第119話 巨大画魔蛙
佐々木健吾に、菊池修吾では勝てない。それは事実だ。まともに喧嘩したなら、まず俺が負けるだろう。
――人間同士なら、の話だが。
「えいっ」
俺は偽健吾の拳をかいくぐり、顔面に掌を叩きつけ――そして、ぐちゃぐちゃに動かす。
「!」
相手は絵だ。
たった今描かれて動き出した、絵の妖怪である――だったら話は簡単だ。
健吾の姿をしているから、絵の怪異として、動く。
だったら、描かれたばかりの乾いていない絵なんだし、ぐっちゃぐちゃに手で絵具を伸ばしてかき乱せば、それは絵として成立しなくなって、ただのきったねえ染みになる。
至極簡単な事である。
「おお、すげえ! これがキチク先輩の戦法、敵を尻なんちゃらってヤツっすね!」
健吾が言う。ちょっと字が違う気がするぞ。
「っちゃー、手が汚れちまった」
俺の掌には絵具がびっちりとついている。俺はそれを壁になすりつけてぬぐう。
「……ねえエマちゃん。なんなのアレ」
「うーん、なんなんでしょうね」
弥子ちゃんとエマちゃんも呆れ顔というか諦め顔をしていた。
そして画魔蛙が叫ぶ。
「……あ、ありえん! なぜ、実体化した絵を消せる! すでに実体化した絵は、絵であって絵ではない、独立した人間のようなものじゃ!
それを手で拭っただけで絵具となって消えるなど!
術の理に反しておるわ! 何だ、何なんだ貴様らはあっ!!」
『今更なんだよなあ……』
『遠野人に理屈は通じない、ここテストに出ます』
『カエルさんを襲う理不尽wwwww』
『これが遠野人らしいですわよ』
『遠野人なら仕方ないね!』
リスナーたちがいつもの調子で色々言ってるけど無視することにする。なぁに、彼らも本気で遠野を化け物だとか言ってるわけじゃなくて、ネットの悪ノリって奴だ。
俺もそのくらいのことはちゃんと察せるからな。
「ふ、ふふふふふ、ふはははははは!
よかろう、貴様らに理屈が通用しないことは分かった!
じゃがな、忘れてはおらぬか、ワシはこの画廊の……否、この『絵』を支配するダンジョンマスター!
ワシの力を見せてやろう!」
そして画魔蛙が筆を振るうと、アトリエに散乱していた画材が一斉に宙に舞った。
「これは!」
瓶から、缶から、皿から、椀から、チューブから、絵の具、顔料、インク、それらが飛び散り――渦を巻く。
「ぬは、ぬはは、ぬははは! 見よ、これがワシの力じゃ!」
画魔蛙が叫ぶと。渦を巻いた絵の具や顔料が、画魔蛙を雪崩のように飲み込み――収束していく。そしてそれは一つの形を成型した。
「な……っ」
それは――巨大な黒い蛙だった。
「そのまんまでかくなっただけかよ!」
健吾が叫ぶ。
「ふはは、馬鹿め! この『絵』の支配者のワシが、この程度のこともできんと思ったか! ワシは画魔蛙、あらゆるものを描き支配する大妖じゃ!」
画魔蛙の巨大な足が俺たちを踏み潰そうと落ちてくる。
「ちいっ」
俺たちはそれを飛び退いてかわす。
「このっ」
弥子ちゃんがその足に飛びつくが、まるで効果はない。画魔蛙は構わず足を振り下ろし、弥子ちゃんを踏みつけようとする。
「させるか!」
俺はそれを受け止めようと手を広げるが――
「うおっ!?」
強烈な重量に思わず悲鳴が上がる。
「ぐ……っ、弥子ちゃんとエマちゃんは下がってろ!」
俺はその足をなんとか受け止めようとするが、とてもじゃないが支えきれない。
「ぐ……っ!」
「鬼畜さん!」
弥子ちゃんの悲鳴が聞こえる。どうでもいいがキチクじゃなくて鬼畜って言ってるだろ。
「くはは、無駄じゃ! この『絵』の支配者たるワシに、貴様ごとき人間風情が勝てると思うてか! このまま一気に圧し潰して――」
「【フラワーズ・ブルーム】っ! 竹の花を咲かせる!」
健吾が叫ぶ。そして俺の足元からタケノコが伸び、成長して花を咲かせた幾本もの竹となる。
「ぐわあっ!」
「――っ、助かったぜ健吾っ!」
竹が画魔蛙を持ち上げ、転倒させる。俺はその隙を逃さず、飛び退いて距離を取った。
「く……っ、人間風情が! 小癪な真似を!」
画魔蛙が竹を引きちぎり、立ち上がる。
「だが、所詮は無駄な足掻きよ! 貴様たちではワシには勝てん!」
画魔蛙が勝ち誇る。
確かにあの巨体……それに絵具を極限まで混ぜて黒一色となった状態では、かき混ぜて絵としての性質を失わせるということも出来ない。
厄介だ。
だが――
「厄介なだけのでかい妖怪なんて、さんざん退治してきた!」
俺は叫ぶ。
そう、妖怪を退治するのが遠野の民の生き様だ。
「いくぞ健吾! 遠野パワー・プラス!」
「おうよ! 遠野パワー・マイナス!」
俺達は叫ぶ。そして俺達の掲げた右腕が光る。
「うおおおおおお! 遠野クロスラリアット!!」
俺と健吾は画魔蛙の巨体を駆け上がり、そして頭部にクロスラリアットを叩き込んだ。
「グゲァア――――――ッッ!!」
画魔蛙が絶叫する。
俺達のクロスラリアットの衝撃で、黒い巨体から小さな……せいぜいがウシガエルサイズの画魔蛙の本体がはじき出され、地面に落ちた。
「うん、なにアレ」
「私にもわかんないです」
「うわー、シュウゴが二匹に増えたー」
「きゅーぅ」
『ナニアレwwwwwwwww』
『俺はさ、キチクだけがやべーのであって遠野人はマトモと思ってたんだ……』
『キチク二号かよ』
『そもそも遠野パワーってなんだ、なんか光ってたぞビカって』
『俺達は何を見せられているんだ』
『シュポーンって飛んだぞカエルが』
『黒ひげ危機一髪かよwwwwww』
千百合たちやリスナーが喝采している。うむ、我ながら今の必殺技は中々だった。
「ぐ、お……っ」
そして画魔蛙の本体がよろよろと這いずる。む、まだ生きてたか。
「ゼイ肉とっちまえば本体はコレかよ」
健吾がいう。その言葉に対し、画魔蛙は……笑う。
「く、くそ……っ、ワシが、このワシが……こ、こんな所で、こんな理不尽な化け物どもにやられるなど……」
誰が理不尽だ。妖怪に言われたくない。
「ふ、ふひひ、ひゃはははははは。
じゃがな、ワシはダンジョンマスターじゃ。この絵のダンジョンを支配している!
ろくに魔物も出ないカスみたいなダンジョンじゃが、ひとつだけ違う点がある……
ここのダンジョンコアは意志を持つ悪霊、そしてその悪霊は……その気になればこの世界そのものを圧し潰せる、貴様らごとなあ!」
「な……っ」
画魔蛙が、最後の力を振り絞って叫んだ。
「さあ、我がしもべ、画霊久陽よ!
ダンジョンマスターたるワシの命に従い、奴らを――この世界ごと圧し潰せいッ!!」
その言葉に従い――供養絵額に描かれた少女、久陽が現れた。
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