第99話 マヨイガの夜、男部屋

「いいか野郎ども、俺たちの戦いはここからだ」


 マヨイガの廊下にて、探索者達が声を殺して話す。

 今ここにいるのは総勢四十名ほどだ。全員が男である。

 彼らが何をしようとしているのか。戦いとは何なのか。

 それは――


「夜這いだ!」

「おお!」


 彼らは小声で絶叫した。


「あの藤見沢夕菜を始め、今ここには綺麗どころの美人探索者達が十人以上いる!」

「中には外見だけで中身がアレなのもいるが――」

「この機を逃すわけにはいかん!」

「その通りだ!」

「彼女なし30年! しかしこんな戦いの夜だと吊り橋効果でチャンスあるやもしれん!」

「酒も入ってるし開放的なはず!」

「修学旅行の夜みたいだしな!」

「ああ! 今日こそ俺たちは男になる!」

「だが無理矢理は禁止だぞ! あくまで紳士的にだ! 夜這いとは古来よりの交際の申し込みであり、レイプとは違うのだ!」

「応よ! 俺たちは紳士だからな!」


 男たちは小声で叫ぶ。男の本懐を今こそ遂げるのだと。


 東雲優斗たちのような彼女持ちや既婚者、あるいはこういったことに興味がない者は参加していない。というか彼らに黙って動いている。

 知られればきっと東雲たちは自分たちを止めようとして戦いになるだろう。それは避けたい。


 だって勝てないもの。A級探索者たちには。いいよなあA級は。モテるし。

 あの筋肉ダルマたちですらモテてるのだ。そんなにイケメンってわけでもないのに。強くて有名ってだけでモテるとか理不尽だろうくそったれ。

 彼女がいない奴らも、「彼女? 今はいないよ」「うーん、今はいいかな」という感じだ。死ねばいいのに。彼らはそう痛切に思う。思うだけだったが。


 だがそれも今宵までだ。


 今日、我らは――大人の階段を上るシンデレラマンなのだ!


「目標、女子たちの部屋! 距離にして200メートル……進め!」

「応!!」


 そして彼らは動き出す。


 その時、異変が起きた。


「おい、お前……」

「ん?」

「なんか垂れてるぞ」


 それは彼だけではない。

 半数の者の足元がぬるりと濡れている。ぽたぽた、と何かが垂れている。


 そしてその垂れているものは……彼らの尻からだった。


「な、なんだこれは!?」

「臭い! それに……」

「ぬるっとしている!」

「ぐ、ぐうううううっ!?」


 皆、異変を感じ、腹を、尻を押さえる。

 何だこれは、何が起こった!? そう混乱する探索者達。


 しかし彼らは知らなかった。

 先程食べた、韓国産の白マグロ――そういう魚は存在しないのだ。

 韓国で白マグロとして流通し食べられている魚のは、バラムツ。

 とても脂が乗った美味な魚で、刺身でも焼いても絶品とされる。


 しかしその脂こそが問題である。


 ワックスエステルという、人類が消化吸収できない脂――それは小腸大腸を素通りし、肛門から何の障害も無く流れていく。


 括約筋『む、貴様何者だ!』

 バラムツ『何も通ってない、いいね?』

 括約筋『うむ、何も通っていない』


 こんなかんじである。

 それに対して本人は違和感も何もない。ただ気が付けば――パンツを脂で汚している、漏らし濡れている。

 そのような危険な魚なので、日本では流通を禁止されている御禁制の魚である。なお、自ら釣って食べる事は禁止されていないが――

 なにはともあれ、そんに人類の尊厳を破壊する、大海原が産み出した尊厳破壊兵器が――彼らを襲ったのだ!


 なお、マヨイガは「女子を襲おうと企んでいる不届き者の皿」にだけバラムツを盛ったので、今頃男子部屋で遊んでたり寝ていたりする彼らには何の被害も無い。


「う、うわああああああ!」

「ひいいいいいっ! 近づくなばっちいっ!」

「ぎゃうあ! 滑って転んだあっ!」


 地獄絵図が展開されていた。


 そして。

 マッチポンプというなかれ、部屋や廊下を汚すものをマヨイガは――許さない。


「なっ、なんだ!」

「廊下に……壁が落ちてきた!」

「くそっ、閉じ込められたぞ!」


 探索者達を囲むように、天井から板が降りて来て道をふさぐ。

 そして――壁に穴が開いた。


「う――うわああああああっ!」


 泡が吹きつけられた。


「こ……これは……」

「洗剤ッ!?」

「まさか……」


 探索者達は気づいた。気づいてしまった。自分たちにこれから起きる運命を。

 そして、水が吹きつけられる。


 次の瞬間――世界が、回転した。


「うわああああああああっ!!!」


 廊下がぐるんぐるんと回転しはじめたのだ。

 天井が壁に、壁が床に――横方向にぐるぐると。探索者達は叩きつけられ、探索者同士もみくちゃになる。


「せ――洗濯機だッッ!!」


 そう、彼らは今、洗濯機の中の洗濯物と化していた。

 回転でもみくちゃにされ、時折水が吹きつけられる。回転が逆になり、そして

 またその逆――それが繰り返される。


 そして回転が収まる。


「た……助かった……のか」

「いや……安心するのは早い……」

「どういうことだ……」

「これが洗濯機なら……まだ……」


 次の瞬間。

 大量の水が流れ込んできた。


「ぐぎぼばああああっ! ごっ、ごれば……」

「ああ……洗いの次は……」

「すすぎかあッッッ!!」


 そして水流により、探索者達の身体についた洗剤は落とされる。

 水流に翻弄される男たち。


 やがて水流が収まった時、その廊下にはもはや洗剤の泡は残っていなかった。


「た……助かった……のか」

「いや……安心するのは早い……」

「どういうことだ……」

「これが洗濯機なら……まだ……」


 次の瞬間。


 熱風である。

 熱風が探索者達を襲った。

 廊下もまた、回転する。


「乾かしが始まったかああああああ!!!」


 これから一時間程、探索者達は回転する廊下の中、熱風に晒される事となる。



 ◇


「なんか外が騒がしくない?」

「さあ……」


 俺達は部屋でビデオを見ていた。

 博物館でも上映された遠野物語のアニメや、遠野を舞台にした実写映画などがそろっている。

 えろいのじゃないぞ。


 またすぐ隣ではゲーム大会も行われていた。

 テレビゲームの他にアナログゲームもだ。千百合がいたら喜ぶだろうけど千百合は女子部屋である。


「くっそ、また負けた!」

「ふっ、貴様の攻め方などもう慣れきったわ」

「ぐ、ならこれではどうだ!」

「ほう、ではその攻めを封じてやる」

「ぐぬぬ……」


 平和だ。実に平和である。

 こういうのも、ほんといいよな……。


「そういえばさ、彼女いる奴どんだけいるんだ?」


 ふと、そういう話を誰かが始めた。

 うーん、嫌な予感がする。


「東雲ニキとか彼女いるんだっけ」

「夕菜ちゃんとチーム組めるのってそういう心配ない奴らばかりだろ、彼女いたり既婚者だったり、あとホモ」


 俺はどちらも違うが。


『おっ恋バナ?』

『男のコイバナ聞いてもなあ……』

『いやこいつら彼女持ち多いし参考になりそう』

『聞きたい聞きたい』


 コメントも煽り始めた。まあいいか。


「なんかリスナーさんたちも聞きたいみたいです。まあゲームプレイをだらだらと流しててもいつもと同じだし、それだったらこういうのもいいかなと。どうですかみなさん」


 俺は聞く。みんなは快くOKしてくれた。

 こういう時って恋愛話に文句を出す人もいそうだが、今回に限ってはなぜかいなかった。なんでだろう。


「んじゃまず東雲ー、あんた彼女とのなれそめどうなん?」

「俺か? 俺はだな……」


 そして東雲さんは話し始めた。


「まあよくある話でよ、あいつと会ったのはダンジョンの中だな。あんときは丁度オークを倒してた時でよ……」

「おっ、オークにヤられそうになってた時に助けたとか?」

「いや、それぞれオークを同じタイミングで倒して、目があって……それで、負けられないって思って、どっちがオークを多く倒すかの勝負になった」


 何やってんだこの人は。


「そん時は引き分けだったな。いやー殺った殺った。それで意気投合して、お互いパーティー組むようになったかんじかな。

 んで、あいつが怪我した時に言ったんだよ、ああこれじゃ嫁にいけなくなった、って。

 んで俺が、じゃあ俺がもらってやるよ、と言ったら言質とったって言われてそれで付き合うようになったってわけだ」


 なんだろう。

 その瞬間、彼女の「してやったり!逃がさん!」という目の輝きが容易に想像できた。

 まあ、優斗さんも幸せなんだろうな。


『つまり彼女欲しかったらダンジョンでオーク殺せと』

『いや……うんまあ参考にならん』

『オークに襲われてる娘を助けるならわかるが一緒にオーク襲ってどうするwwww』

『彼女欲しいならオーク殺戮RTAすればいいんです?』


 リスナーたちも言っていた。あまり参考にはなっていないようだ。

 しかし、話としてはまあ面白いと思う。いろんなことがあるんだな。


「そういやその彼女さんは?」

「ああ、あいつは今アメリカでダンジョン格闘技大会に招待されて戦ってる、確か女子の部で準決勝まで出たらしいぜ」


 脳筋カップルらしい。


「じゃあ西園はどうなんだ? あんたも彼女いるんだろ」

「ええ、いますよ。私の場合は婚約者ですね、今日も来てた氷月アイリさんの妹さんで……」

「は!? なんだその情報!」

「おいおいおい、じゃあ結婚したらお前アレが義姉か!?」

「羨ましいのか可哀そうなのかわかんねえ!」

「まあ私には弟や妹はいないので安全ですよ」

「うわー、そのセリフからわかる信頼のなさよ!」


 そうして盛り上がり、夜は更けていった。

 修学旅行みたいだった。


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