第97話 マヨイガバスタイム
日が沈む。
食事が終われば何だ?
まあ色々あるだろう。しかし今日一日、みんな戦って疲れた。
汗と泥と砂にまみれた身体を綺麗にするには……そう、風呂である。
とくに今日は百人近い団体客様である。今日の風呂はいつにもましでかい。
マヨイガはその日の気分によって間取りも変わったりする。なので風呂も物理的に日替わりだ。
「うわあ、てげえ……」
探索者たちが感嘆の声をあげる。
内湯は角閃石という石でできている湯船だ。
「ほほう、この石は遠野角閃石かね」
教授が言う。
「知っているんですか」
「ああ。遠野原産の花崗斑岩で、スピリチュアルの世界では波動が通常の数十倍ある石と言われている。そして実際に世界最高レベルの遠赤外線効果があり脱臭や細菌防止、マイナスイオンとどれをとってもすばらしい、幻の石とも言われていると」
「らしいですね、入浴に最適だと」
「遠野角閃石は入浴用バスストーンとして使われることも多い。しかし浴槽そのものに使うのは、遠野のたかむろ水光ランドぐらいだと思ってたが……」
「公式はあそこくらいでしょうね。ここきマヨイガですし」
ちなみに遠野に温泉は少ない。たかむろの大浴場はソーラートロンによる人工温泉だ。
「しかし、なかなかでかい風呂だな」
探索者の一人が言う。
内湯もただ広いのがどん、とあるのではない。
ジャグジー、炭酸風呂、電気湯、サウナ、そして水風呂と揃っている。
また温度もぬるめの湯から、45度の熱い湯まで数種類用意されていた。
泉質も硫黄、アルカリ、酸性、ラドンと色々揃っている。
本当に気合い入ってるな。
「ひゃっほー!!」
「おいコラ先に身体洗えアホ!」
湯船に飛び込もうとする奴、それを注意するマッチョ。騒がしいことだ。
まあ一般客はいないし、騒がしいのは大目に見よう。でも入る前に身体洗え。
俺は身体を洗い、そして外にでる。露天風呂にだ。
「おお……」
露天風呂も広い。というかあれだな、下手したらプール施設みたいな感じだ。
滝も見えるし。あれもお湯か。
岩風呂が基本で、その周りには檜風呂、壺湯、寝湯、塩サウナ、それに水風呂と続く。
……なんかウォータースライダーまであるんだけど。
そしてあっちには泥湯に砂風呂。
牛乳風呂にワイン風呂、血の池地獄にスライム風呂……いやちょっと待て。最後の何。まあ、マヨイガさんのすることだし単なる悪戯心だろう。探索者が襲われて戦ってるけど、まあ被害はないだろう。とりあえず入ろう。普通の岩風呂に。
「ふわぁぁ……」
ぬるめの湯につかって身体をほぐす。あー気持ちいい……生き返るわー……。
いやもうほんと疲れたんだよ色々とさ。肉体的にも精神的にも疲労困憊なんだよな、今日はマジで。
「お疲れさま、修君」
そう言って声がかかる。藤見沢だ。
……といっても裸ではない。水着である。
そう、今回は水着混浴である、しかも生配信。
俺は普通に男女別を予定していたんだけど、藤見沢の「どうせだからお風呂も配信したい」と言い出した言葉に、ほかの連中も諸手をあげて賛成し、こうなったのだ。
隣にはドローンカメラがある。頼むから俺を写さないでほしい。
「あー、疲れたぁ」
そう言いながら藤見沢は俺の横に座る。タオルで前を隠しているが、水着だ。だから健全であるが……だからといって近づかないでほしい。俺はね、敵を必要以上に作りたくないのだ。
「いやー、それにしてもさすが遠野の湯ねぇ……生き返るよ」
「ああ、まあな」
遠野の湯と言われても、このマヨイガの風呂を遠野の湯と言っていいのかどうかはちょっとわからないけど。
「すごいよね、このマヨイガ」
「……まあな」
「まさかこんなに色々あるだなんて思わなかったよ。私もこういうお風呂入ったことないなー」
そうなのか。まあ血の池地獄やスライム風呂は俺も入ったことないし、金輪際入る気も無いが……しかしそれはともかく。
「なあ、藤見沢」
「ん? なぁに」
「前々から言おうと思っていたんだが言うぞ。頼むからあんまり近づいてくれるな」
「え? どうして……?」
「どうしてもこうしてもない。あのな、俺たちの関係は何だ? そうだただの知り合いで一度組んだ仲間で元クラスメートってだけだ、なのにお前はいちいち距離が近いんだよ、お互いそういう気持ち無いのにだ!」
俺ははっきりと言う。こういう天然女にはちゃんと言わないとわからないだろう。
「気持ちって……」
うんこいつわかってないな。
まあ、こいつが俺にそういう感情が無いことは改めてわかった。安心したぜ。いや決して残念じゃあないよ?
「もー、わけかわんないことばかり。リスナーのみんなも修君に何かいってあげてよ」
……。
こいつは何を言い出すんだ!?
自覚してないだろうがそれはつまり、『ちょっとーファンのみんな、私に生意気言ってるコイツをちょっとわからせちゃってよ』と号令するに等しいのだ。
俺今度こそ終わった。
俺を罵倒するコメントが嵐のように流れる。
『うーんキチクなんかかわいそう』
『夕菜ちゃん悪くないけど距離感おかしいからな』
『オトコを勘違いさせる天然の魔性のオンナ……だからいい』
『このキチクって奴夕菜ちゃんに耐えるとか男だな』
『勘違いしないキチクはクールな男』
『俺たちこいつを誤解してたかもしれん……いや羨ましいけど』
『キチクのおかげで夕菜ちゃんの入浴シーン配信見れたから許す』
『お前ら手のひら返しすぎwwwwwまあ俺も返してやるか……』
……ん?
「あれ? みんなどういうこと?」
『どういうことと言っても……』
『夕菜ちゃんそういうところやぞ』
『夕菜ちゃんの優しさ尊いけどそれで勘違いする男多いんですよ』
『勝手に惚れ込んで失恋して泣いてる配信者いたからな……』
『もうちょっと自分がかわいいって自覚して?』
『そういうところ心配だよ……変な人にねらわれないか』
『まあだからこそ俺たちが守るんだけど』
藤見沢のファンたちが藤見沢に説教を始めた。
……あいつらも大変なんだな。
『まあキチクは頑張って』
『チャンネル登録したから』
『今回のイベントめちゃ楽しかったぞキチク』
『勘違いしないでよね、仕方なくファンになってあげただげなんだから!』
「……あ、ありがとうございます……なんかうれしいです。さっきめちゃくちゃ裏切りかまされた後だから、なんか泣きそう」
『wwwwwww』
『あれはひどかったwww』
『ドンマイがんばれ』
『あれも愛あってのことだと思うし気にすんなよキチク』
こうして、俺は藤見沢のファンたちと友情が芽生えた……そんな気がした。
「なんか本当、人間って大変だよね、人間関係が」
そう千百合が言って来る。
「まあな。でも……まあ、そういう大変なのも悪くない」
「前はシュウゴはそういうのと無縁のさびしんぼだったしね」
「うるせー、お前に言われたくないです」
俺はそう言って、千百合の額にデコピンをする。
「なんだよー、もう。せっかく褒めてあげたのに。ボクに優しくしないと不幸になるぞ」
「ああ、それは怖い。ありがとうな」
そして俺たちは笑い合う。
そんな時だった。
「まったく、大変でしたわね」
そう声がかかる。
「あんたは……えっと」
「氷月。氷月アイリですわ」
そう自己紹介した彼女は、俺の隣に座る。
「今日はお疲れさまでしたわ。あなたのおかげでとても楽しい攻略になりました。わたくしは残念ながら途中で脱落してしまいましたが……とてもよい経験になりました」
そう言い、微笑みながら身体を寄せてくる。近い。
「あ、ああ」
「ふふ、照れてますの?
ねえキチク様、わたくし、マヨイガを攻略したら是非欲しかったものがありますの……」
「それは……?」
「そこにおられる千百合ちゃんですわ」
「……」
何を言い出すんだこのお嬢様は。
「配信でひと目見た時から、こう……びびびっと来んですの、なんとかわいらしい方なのかしらって……そしてマヨイガダンジョンを攻略したら、マヨイガの伝承に従ってマヨイガにあるものをひとつ戴けるという話でしょう? これは! ……と思いましたの」
「お、おう。あんたってそういう……ロリコンのレズ……」
「違いますわ! わたくしかわいいものが大好きなだけですのよ。あの雪ん子くんもとても可愛いですわよね……」
「うわあいロリコンとショタコンを併発して患ってる手遅れな人だったー!!」
目がやばかった。ていうか俺は風呂場で何を告白されているんだろう。
「攻略は失敗しましたけど! ですがこれも何かのご縁、この場を借りて是非とも千百合ちゃんか雪ん子くんと健全でプラトニックなおつき合いを是非とも!! ぜっ……是非ともハアハアハア!!」
「説得力って知ってるかお前!?」
絶対に健全でもブラトニックでもないだろう。二人が喰われる光景しか想像できない。
「ちょっと待ったあ!!」
そしてそこに割り込む声。
「そういう話なら!! 私にも鈴珠ちゃんを思う存分もふる権利を――」
「また変なの来たあ!?」
今度は何だ。ああ確かもふもふハンター名乗ってる女探索者だったか。
なんだよこの流れ。
「おい千百合助け――」
いなかった。
すでに遠くに走って逃げていた。両脇に雪ん子と鈴珠を抱えて逃げているのは評価する。よくやった。
だけどこんなところに俺をおいていくな。助けてくれ。
あと風呂場では走るな。
「逃がしませんわよ!!」
「もふもふの許可を!!」
「ひっ!」
水着の美少女二人が血走った目で俺を掴む。
羨ましいって? どこがだよちくしょう。
誰か助けて。
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