第100話 マヨイガの夜、女子部屋
「なんか外騒がしいわね」
「どうせ馬鹿な男どもが暴れてるんでしょ」
女子部屋でも外の騒ぎが聞こえていた。しかし、何かと思って襖を開けて見ても、彼女たちからは特に何も見えない。
マヨイガだからだ。間取りは千変万化なのである。
「さーて、やっぱ女の子が集まってるんだし、恋バナだよね! さすがにここからはオフレコでーす!」
夕菜はそう言って、リスナーたちに笑顔を振りまいたあと、カメラを切ろうとする。
『そこが聞きたかったのに!』
『まあ風呂上がりのパジャマ見れたからいいけど!』
『明日も楽しみにしてる』
『おやすみ夕菜ちゃん』
『ほかのみんなもおやすー』
『夜這いすんなよもふもふハンター』
『おつー』
コメントが流れる。
それを確認して、夕菜は仲間たちに向き直った。
「ごめんね、みんなお待たせ」
「全く、待ちましたわ。カメラがまわっていると、千百合ちゃんと濃厚なスキンシップできませんもの」
そのアイリの言葉に、千百合がずざざっ、と距離をとる。
「冗談ですわ。わたくし、誤解されやすいですが同性愛者ではありませんもの、可愛いものが好きなだけでしてよ? 決して性的なことをするつもりはありませんわ」
そう笑う。目がちょっと怖かった。
「ホントに? 嘘ついたらマヨイガに頼んで深層にたたき落としてもらうから」
「あら怖いですわね、でもそれも楽しそうですわね……!」
千百合の言葉にアイリは興奮しているように見えた。
そっとしておこう。皆がそう思った。
「んじゃ、かんぱーい!」
「おー!」
皆がそれぞれの飲み物で乾杯する。
「改めて恋ばなー! ここで彼氏いる人どんだけいますかー?」
三人が手を挙げた。
おー、と歓声がわく。
「え、なれそめはー?」
「えっと私は、アレかなー、ダンジョンで助けてもらって……」
「おー、王道じゃん!」
「それで一目惚れして……」
「うんうんそれで?」
「住所調べて、偶然よそおって何度もダンジョンでばったり会ってそれで……」
「ストーカーじゃん!」
「違いますー、純愛ですー!」
「うんうん純愛だね、住所調べるまでならセーフっしょ」
「そうよねー」
セーフらしい。
「私は逆に助けたらなんか惚れられて、しつこいアタック繰り返されてー、それでそんなに愛されてるならまあいっかなー、ってかんじかなー。顔も悪くなかったし」
「おー。彼氏は今ここに来てんの?」
「うんいるよー。河童の池で脱落したけど」
「二人とも探索者カップルなんですね。私は相手は幼なじみの年上で一般人ですねー、危険だからやめろっていつもうるさいんですよー」
「あー、ダンジョンで浮気されないか心配してるんじゃない?」
「あ、言ってましたそれ。そんな心配ないんですけどねー、高校卒業したら結婚する予定ですし」
「えっまじ? おめでとう!」
「結婚かー、いいなー」
「相手って大人なの?」
「ええ、家族ぐるみのつきあいですけど、十二歳年上の……」
「おじさんじゃん!」
「犯罪!」
「まだ二十九だからおじさんじゃないですー、手もまだ出されてないから合法ですー」
探索女子たちは恋愛話で盛り上がっていた。
「片思いはつらいよねー」
「いい相手いないのもつらいわよ。私はもうアラサーだし」
「つってもめっちゃ若いじゃないですかー、鍛えてるからか肌ツヤもいいし」
「ありがと。でもねー、こっちが強いと相手がねー」
「相手といえばさ、今回の男子探索者で誰がいいと思う?」
「いい男結構いるけど、いいのってたいていが売り切れじゃん」
「あー。わかる。東雲くんとか西園くんとかー」
「鳴神くんはフリーだっけ。でもアタックした女子が何人も撃沈してるとか」
「教授は子持ちだったよね。お金ありそうなのになー」
「海藤くんは?」
「ない」
「ないわね」
「ないわー」
「顔がよくても生理的に無理」
「なんかもうだめあり得ない」
さんざんだった。怪盗なのにとんでもないものは盗めていないらしい。
「キチクはどう? ダンジョンマスターっていう超レア物件」
「んー、でもなー……」
「敵多そうじゃん、あと借金多そう」
「ダンジョン何個もぶっ壊してて賠償金ハンパないんだっけ?」
「配信のセンスもちょっと無いしねー、天然だから見てて面白いっていのはあるけど……」
「あくまでも珍獣? 彼氏には……うん、ないかなー」
「つかスキルなしでめっちゃ強いんでしょ、逆につきあったら壊されそうじゃない?」
「ありそう。一日、いや一晩で物理的にだめになりそうー」
キチクの悪口で盛り上がる女子たち。
そんな時……。
「そっ、それはその、違うと……思いますっ!」
水面が声をあげた。
「キチクさん、一生懸命だし優しいし、こないだも河童たちの為に頑張って……」
その姿に。
キチクを必死にかばうその姿に、女子たちは察した。
そういうことか。
そして――肴が決まった。
「ふうん、つまりそういうことですのね、あなた」
「はー、あなたはキチク狙いだったかー。そういや前に配信で一緒に戦ってたっけ、水テクのダンジョンで」
「あー、わかるわかるー。守ってもらってきゅんと来ちゃったんだねー、乙女だねー」
「今回マヨイガ側で出てきたし個人的おつき合いあるんでしょ? どこまでいったの!?」
女子たちが一斉に食いついた。
水面はあわてるが、もはや完全にターゲットになった。後の祭りである。
「え、えっと……その、でもおら、じゃなくて私、その……美人じゃないし、子供だし……」
「関係ないよ、そんなのっ!」
夕菜が力説した。
「攻略って言うのはね、とにかく押していかなきゃダメなんだよ。自分に弱点があると思ったらカバーする手段考えればいいし、状況によっては弱点も強みになったりするよ?」
「あらあら、流石は浮名を流す藤見沢夕菜ですわね?」
「もうアイリちゃん、私そんなことしてません~。今まで生きて来て彼氏いないし」
その夕菜の言葉に、周囲の女子たちがジト目になった。
「え? 何?」
「いや、夕菜ちゃんはそれでいいわ……」
「全くですわ。振り回される殿方たちはたまったものではないでしょうけど」
「無自覚に何人の男を泣かせたのやら……」
「?」
藤見沢夕菜は、自分が人気者だという自覚は当然ある。しかし男にモテるという自覚は無かった。リスナーたちの反応も、ネットではそういうもの……という認識だった。
「ゆ、夕菜さんって……でもその、キチクさんと仲……いいですよね……」
「え?」
「つい先日も、SL銀河ダンジョンで、その……一緒にいたし……キチクさんのこと、親しげに呼んでるし……しゅ、修君って……」
「いや、友達をニックネームで呼ぶのって普通じゃない」
その言葉に、周囲の女子たちが「はー……」とため息をついた。
「まったく……夕菜はほんとそういうところですわ。前にわたくしの婚約者もそれであなたにガチ恋しての婚約破棄騒動でしたのよ。まあアレは別に親が勝手に決めた相手だからわたくし個人としては気にしてませんけれど」
アイリが頭を押さえてため息をついた。
彼女はそれ自体は本当に気にしていない。相手も自分の好みから外れた年上だったからだ。
文句があるのは、その一連の結果、「マジで婚約破棄とかwwww悪役令嬢じゃねえかwww」と言われ、氷結の悪役令嬢の異名が付いてしまったことだ。元々は【氷結の貴婦人】だっというのに。それは根に持っている。恨んではいないが。
なおその元婚約者は、アイリと婚約破棄した後普通にフラれた。そして全国に配信で恥をさらしたので実家からも勘当された。
「まあ、それはおいといて。夕菜はあのキチク野郎に対して、ぶっちゃけどういう感情持っていますの? あの配信を見てもかなり仲良かったようですが……」
「いや、普通に仲のいい友達だけど。お兄ちゃんのこともあるし感謝してるよ?」
「……ふむ、脈無しですわね。よかったですわね水面さん、ライバルでもなんでもないようですわよ」
アイリの言葉に、しかし水面は首を振る。
「あっ、で、でも……キチクさん、一緒にいたし、もしかしてキチクさんの方が夕菜さんに……」
「安心しなさい、それはたぶんないですわ。もしあっても、この朴念仁女相手だとフラれるのがオチですわ」
「なんかさっきからいちいち私に対して言い方きつくないかなー……? でも確かに修君はただの友達だし、そもそも私に対してそんな気持ち無いと思うよ?」
夕菜は言った。普通に心からそう思っていた。まさにアイリが言ったように脈無しである。
「それよりさ水面ちゃん、修君の事好きなら、私も応援するよっ!」
夕菜は水面の手を握り、笑う。
夕菜も女の子。他人の恋バナには興味津々なのだ。
「さて、変な誤解も解けたことですし……あのキチク野郎をどう落とすかの作戦会議ですわね!」
「えっ……えっ? いやその、そんな……」
「いい水面ちゃん、恋愛は戦いなのよ!」
「あ、はい……」
「うーん、じゃあ千百合ちゃん、修君を落とすにはどうしたらいいとおもう?」
夕菜は千百合に話を振った。
(この女ー!!)
女子たちは内心で叫んだ。
座敷わらしの千百合は、キチクの傍にいて共に戦ってきた相棒だ。キチクがリスナーたちからロリコンハーレム野郎と言われている原因のひとつである。
そんな子にそれを聞くか。この女おかしいんじゃないのか。これだからサークラ女は!
皆そう思った。心はひとつであった。
「ん? うーんそうだねー……シュウゴってそういう話全く無いからなー……」
対して千百合は腕組みをして考える。
「ボクも恋愛経験なんて無いからなあ……生まれて数十年、ずっと色んな家族を見守って来たけど、ボクがそういう目で見られた事も無かったし……」
「くひひ……旦那も姐さんも……お子様だからねぇ……」
日狭女が言う。
「そういえばあなたもキチクと一緒に暮らしてますけど、そういう感情あったりはしないんですの? 前に助けられたりしたんでしょう?」
「くひひ……お、恩義と感謝はあるけど……そういう対象じゃないなぁ……そ、それに私は……ファンのみんなの恋人だから……」
「あ、そう」
日狭女はついさっきまで歌の配信をしていた。もはやすっかりアイドル系配信者であった。
「まあ……旦那確実に童貞チェリーボーイだし……ぐいぐい行けば落ちると思うよ、きひひひ……」
「おーい自称アイドルのいう言葉じゃないよー」
「でもそうだよね、うん。押していけばいいと思うよ」
千百合の言葉に夕菜は頷き、水面も同意する。
「そうですね、私も……やってみます」
水面は決意した。そう、これは戦なのだ。恋の戦いなのだ。ならば負けるわけにはいかない! そんな気合いの入った彼女の姿に、女子たちは「がんばれー」と応援する。
「あ、でも水面ちゃん、いきなりはダメだよ? こういうのはちゃんと段階を踏まないと」
「ですね! 私頑張ります!」
それを見て千百合は笑う。
千百合自身に恋愛経験は無い。しかし、人と人が恋をし、愛し合うのを見るのは好きだ。それは千百合の本義である「家」を作り、守る事だからだ。
自らの相棒にそういった相手が出来るのは良い事である。素晴らしい事だ。
(……)
なのに、何故だろうか。
千百合の心に、小さなもやもやのような、棘のような……。
そんなしこりが残った。
◇
「あっ」
朝になって夕菜は気づいた。
配信カメラ、切ったつもりだったが切っていなかった。
昨晩の女子会、ずっと配信されていたのだ。
「……ま、まあBANされてないし、危険なものは映っていなかった、よね?」
一晩中恋バナで盛り上がっていただけだったし、大丈夫だろう。
きっと。
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