第118話 アトリエ
庵を進んだ俺たちの前に、下の階層へと続く階段があった。
かなり大きな螺旋階段である。
『庵に螺旋階段とかwwwwwww』
『ちぐはぐじゃねえか』
『本当にデザインセンス無いな』
『これはひどい』
『庵の雰囲気に全く合ってないw』
『螺旋階段は草』
『螺旋階段が浮いてるwww』
『まあエレベーターとかよりは……』
リスナーからも非難囂々である。
「とりあえず降りるか」
そして俺達は注意深く螺旋階段を下りる。
降りた先に広がったのは……
アトリエだった。
螺旋階段を下りた地下に広がっていたのは、散乱する画材道具、描きかけの絵画、描きかけのキャンバス。
そして、その中心で一心不乱に筆を走らせる、でっぷりとした男の後ろ姿。
こいつが……このダンジョンのボスか?
確か……久陽の言葉では、画魔蛙。
「む、なんだ貴様らは」
画魔蛙は筆を止めると、こちらに振り向いた。
「なんだ、なんだなんだ貴様らは。そうか、さっきからやたら外がやかましいと思ったら貴様らか! おかげでワシの名作が、傑作が、筆がすすまん、スランプになってしまうではないか!」
画魔蛙はそう、怒りを露わにする。
「いや、知らんけど」
「何言ってんスかね、コイツ」
健吾も肩をすくめる。
「がああああああアアアア!」
画魔蛙は、手に持っていたコテでキャンバスを引き裂いた。
「ど、どいつもコイツもワシを、ワシを馬鹿にしおって! 天才画家の、このワシを!馬鹿にしおって!」
画魔蛙は、怒りに任せてキャンバスを引き裂き続ける。
「はあ、ハア……だ、だがワシはこのダンジョンを手に入れた。こ、ここで、人間どもを捕え、絵にすることで、ワシは最高の! ワシの画廊を作り上げ……」
「でもそれ、てめぇの絵じゃねえじゃん」
健吾が言う。
「ぐはっ!」
その言葉に画魔蛙は、コテを落っことした。
「な、何を言うか!こ、これはワシの絵だ! こ、この絵は素晴らしい傑作で……」
「妖術で取り込んだだけだろ」
俺は言う。
「そっすよね」
「えっと……自分の絵が下手だから他人を絵にして自分の作品と言い張ってたってこと?」
「確かに今までの絵ってちぐはぐだったというか……」
「そもそも全部誰かが描いた絵のパクリだったよね」
俺達は話す。
「がっ……」
画魔蛙は、コテを拾い上げる。
「だ、黙れ!黙れ黙れ!貴様らに何が分かる!」
画魔蛙は傍らにあった筆を掴む。
「絵とは模倣から始まるのだ!そんな事もわからん貴様らには、ワシの絵で、ワシの力で、引導を渡してくれる!」
画魔蛙は、筆で壁に絵を描き始める。
それは――俺の絵だった。
そして壁に描かれた俺が、ゆっくりと――実体化する。
「なっ……俺の偽物だと!?」
「そうじゃ、この中で一番強いのは貴様じゃろう、貴様らの心を読んでそれを把握したわ、最強の探索者キチク、じゃったか?
貴様を絵にすれば――他の奴らは勝てんということだ!」
「な――」
なんということだ。
別に俺は俺を最強だなんて微塵も思っていないが――しかしこの中で戦闘経験が一番豊富なのは、確かに俺だ。
その俺の戦いを模倣するとなると強敵なのは間違いない。
つまり、この戦い――俺と俺の読みあいに――
「先輩、俺が行くっス」
しかし、健吾が俺の前に立つ。
「健吾……」
「先輩同士が戦ったら千日手っす。そしてその間に逃げられるか、それとも……」
全滅するか、か。
「なぁに、俺ぁキチク先輩のファンっすからね。格上や化け物との戦い方は先輩の配信を見て学んだっス。
とりわけ、偽物対策は……あの配信で完璧っすよ」
偽物対策。
それはきっと、SL銀河ダンジョンの事だろう。
最強の探索者、神崎刃。絶対に俺程度では勝てない相手、しかしその偽物なら……偽物なんで神崎刃の力を再現できず、簡単に倒せた。
今回もそういうことなのか。確かに絵ぇ微妙に下手だしな。
「……わかった。頼むぞ」
「ういっス!」
そして健吾は、偽物の俺の前に立つ。
「……さて、つーわけだ偽物野郎。覚悟はできてっか」
「……」
偽の俺は喋らない。ただ静かに構える。
「へっ、だんまりか」
健吾は笑う。
「まあいいぜ、ならこっちから行くまでだ!」
そして健吾が地を蹴り、走る。
振りかぶった健吾の拳が――
偽の俺の顔面に突き刺さり、そして偽の俺は盛大に回転して吹っ飛んだ。
……いや俺が殴られたわけじゃないけど、気持ち的になんか痛い。
「な……何ぃッ!?」
画魔蛙が驚く。
「ば……ばかな、ワシの心を読む審美眼では、そこのキチクは間違いなく最強クラスの探索者! そこの貴様では勝てるはずがないッ!」
いや、俺を持ち上げすぎだろう。こんなでぶった蛙に褒められてもうれしくないし。
そして健吾が言う。
「……へっ、なるほどな、思った通りだ」
立ち上がった偽の俺が健吾に殴りかかる。しかし単調な攻撃だ。「健吾が偽の俺の攻撃を躱し、カウンターで蹴りを入れる。
「……!」
偽の俺が吹っ飛ぶ。
「ていうか、画魔蛙は勘違いしてるぞ。俺は別に最強でも無敵でもない、ただの人間だ。どこにでもいる、普通の遠野人だよ。
だからこそ、妖怪を調べ上げ、観察し、見極め――相手の弱点を突いて戦い、ずっと勝ちを拾ってきた。
単なる力じゃない、知恵と機転だ。
敵を知り己を知れば百戦危うからず。
それが人間の強さだよ」
その俺の言葉に。
『まだ言ってる……』
『遠野の風評被害』
『お前のは知恵じゃなくて言いがかりふっかけてると言うんだ』
『普通の人間はお前みたいに戦えません』
……リスナーたちのコメントはあえて無視することにする。
「そんな先輩を上っ面だけコピーしても意味がねぇんだよ、ダボが。いや、もし仮に完璧に思考までコピーしたとしても、だ。
俺ぁ人間だ。ただの人間だからな、妖怪じゃねえ。
キチク先輩が付けるような弱点なんざ、存在しねえんだよ!」
――そう、それが事実であり真実だ。
そもそも俺はマヨイガで優斗さんたちにも負けてる。
相手が人間だと、もう後は単純なフィジカル勝負の技量勝負だ。
そしてダンジョンで戦ってきた俺は確かに実戦経験は豊富だ。だけど、健吾は不良だし、おなじ遠野人だ。実戦経験は同じく豊富だろう。
そしたらあとは体格勝負。健吾のフィジカルは俺をたぶん超えているだろう。
「そう言う事だ。弱点を探して搦め手で戦う俺に対して、真っすぐぶつかってくる健吾は……圧倒的に相性が悪い。
俺の下手な絵の偽物程度が……」
健吾の拳が顔面に突き刺さる。
「――人間に、勝てるかよ」
そして、その拳の一撃で、偽の俺は倒れた。ひび割れ、砕け、そしてどろどろに溶けて消える。
「な……ば、ばかな……」
画魔蛙は動揺する。
「いや、待て、待て待て待て待て待て待ておかしい! 記憶を精査してもどう見ても無理だありえん!
十数メートルの巨大な水神を殴り倒す男が、その暴力が知略と機転で説明できるか!!!!!」
画魔蛙が叫ぶが――まだわかってないな。
「それが――」
「人間だ!」
俺と健吾が言う。
「うん、そだねー。わーいシュウゴが二人に増えちゃった気分。これだから遠野人は」
千百合が言っているが、そもそもからして弱点を突かれた妖怪なんて冗談みたいに弱くなるものだって千百合も知っているだろうに。
「ぐ……っ、話が通じん! これだから遠野人は、理屈も芸術も理解できんバカが!
ええい、ならば……こうじゃ!」
そして画魔蛙か次に描いたのは、健吾の絵だった。
「ふ、ふははははは!
最強のキチクでも勝てないそこの男を絵にした! これでお前らはもう勝てぬ!」
……そう来たか。
ああそうだ、健吾は強い。そしてそのコピーの絵もまた強いだろう。
まともに戦っては、俺では――勝てない。
そう、勝てないのだ。
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