第28話 育っただけのでかいカニ

 俺は捕らえられた。


 正確には、俺と水面ちゃんが捕まった。千百合と日狭女はいない。

 千百合は姿が消せる。日狭女は……まあよく知らないけど似たような感じで隠れたのだろう。


 よく「わ、私は日陰の女……」とか言ってたし、きっと影が薄いとか地味とかいうタイプのそんなかんじのなんやかんやで。


「大丈夫ですか、キチクさん……」

「……ああ」


 俺は水面ちゃんに返事をする。全く問題は無い。


 さて、現状。

 俺たちは腕を後ろでロープで縛られている。

 そして目の前には、ヘルメットと防護服の企業兵士たち、そして……

 スーツ姿の男性たちだ。


「……なるほど、お前たちが侵入者か」


 スーツの男のひとりが言った。

 二十代くらいだろうか。


「……あんたらは一体」

「質問するのはこちらだ。不法侵入者が」

「……」


 俺は黙る。


「まずは名乗ろうか。私の名前は水虎正宗。水虎テクノロジー社長であり、水虎家次期当主が約束されたものだ」

「……まじか、まさか社長さんが直々にこんな所に」

「とあるプロジェクトの進捗状況を視察しにきたのだがね。

 まさか立ち入り禁止の私有地に入り込むゴキブリがいたとはね、流石はダンジョンといったとこか」

「サーセン、立ち入り禁止の看板見えなかったもんで」


 俺は軽薄に笑う。悪びれずに、何か俺やっちゃいましたか?ってかんじの態度で。


「まったく。親の顔が見てみたいものだ」

「あ、親が謝ったら許してくれる展開っすか、まじあざっす」

「そんなわけがないだろう」


 そして水虎政宗は、俺を蹴り上げる。


「ぐふっ!」


 俺は叫び声をあげる。


「世の中を甘く見たクソガキが。

 何故私が名乗ったかわかるか?」

「え、えっと……俺は偉いんだぞって自慢っすよね」

「君たちはもう、家に帰れないからだ」

「……」


 俺は黙る。そして俺の隣で水面ちゃんが息をのむ。


「ま、まじっすか、なんで!?」

「君も探索者を気取っているならわかる……いやわからんか、ろくに勉強もしてなさそうなバカガキには。

 モンスターの売買を、ダンジョン法では禁じられているのだが、しかしこれが高く売れるのだよ。

 顧客が求めるならば仕入れるのが正しい商人というものだろう?」

「そ、そんな……河童さんたちは、モンスターじゃないんだど!」


 水面ちゃんが言う。しかし政宗は鼻で笑う。


「だからこそだよ。

 妖怪は昔から確かに実在した、だが人々はおとぎ話、都市伝説としか見ていなかった。故に商売にはならなかった。

 河童のミイラや人魚のミイラは確かに実在するのに、誰もが本物と信じなかった。故に商品価値は薄く、買い手もつかなかった」


 ……そうか、こいつも妖怪を知ってる者か。


「しかし今は違う。十年前にダンジョンが現れ、そしてモンスターの実在は周知のものとなった。

 なら、ダンジョンから生まれるモンスターどもと違い、知性が高く喋る妖怪たちは最高にレアな商品ではないか?

 テイマーでなければしつけられぬモンスターと違い、妖怪は調教も容易だ。中には率先して我らの友人になってくれる妖怪もいるしな」

「……ひ、ひどい」


 水面ちゃんが涙ぐむ。


 ……俺もいい加減我慢の限界になりそうだ。


「さて、君たちをどうするかだが……このまま返す事など到底出来ない。君たちは知ってしまったからね。

 そうだな、そこのお嬢ちゃんは中々にいい商品になりそうだ。まだ幼いが実にいい身体をしている。

 小僧は……まあ、モンスターの餌かな」

「ひ、ひいいいっ! それだけはよしてください、何でもしますから!」


 俺は両腕を後ろに縛られたままの格好で土下座をする。 


「ふん、今更遅い」


 政宗が冷たく言い放つ。


「まあ、せいぜい飢えたモンスター仲良くやることだな。では、さよならだ」


 そして政宗は踵を返し、部屋を出ていった。


「うあっ!」


 兵士の一人が水面ちゃんを立ち上がらせ、そして俺から引き離す。


 そして……。


「……っ」


 奥の檻のひとつが開く。

 そこから出てきたのは……。


「ギ、ギギギチギチギチ」


 巨大な……蟹だった。全長三メートル、高さにして二メートルはあるだろうか。

 化け蟹だ。


「修坊ッ!」


 檻のひとつから声が聞こえる。タガメだ。


「逃げろ、修坊ッ!」

「キチクさんっ!」


 タガメと水面ちゃんが叫ぶ。


「ギ、ギィイイイイ!!」


 化け蟹が俺を見る。

 涎を垂らし、ハサミをふり降ろして来る。


「う、うわあああああっ!!」


 俺は縛られたままだ。両腕が使えない。


 だから――



 とりあえず、ハサミを蹴り飛ばした。


「えっ」

「ん?」

「は?」


 兵士たちが声をあげる。


「ギ?」


 化け蟹は、千切れ飛んだ自分の腕を呆然と見ている。


 そろそろいいか、茶番も。


「そもそも化け蟹なんて、長く生きて育ちすぎただけのカニだろ」


 脅威でも何でもない。


「よいしょ」


 俺は肩を外し、伸びてだらんとした腕に足をくぐらせ、結ばれた腕を前に持って来る。

 ……なんだ、ワイヤーか何かでくくられてるかと思ったけど、ただの縄か。


 だったら。


「ふんっ」


 肩を嵌め直した後、力任せにちぎる。


「いやいやいやいやいや!」


 兵士たちが声を上げる。

 ……プロっぽいいでたちしてるけど、この人たちたぶん素人か何かだな。

 単なる社員だろう。


 レベルの高い本職の探索者……B以上だったら、これは冗談抜きの誇張抜きに、この程度引きちぎるくらいは出来る。

 こんなんで驚いてたらモンスター退治なんて出来ないからな。


「ギイイイイイッ!!」


 化け蟹が残ったハサミをふり降ろして来る。


「邪魔」


 殴り飛ばした。


 そのまま吹っ飛んで壁に激突する化け蟹。そのまま動かなくなる。

 ろくな妖力もないただの化け蟹は楽でいい。これが妖力妖術を使うまでのものだったら本気で厄介だけど。


「き、貴様何者だ!」

「こ、この女がどうなっても――」


 兵士っぽいおっさんたちが言うが、しかし……


「ふ、ふふふふふふふ、か弱い女の子に手を出すのは、い、いけないと思うよ」


 彼らの後ろから、ぬっ……と日狭女が現れる。笑いながら。


「ひ、ひいいいいいいいいいっ!?」


 あ、びびってる。

 日狭女はおっさんの肩に、腕にそっと指を這わせた。その瞬間――


「ひっ」


 そう言い残し、白眼を剥き、おっさんはかくん、と糸の切れた人形のように倒れた。


 エナジードレインのスキルか。本人は、奪魂の権能と言ってたか。あくまでも精神力や生命力を吸い取って衰弱させるだけで殺しはしないらしい。


「う、うわあああああああ化け物おっ!」


 のこったおっさんたちが叫ぶ。


「……お前らもこうなりたいのか?」


 俺は言う。


「……っ」


 おっさんたちは後ずさる。

 わかる。俺もなりたくない。日狭女は怒らせないようにしよう。


「ひいいいいっ!」


 おっさんたちは逃げ出した。


「まあ、コスプレしてる単なる社員のおっさんたちだし、そんなもんか」

「おつかれー」


 千百合も姿を現す。


「おう、お疲れ様。じゃあ、みんなを助けるとするか」

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