第98話 マヨイガの宴

 ふう、ひどい目にあった。


 あの二人? とりあえずスライム風呂に叩きこんでおいた。

 ちなみに別に服が溶けるスライムではない。そんなスライム風呂だったら配信停止させられるからな。


 入浴っていうのはね、 誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ……独りで静かで豊かで……。


 いやまあ別に一人じゃなくても騒がしくてもいいんだけどマナーは守って欲しい。マナーを守って楽しく入浴、これはとても大事です。


 さて、風呂から上がった俺たちは浴衣に着替え、そして……


「野郎どもぉ! 宴会だぁあああ!!!」

「ヒャッハアアアアア!!!!」


 そういうことになった。


 さっきジンギスカンやらバーベキューやら喰いまくったばかりだよな。流石は探索者というべきか。

 マヨイガさんも宴会場を用意してくれている。


「うぇへへ、酒と酒、つまみと肴……夢のような時間だぜぇええ」

「おい、よだれ垂れてんぞー」


 そして俺たちも宴会場の畳の上に座り、ワイワイと料理を囲む。

 卓には料理が並べられていた。


「え、これ全部食べていいんですか?」

「すげえ……!」


 探索者の皆さんが湧きたつ。

 夕食の時とは趣向を変え、卓に並ぶのはもりそばや刺身、果物などのあっさり系、さっぱり系だった。ひっつみやけいらんなどのあっさり系の汁物もある。


 そして何よりも人目を引くのは……。


「し……シーラカンスぅう!?」


 卓に置かれたシーラカンスの造りだった。


 いや、シーラカンスって美味しくないと聞いたが……。

 しかしまるで竜宮城から流れ着いたかのような、そんな雰囲気すらある。

 インパクトは大だった。


「おいおいおい、なんでシーラカンスがあるんだよ!?」

「こっちにはピラニアだ!」

「おいおいラブカとかあるぞ!」

「なんでこんな魚が……遠野関係ないだろう!?」

「いや……聞いた事がある」

「何をだ」

「遠野物語拾遺37にこういう話がある。

 綾織から小友に越える小友峠には祠が祀ってあるが、このあたりの沢には稀に人目に見える沼があるという。

 その沼には、海川に棲む魚の種類はすべていると伝えられている。もしこの沼を見た者があれば、それがもとになって病んで死ぬそうである……と」

「全ての河川の魚がいる沼……!? じゃあこの魚はそこから獲れたというのか!」

「そう考えると納得がいく……つまりこれらは全て遠野産!」


 その通りだ。俺も驚いたけど。

 ちなみに俺も直接見たことはない。死ぬの怖いし。


「さて、それでは改めて……かんぱーい!」

「かんぱぁあい!」


 そうして宴会が始まる。


「ああ……シーラカンスってこんな味なのか……うん、まあ……珍しい味だな」


 不評だった。そりゃそうか。

 しかしそれ以外は好評だった。


 皆、思い思いの肴に手を伸ばしては美味いと舌鼓を打っている。


「あー美味しい! このお酒いいわぁ」

「こっちの肉もいけるっすよ!」


 わいわいと騒ぐ面々。

 探索者たちは酒が入り、テンションがあがっていた。


「いやあ、モテる男は大変だな、さっきの風呂」


 そう話しかけてくる男がいた。こいつは確か……鳴神光一だったか。


「あんなんモテるにカウントしたくねえし迷惑でしかねえよ」

「ははは、そういうなって。

 俺は応援してるぜ。女の子に求められる……うらやましいじゃねえか」

「まともな女ならな。それにあいつらが求めてるのは千百合や鈴珠じゃねーか、別に俺のものじゃないけどあいつらだけにはやらん」


 千百合と玉藻はともかく、雪ん子と鈴珠は中身もガチで子供だ。守らないといけないのだ、変態どもの魔の手から。


「親バカかお前は」


 鳴神が笑う。


「だが、守るものがあると人は強くなれるからな」

「あんたにもあるのか」

「ああ、ある。知りたいか?」

「いや別に」


 そう言ったら、鳴神は悲しそうな顔をした。聞いてほしかったのだろうか。


「守るものなんて、当たり前の話だろうが」


 横からそう声をかけてくるのは優斗さんだった。


「当たり前?」

「おう、そうよ。そんなのぁ大前提だ。強くなるために必要なのはよ、壁だ。

 超えたいと思う壁、倒したいと思うライバルよ」

「相変わらず脳筋だな……」


 鳴神が呆れ顔で言う。

 超えたいと思う相手、か……。


 憧れ、目標の男はいるけど、超えたい、倒したいなんて思わないな。おこがましすぎる。相手は最強の男だし。

 しかし、目標は確かに大事だろう。


 今の俺の目標は……鈴珠かな。鈴珠と玉藻、あの二人が「幸せを求め、その場所を壊し本人も破滅する」という、金毛白面九尾狐の本義を変える事だ。

 危険な妖怪ではない、邪悪ではない、人間と仲良くできる……そう言った認識を広め、彼女の運命を変えてやりたいと思う。俺の娘だからな。

 そのための配信業だ。


 人と妖怪の橋渡し――なんて御大層なお題目を掲げるつもりはないが、家族、友達ぐらいは守りたいと思う。


「石川さんともまた再戦してえしな、ガチで」

「いいですね、明日にでも戦いますか」


 ゴリラ経立ふったちの石川さんも来て、和やかに話す。

 どうでもいいけどゴリラと風呂ってなんか妙に似合うな。猿と風呂も基本の組み合わせだからだろうか。


「お、いいなそれ!」

「騎馬戦で戦えるかと思ったらその前に敗退してしまいましたからね。いや、人間の使うスキルというものはあなどれません」

「それ言うなら妖怪の妖力妖術もな。あんたもあるんだろ」

「いえいえ、私は人間に化ける程度ですね。経立ですから」

「そうか、経立なら仕方ねーな!」


 たぶん優斗さんはよくわかってないんだろう。

 ちなみに石川さんの人間態は美少女と見間違うような美少年だった。ゴリラなのに。

 まあ経立は人間と交配するために美形に化けるというしな。


 ……いずれ石川さんも彼女連れてくるんだろうな。

 まあその時はその時だろう。


 もし鈴珠が彼氏連れてきたら暴れるかもしれんが。

 とりあえずマヨイガ単独攻略して実力を見せてから清いおつき合いだ。


「難しい顔、してますよ……キチクさん」


 ふと、そう水面ちゃんが言ってきた。


 優斗さんと石川さんはステージで腕相撲をしている。

 元気だな、さすが肉体派だ。


「そうか?」

「は、はい。何考えていたんですか?」

「将来のことだよ。娘に変な馬の骨が近づいてきたらどう撃退するかのシュミレーション」


 なお正確にはシミュレーションだが、シュミレーションの方が言いやすいので誤字とわかってるがあえて使っている俺。大団円を大円団とも間違えて覚えていたっけ。どうでもいいな。


「む、娘って……あ、あの、おらはその、そういうのはまだ早いと思うけど……娘かどうかもわかんないし……」


 急にしどろもどろになる水面ちゃんだった。何を言ってるんだろう。


「いや、鈴珠は女の子だろ」

「!! あっ、その、そうですね……」


 さらに顔を赤くする水面ちゃん。もしかして鈴珠を男の娘とでも勘違いしてて、恥ずかしかったのだろうか。

 大丈夫、間違いは誰にでもあるさ。


「修坊……お前ぇ」


 タガメが気の毒なものを見るような目で俺をみる。なんでだ。


「? なんだよタガメ」

「いや、なんつーかよぉ……お前鈍いのはアレか、神隠しやら天狗のジジイにしごかれたりしたやらで人の心でもなくしちまったか?」

「……?」

「よーしいいかよく聞けよ修坊。四代目はな」

「あーっ!! わーっ!! タガメさんストップ!!」

「お前をむぐがっ!?」


 急にタガメが硬直して黙った。どうやら水面ちゃんのテイマースキルによる命令が発動したのだろう。タガメは水面ちゃんと契約してたからな。


「え、えっとキチクさんっ、こっちのけいらんもおいしいですよっ!!」

「あ、ああ」


 後ろでタガメが痙攣しているけど大丈夫だろうか。大丈夫だろう。


「けいらんか……そのまま食べるか、といて食べるかの派閥があるんだよな」


 けいらんとは、あんこの入った団子をゆで汁にいれたものだ。

 そのまま食べてもいいし、皮をやぶってゆで汁に溶いて、お汁粉のようにして食べてもよい。これで派閥が割れているのだ。

 さしずめきのことたけのこや今川焼き大判焼きのような派閥なのかもしれない。そこに答えはない。


「あ、私は溶いて食べる派ですっ」


 水面ちゃんは溶く派か。


「じゃあ俺も」


 お椀に入った、鶏卵のような団子に箸を突き刺し、割る。中からこぼれたあんこを溶いていくと、透明なゆで汁が黒く染まっていく。


 あっさりめのお汁粉という感じでおいしい。濃いあんこが食べたいときは、溶かずに食べるといい、という感じだろう。要するにあんこの濃さの好みによって食べ方を変えればよいのだ。


「うーん、おいしい」


 甘すぎず、かといって甘くないわけでもなく。ちょうどいいあんこの味がする。


「うめぇなこれ! なんだこの魚!」

「なになに、だって……? そんなマグロもあるんだな!」


 そんな話が聞こえてきた。


「白マグロって……ありましたっけ?」

「なかったような気がするが……」


 どっかでその話、聞いた事あるような気もするが。まあいいか。マヨイガが食べたら死ぬような毒を出すわけがないからな。


「ふははははは、宴もたけなわになってまいりました! ではこの海藤カナタの華麗なるストリップショーをうわあっ!?」


 ステージに穴が開いて海藤は落ちて行った。流石マヨイガさんだぜ。


 そうしてマヨイガの夜は更けていった。

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