を始末しておくべきだった――!
「ふふ」
久陽は笑う。
「さ、さあ、ワシ以外の全てを、このダンジョンごと潰せ!」
画魔蛙は叫ぶ。
久陽の笑みが深まる。その笑みに、俺は恐怖を覚えた。
あれは。
あの微笑みは――!
「さあ、やれ! やるんだ!」
画魔蛙の命令に、久陽は。
「馬ぁ~~~っ鹿じゃないのぉ~~~~? なんでこの私が雑ぁ魚ガエルの言う事なんてぇ、聞かなきゃいけないワケぇ~~~~~?」
そう、言い放った。
ああうん、久陽の笑みを見た時にそんな気はした。
「な――なにい!?」
画魔蛙は狼狽した。想定外と言った感じである。
「ふふふ。あ~、やっと自由♪ 雑魚ガエルにでかい顔されてるのすっごい屈辱だったけど、それも今日までだね。ぼっろぼろのボッコボコに負けて力失ったアンタに、もう私を制御するだけの力がない。
同意の上での契約でなく、無理矢理の支配なんてさ?
ちょっとパワーバランス崩れただけでご破算になっちゃうって知らなかったぁ? あはっ!」
久陽は画魔蛙を嘲笑った。すごいイイ笑顔である。
「な――ななななな」
「さぁて、どうしよっかなぁ。このまま踏み潰すのもいいし、焼いて食べるのもアリだよね♪ あ、それとも――」
「ま、待て! 待ってくれ!」
「ん~? 何よ」
「た、助けてください! ワシが悪かった、いや、悪かったです! どぉかこのとおり、命だけわぁ!」
画魔蛙は土下座した。プライドとかないのか。
「……は?」
久陽は冷たい目で画魔蛙を見下ろす。
「い、命だけは! お助けを!」
「……仕方ないなぁ。いいよ、じゃあ許したげる」
「ほ、本当で――」
画魔蛙は顔を上げた。
「命だけは、ね?」
そして久陽は画魔蛙を掴み上げると――
「えい♪」
壁にかけてあった白紙のキャンバスに叩きつけた。
「ぐぎゃばっ!」
文字通り、蛙の潰れたような声を上げる画魔蛙。それは体液をまき散らし、文字通りキャンバカの汚い染みと化す。
「ほほほいほいほい……っと♪」
久陽は指を動かい。すると……その汚い染みは、キャンバスに描かれた蛙の絵となった。
「な、なんだこれは! う、うごけん! や、やめろ!」
「うーん、いい出来。雑魚ガエルはね、ずぅ~っとそのまま。動けず、ただそこに在るただの絵になっちゃうの。意識だけはそのまんまでね。あ、安心してね、すぐに喋る事も出来なくなるから♪」
「い、嫌だぁ、ワシは絵なんて嫌じゃあ、ワシは……!」
「えい」
そして久陽はそのキャンバスを地面に倒し、踏みつける。
「これで視界も真っ暗、ただそこにいるだけになっちゃったね♪」
「うわあ……」
俺達はドン引いた。
『えっぐwwwwwwww』
『これはひどい』
『うーん、カエルに同情するわコレ』
『メスガキ無双しとるwwwww』
『画魔蛙、いい奴だったよ……』
『おかしい奴を亡くしました』
『久陽ちゃんマジ外道で草』
「さてと」
久陽は俺達の方を向いた。
「ごめんね? この雑魚ガエルが迷惑かけてさ。そしてありがとう。お兄ちゃんたちのおかげで、私は自由になれた。本当にありがとう」
「いや、まあ乗り掛かった舟だしな」
元々エマちゃんたちを助けるのが目的だったし。
「あ、そうだ。絵に取り込まれた四人の女の子って、どうすれば助かる?」
「ん? ああ、その子たちならそのまま絵を外に持ち出したらいいよ? それで絵から出られるよ」
なんてこった。簡単だった。
「さて、お兄ちゃん。実はひとつ、お願いがあるんだけど――」
「ん?」
「私の世界、この供養絵額の世界はダンジョンになってる。雑魚ガエルはやっつけたけど、だからといってダンジョン化が解かれるわけじゃない。
そうよね、だってあの雑魚は後から来てダンジョンを支配しただけの妖怪だもん。
このままほおっておいたら、また人が行方不明になるかもしれないし、誰かがまたこのダンジョンを支配して、もっとひどいことになるかもしれない。
だから――」
『なるほど壊せと』
『壊しちゃうかあ……』
『キチクだもんなあ』
『ダンジョンクラッシャーキチク……』
『ダンジョンブレイカーキチク……』
「違うよ!? なんで壊す方向なの、ていうかもしかしてお兄ちゃんって常習者なの!?」
「ノーコメント」
俺は言う。
「話を戻すね。だからお兄ちゃんたちにこのダンジョンをクリアして、権利を手に入れて欲しいんだ。
あそこにある絵、そこにお兄ちゃんがサインをすれば、このダンジョンの初クリアはお兄ちゃんだよ」
久陽が指した壁には、一枚の絵が掛けられてあった。
少女が楽しそうに江戸の家屋で過ごしている絵。
このダンジョン、供養絵額の一枚だった。
「……わかった」
俺は久陽の頼みを承諾した。
そして俺は……。
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