第101話 マヨイガの朝

 朝。


「おい、庭に干されてる奴らがいるぞー!」


 庭に二十人ほどの探索者達が物干し竿に干されていた。

 何があったのだろう。


「もうしません……」

「洗濯機こわい……」

「ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……」


 彼らはうなされていた。いやほんと一体何があったのか。あとでマヨイガに聞いてみるか。


 それはさておき。


 探索者達の一泊二日マヨイガツアーも今日で終わりである。

 藤見沢たちがマヨイガ攻略したいと言い出して、それを聞きつけた100人近い探索者達の襲撃に対して、全力で迎撃し盛り上げようという事になり始まった今回のイベント、みんな楽しんでくれたらしい。


 さて。

 解散の前に、最後にやる事がある。


 というわけで、俺の前には今、四人の探索者がいる。

 藤見沢や優斗さん、満月さん、あともう一人。

 彼らがマヨイガの攻略者だ。


「改めてマヨイガ攻略おめでとうございます」


 俺は彼らをねぎらう。


「さて、遠野物語にもあるように、マヨイガの客は、マヨイガの品物をひとつだけ持ち帰る権利があります」


 というか遠野物語では、何も持ち帰らなかったら品物が勝手に届けられるまであるが。


「マヨイガダンジョン攻略者も、ひとつだけ手に入れる権利があります。

 ただし、なんでもというわけではないです」

「というと?」


 満月さんが質問してくる。


「マヨイガの権利書くれ、とか言われても困るんで」

「あー」


 納得してくれたらしい。

 昔話などではともかく、実際に願いをかなえてもらおうとするととにかく重箱の隅をついて有利な話に持って行こうとする人間っているからな。


「あと、今マヨイガにいる妖怪たちを連れていかれても困る。まあ本人との話し合いの結果なら別にいいけど、マヨイガのお土産として千百合や鈴珠をよこせとか言ったら、戦争だ」

「まあ、そりゃあな」


 優斗さんも頷いてくれた。


「それを踏まえた上で、何が欲しいか聞いて、それが大丈夫なようなら持って帰っていただく、という話です」


 俺は説明する。

 ちなみにこれは配信もしている。


『ご褒美タイムか』

『みんな何をもらうんだろう』

『俺なら千百合ちゃんの下着かな……』

『日狭女ちゃんの下着』

『いや俺だったら鈴珠ちゃんの以下略』


「うんそんなこと実際に要求したら俺の使い古した靴下ねじ込むぞ」


 ホントにこいつらブレねえな。


「俺が欲しいのはあれだな、蔵にあったすげえ剣」


 優斗さんがそう言う。すると、襖が開いて、そこに一振りの剣があった。

 日本刀ではないが、和風の両刃の剣だ。剣先が平たくなっている。


「お、これだよこれ!」

「それは……不動明王利剣だね」


 千百合が説明する。


「三鈷剣、倶利伽羅剣くりからけんとも呼ばれる、不動明王の剣をかたどったもの。不浄なものや魔物に対して強い効果があるよ」

「へえ、そりゃすごい!」


 優斗さんは嬉々として不動明王利剣を手に取る。うん、様になっているな。

 要求したらマヨイガが用意したと言う事は、セーフということだろう。


「私はあれが欲しいですね。昨日の夜、何人かと射撃場で撃ったのですが……」


 マヨイガはそんな場所も用意したらしい。


「そこの銃が驚いた事に、何発撃っても弾が自動装填されていたんですよ。リロードの必要全くなく、です。あれは驚きました。あれを頂けるなら、ぜひ一丁欲しいです」


 そんな銃があるのか。確かに便利だろうな。弾薬代ってかかるだろうし。


「マヨイガの物語にある、米をいくらすくっても米が減らない茶碗や、あと何かの漫画にも出てきた、どれだけ食べても減らないおにぎりみたいなものか」


 たしかう〇おととらだっけ、そのおにぎりは。あれもマヨイガ産だ。


 そして、襖がすっ……と開き、一丁の拳銃がそこにあった。


「おお、これは……モーゼルですか、中々いいチョイスですね」


 俺はてっきり火縄銃でも出して来るかと思ったけど、さすがにそれはなかったようだ。


「ありがたくいただきます」


 満月さんはその拳銃を手に取って微笑む。気に入ってくれたらしい。


「じゃあ、次は私ね」


 藤見沢は言う。


「このマヨイガにいつでもこれる権利を……」

「却下♪」


 俺は全力で言った。冗談ではない。

 こいつのことは嫌いではない。だけどね?そんなのあげたら俺が危険なんですよ。お前のファンに殺されます。

 ようやく藤見沢のファンたちとちょっと関係が改善されてきた矢先に冗談じゃない。


「なんで?」

「それはこっちの台詞だよ。なんでマヨイガに来る権利なんて」

「だってここにはお兄ちゃんがいるし……」


 なるほど。

 カムパネルラこと藤見沢夕也は、肉体をダンジョンの奥に囚われた幽体離脱者だ。そして彼は今、マヨイガの食客になっている。

 兄といつでも会えるようになりたい、というのはわかるが……。


「お兄さんと中々会えないのは、彼が幽体離脱者であり、ダンジョンか他者の夢でないと実体化出来ないから……でしたっけ」


 そう満月さんが口を挟む。確かにその通りだ。

 そして彼にとって、ダンジョンはモンスターが出るし場合によってはモンスターと間違えられるので安住の地では無く、他人の夢もなんとはなしに他人の家のようで居心地が悪い。


 そこで、表層ではモンスターの出ないダンジョンであるマヨイガだ。ここだと彼はゆっくりくつろげるということで、マヨイガに来たわけだが……。


「んだよ、何か考えでもあんのか?」

「ええ、ふと思ったんです。お兄さんが幽体離脱者……つまり魂だけなら、彼が憑依できる肉体があればいいのでは? と。マヨイガならそういうのが用意出来るかもしれない。もし用意出来たなら、お兄さんは夕菜さんと一緒にいられるのでは、と」

「なるほど……」


 それは妙案かもしれない。

 そう話していると、襖が開いた。


「……」


 そこには人間サイズの藁人形があった。

 遠野の祭りなどで用いられる、顔には絵を描かれた布を張った巨大な藁人形。なお股間も立派である。


「却下で」

「ですよねー」


 俺がカムパネルラだったら、こんなのに宿れと言われたら逃げる。

 襖が閉じた。

 そして開いた。


「……却下。泥田坊じゃない……」


 泥人形だった。

 閉じる、開く。

 次は河童の彫像だった。


「お兄ちゃんは河童じゃないし」


 彼が好んで被ってるペストマスクはある意味河童に近いかもしれないが、藤見沢の沖にめさなかったらしい。


 そして何度か繰り返した後……


「あ、これかわいいかも」


 木の棒を加工し、布をかぶせた小さな人形だった。


「オシラサマ……いや、一体だけだからオクナイサマの人形か」


 オクナイサマとは遠野に伝わる屋敷神である。神を宿らせ、祀る小さな人形だ。

 なるほど、まだ神の宿っていないオクナイサマ人形だと、カムパネルラが依り代にするのはちょうどいいのだろう。


「じゃあ、私はこれもらうね」

「ああ。あとでカムパネルラ……夕也さんに言っておくよ」


 これで三人が終わった。

 あとは……


「次は俺ですね」


 最後の探索者。名前は……なんだったっけ。


「俺が欲しいのは……うーん、なんだろう。そうだ、記念にキチクさんの持ち物、何かもらえますか?」


 そんなことを言い出した。


「そんなんでいいのか?」

「ええ。俺、キチクさん尊敬してるんで」


 そう言われると悪い気はしない。何があるかな……


『さっき言ってた使い古しの靴下で』

『今はいてる下着とか』

『そんなんでいいだろ』

『噛み終わったガム』

『つかったあとのちり紙』

『いま座ってるザブトン』


「うん、お前らちょっと黙っててくれます?」


 そんなもん渡せるか。

 そうだな、持ち物といえば……財布につけてるキーホルダーでいいか。

 遠野名物の木彫りの河童だ。


「それでいいです。……あ り が と う ご ざ い ま す」


 彼は受け取って笑う。喜んでくれたらしい。

 ……これでマヨイガからのお土産は渡し終わった。

 今回の一連の戦いは終わりである。



 庭には探索者達が待っていた。


「おお、終わったか」

「お疲れさまー!」

「次は俺が攻略してアイテムゲットしてやるぜ!」

「俺はアイテムよりここに住みたい……」

「ここの庭に飼ってある鶏が欲しいな」

「もらえるなら鈴珠ちゃんよっ!」

「尻目だろ」

「ともあれ楽しかったぜ、また挑むからな!」


 探索者達は口々に言う。みんないい顔をしている。


「マヨイガは、いつでも探索者たちの挑戦を待っています!

 今回の戦いも、マヨイガがとても楽しんでくれていたし、こういう団体戦の攻略戦も……そうだな、毎月とはいわないけど、季節ごとに一回はやっていきたいと思ってます!」


 俺は言う。その言葉に探索者達は沸いた。


「おお、そいつは楽しみだ!」

「次こそは見てろよ!」

「ぶっ倒してやっかんな!」


 望むところだ。


 こうして、マヨイガ攻略イベントは、好評のうちに終わった。


 しかし終わったのはあくまでも、藤見沢たちが率いる探索者軍団との正面衝突のイベントが、だ。

 通常の探索者たちの挑戦はこれからも続く。だってダンジョンだからな。

 そうやってマヨイガダンジョンが、比較的安全で、かつ面白いダンジョンとして人々を集めたら、遠野も観光地としてさらに発展するかだろう。

 地元貢献、実によいことだ。


 俺を産んで育ててくれた遠野に少しでも恩返しが出来たら嬉しい。


 どんどはれ。

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